ストライクフォール

 長谷敏司がライトノベルに帰ってきた。「あたなのための物語」でSFの専門レーベルへと進出して以降、短編も含めたSF作品を発表し続け、「My Humanity」で日本SF大賞にも輝いた作家だが、デビューは角川スニーカー文庫といったライトノベルのレーベル。そこで発表した「円環少女」シリーズの最終巻を最後に、遠ざかっていたライトノベルのレーベルから新しい作品が刊行された。

 その名も「ストライクフォール」(ガガガ文庫、611円)が、SFのレーベルから出た作品群や、雰囲気としてはライトノベルに近い「BEATLESS」、ゲームのノベライズ「メタルギアソリッド スネークイーター」といった作品とどう違っているということはない。ただ、ティーンという読者層をある程度は視野に入れたレーベルだけに、未来ある少年少女をワクワクとさせるような設定に溢れていて、読めば心も浮き立つストレートな青春ストーリーになっている。

 「宇宙の王」を名乗る異邦人、おそらくは異星からの客人がもたらした“万能の泥”なる物質によって人類は、文明を大きくリフトアップされることになり、宇宙への進出を果たした。チル・ウェポンと呼ばれる“万能の泥”を元にした装置を使って人類は最初、激しい争いを繰り広げるけれど、そこでハタと気付いいて争うのを止め、代わって得たテクノロジーを使ってスケールの大きなスポーツを行うようになった。

 それがストライクフォール。搭乗者を包み込むような安全装置のその上からストライクシェルと呼ばれる人型のロボットのようなものをまとって戦う競技で、アメリカンフットボールやラグビーのようなポジションを持った15人が、チームとなって宇宙というフィールドに出ては相手チームのフラッグ車を……ではなくリーダー機をクラッシュさせるべくバトルを繰り広げる。

 そんなストライクフォールの地球代表チームに若くして入った天才少年の鷹森英俊を弟に持つ17歳の鷹森雄星は、地球に残ってプロを目指しながら鍛錬を重ねていた。そこに帰国して1軍入りを報告に来た弟の英俊。せっかくだからと手合わせをしたけれどもまったく歯が立たない。やっぱり弟は天才で自分は凡才。ただ、そこで諦めたりすねたりもせずにいつか高みに近づき一緒に宇宙で戦うことを夢見ていた雄星の身にとてつもない事態がが降りかかる。

 英俊の1軍デビューを見に上がった宇宙。試合前に新鋭機のテストを始めた英俊につきあっていた雄星に、ちょっとだけ巡ってきた希望が絶望へと転じ、そして雄星は英俊との願望をかなえるために宇宙へ出る。

 どん底からの這い上がりと、凡才の覚醒を描いた青春ストーリーを軸にしつつ、宇宙で繰り広げられるスピーディーでスリリングなロボットどうしの格闘戦を楽しめる作品。映像で見れば一目瞭然かもしれないバトルを言葉で追っていくのは大変だけれど、その辺りも分かりやすく綴ってあるから、今がどういう状況で、誰が何をしようとしているかは分かるだろう。

 そうでなくても重要なポイントを抑えておけば大状況はつかめるから大丈夫。そして訪れるクライマックスで、雄星が発動させる「王の御手(ハンズ・オブ・ア・モナーク)」という特殊な装備がもたらす異質のビジョンを感じつつ、それと引き替えの生命の危機を勘案しつつ勝利までの薄氷を渡るようなプロセスを、噛みしめていけるはずだ。

 どういう意図で異邦人が“万能の泥”を介してチル・ウェポンを人類へともたらし、リフトアップを促したのか。これが鷹見一幸の「宇宙軍士官学校−前哨−」シリーズならば、リフトアップは人類を付け狙う粛正者への対抗勢力を増やすためで、いずれ訪れる恐怖の侵攻と戦うためでもあった。庄司卓の「銀河女子中学生ダイアリー1 お姫様ひろいました。」の場合だと、地球圏との交易を活性化させる目的があったように伺える。

 「ストライクフォール」は、地球圏の人類が戦争のための技術を磨くことをあるいは目的にしているかもしれず、いずれ遠からず現れた異邦人が、強くなった人類に娯楽のための戦いを挑んでくるのかもしれない。それとも他の何かと戦う列に加わるように求めてくるのか。そこが気になる。

 ライトノベルは宇宙が熱いといった呼びかけにも答えて書かれたらしいこのシリーズ。言われてみれば、宇宙も舞台になっているロボットどうしの格闘戦といった意味合いで、佐島勤さんの「ドウルマスターズ」シリーズが刊行されている。同じ電撃文庫には、長月渋一による「アウトロー×レイヴン」というスペースオペラも存在する。

 そこに加わった「ストライクフォール」が宇宙ブームを加速させれば、1巻が出たたままで途切れている「銀河女子中学生ダイアリー」も、1巻が出たままで途切れている2巻以降が刊行されるなり、別のところからシリーズごと再起動されるなりするかもしれない。ライトノベル好きで宇宙好きでSF好きを喜ばせる作品がこれから続々と出てくるためにも、「ストライクフォール」は大きく話題になって欲しい。


積ん読パラダイスへ戻る