光の楽園1 光道僧リュートガルト

 露天掘りの鉱山に似た、巨大な穴の内側に作られている、棚のような世界で生きる人々が、生存に必要な水を求めて穴の底へと旅をする、SF的な設定を持った壮大なファンタジー作品「赤の円環<トーラス>」(中央公論新社、900円)が、第5回C・NOVELS大賞の特別賞に輝きいた涼原みなと。その待望の新作「光の楽園1  光道僧リュートガルト」(中央公論新社、900円)は、中世の欧州に似た世界を舞台にして、謎解きを楽しむミステリー仕立ての物語になっている。

 主人公のリュートガルトは、その世界で主流となっているバール教団の学校に通う優秀な学僧だったが、類い希なる美貌で豪商の女主人に取り入り、還俗に必要な学費の返還にあてるからと金を出させては、自分のために使っていたことが問題になり、ほとぼりが冷めるまで地方に出されてしまう。相手が権力者ともつながる身分の女性ながら、リュートガルトが咎められも放逐されなかったのは、それだけ優秀だったから。もっとも地方ではその才能を活かす場もなく、今は小さな庵で老僧の世話をしながら、畑仕事に精出す毎日を送っていた。

 そこにやってきたのが、イシン・ハガイという新しい郡長官。道案内を頼まれ、教団と地元の地主との間で所有権を巡って諍いが起こっている、水押原という場所まで行ったリュートガルトは、そこにいた村人たちから、ジッドという男が死んでいると告げられた。その地方に伝わる迷信で、悪霊が麦や草を円形に倒して暴れる<地霊の輪>によって祟られたと見る村人たち。けれどもリュートガルトは、英明さから<地霊の輪>が自然現象だと知っており、ジッドは巻きこまれて事故死しただけとイシン・ハガイに直言する。

 ところが、イシン・ハガイは死体のおかれた状況から、事故死ですらなく他殺と主張。そこから物語は、犯人と見なされ捕らえられた運送業者の親方を、リュートガルトが推理し、イシン・ハガイが証拠や証言を集めることで冤罪から救い、やがてリュートガルト自身にも及んできた嫌疑を、同じように証拠をそろえることによって晴らしては、真犯人を探っていくミステリーとして進んでいく。

 中世風の世界が舞台のミステリーでは、日本推理作家協会賞を受賞した米澤穂信の「折れた竜骨」(東京創元社、1800円)という作品があるが、これは魔法の存在が認められている上に、その魔法が発動する条件に縛りがあって、“なんでもあり”から推理が困難になることを防いでいる。「光の楽園」は逆に、まったく架空の世界が舞台になって、迷信の類が信じられてはいても、そこに魔法のような“なんでもあり”の条件は加わらない。あくまでも常識の範囲内で理解可能な事件になっている。天才リュートガルトに負けないよう、推理に挑戦するのも一興だ。

  奴隷民族の血を引くイシン・ハガイへに向かう差別的な視線が、物語の世界に生きる人々に陰影を与え、歴史を与えて、社会構造に奥行きをもたらす。また、そうした差別の問題が、ジッドが殺された事件と、そのジッドが別名で犯したらしい事件の謎を解く上での伏線にもなっているのも、この作品の読みどころ。すべてが明らかになって浮かび上がる、誤解から生まれた悲劇ともいえる展開に、切なさを感じる人も少なくなさそうだ。どうしてもっと話を聞いてあげなかったのか。後悔先に立たず。一方で誤解を招きかねない普段を、改めろとの声も響く。

 リュートガルトとイシン・ハガイがそれぞれに抱える、父親との関係というドラマもあって、謎解きの楽しさ以上に物語世界への興味を喚起する。作者によるなら、歴史書で個々の人物を取り上げた列伝にあたる1冊ということで、ほかにも様々な人物を主役に据えた物語が描かれていくという。本紀となる王朝の歴史と世界の行く末を扱うような、壮大な物語も準備されているとのこと。それが「光の楽園」と同様のミステリー仕立てになるとは限らないが、「赤の円環<トーラス>」で空前絶後の世界を創造してみせた才だけに、こちらでも深くて奥行きがあり、広がりも持った世界を描いてくれると信じて、刊行を待ちたい。


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