折れた竜骨

 不死人が出てきたり、空を飛ぶ魔女が出てきたりと“なんでもあり”のSFやファンタジーに比べると、ミステリーは厳密なルールに縛られた、固いジャンルだと思われがち。読む人が正しい答えにたどりつけるよう、すべてがフェアに描かれる必要があるからだ。

 だからといって、SFやファンタジーがミステリーとは相容れない、ということにはならない。不死人が存在するという事実、空を飛べる魔女が存在するという事実を、その世界のルールとして取り入れて描くことによって、現実ではあり得ない世界を舞台にしたミステリーが、ちゃんと成り立つ。

 米澤穂信の「折れた竜骨」(東京創元社、1800円)は、勇猛さから獅子心王と呼ばれたイングランド王のリチャード1世が、第3回十字軍に参加して、キリスト教の聖地エルサレムの奪還に向かった時期が舞台になった歴史物語。まずはじめに、イングランド傘下にあるソロン諸島に、聖アンブロジウス病院兄弟団に所属する騎士のファルク・フィッツジョンと、彼の従者のニコラ・バゴという少年がやってくる。

 ファルクたちの目的は、騎士団から分裂した一派の追跡。出迎えた領主の娘アミーナが、2人を父親のところまで案内すると、近く領地に攻め込んでくる敵があると伝え聞いて、領主が集めた傭兵たちがいた。今でいうドイツからやってきた騎士や、荘園で働いていたという弓使い、蛮族の女戦士といったメンバーに、現実世界から大きくはずれたところはない。ところが、サラセン人というイングランドと対立してい地域から来た男が、自分は魔術師だと言ったことで、物語の舞台が現実とは少し違っているようだと気づかせる。

 さらに、ファルク自身が魔術を使える騎士で、彼が追っているのも魔術を使って人間を暗殺する騎士だと示すことで、物語が単なる歴史ものではなく、ファンタジックな要素を持ったミステリーなのだということが見えてくる。そして事件。父親の領主が夜中に殺され、ファルクが追うエドリックという暗殺騎士のしわざかもしれないと聞かさたアミーナは、いっしょに犯人探しに乗り出す。

 エドリックは直接手を下すことはしないで、魔術によって<走狗>にした他人を操って殺害に及ばせる。魔術の発動にはあるルールが必要。そこを考えに入れながら、犯人を探して歩くファルクやアミーナたちに目線をあわせるようにして、誰ならば犯人であり得るのかを推理していくのが、この物語のミステリーとしての味わい方。相手との会話や、相手がとった行動のなかにちりばめられたヒントを重ねて、合理的な答えを導き出していくステップは、とてつもなく難しいパズルに挑むような楽しさだ。

 その上に、かつて島を支配していながら追い出され、怨みを抱いたまま不死となって島の奪還を目論んでいる、“呪われたデーン人”という伝説的な一族のエピソードが乗ってくるから、面白さは何倍にもふくれあがる。千年近く昔のイングランド地方に対する、ファンタジックでミステリアスな興味をかきたてられ、ヴァイキングやロビン・フッドといった、中世ヨーロッパの伝承や歴史を調べみたくなる。

 体裁としては一般向けの小説だけれど、そこは角川学園小説大賞のングミステリー&ホラー部門奨励賞を「氷菓」で受賞し、デビューした米澤穂信。「春期限定いちごタルト事件」を始め、学園を舞台に起こる事件を高校生が解決していく「小市民シリーズ」など、世代的にも雰囲気的にも若い読者にぴったりのミステリーを書き続けているだけあって、「折れた竜骨」も文体やキャラクターに堅苦しさがなく、すっと馴染んで入っていける。

 領主の娘でありながら、アミーナはおしとやかでも高慢でもなく、活発に歩き回って父を殺した犯人を追い、領地に迫る敵への対応にも頭を向ける。世俗より切り離され、ひっそりと生きる中世の女性、といった先入観にも当てはまらない。常に冷静なファルクに、先走ってはファルクにためられるニコラも含めた3人のメーンキャラは、そのままライトノベルのファンタジーにも出せそうな個性の持ち主たちだ。

 領主が集めた傭兵たちも、本当は悪党かもしれない騎士に、実は詐欺師かもしれない魔術師に、一言もしゃべらず薄汚れた格好をした女戦士といった感じに、みな存在感たっぷり。そんなキャラたちの正体を、追いつめるように暴いていく展開や、島の危機に一丸となって立ち向かう戦闘シーンの迫力が、中世ならではの重苦しそうなミステリーといった読む前の印象を吹き飛ばし、読む人を物語へと引きずり込む。

 そして迎えるクライマックス。容疑者を集め、それぞれが持っている特徴や能力を指摘して、誰なら犯行が可能だったかを、探偵役のファルクが順繰りに証明していくシーンは、あらゆるミステリーに共通のワクワク感でいっぱい。それまでの展開から自分が得てきた感触は正しかったの、かそれとも間違っていたのかを確かめよう。

 間違っていても落ち込む必要はない。探偵の証明を聞き、物語を読み返すことで、どこでヒントを見落としていたかに気づけばいい。そんな読み方を重ねることで、どんなミステリーでもミスリードされないで、真相に迫る力を身につけられる。

 もっとも、読者の成長のさらに上を行こうとするのがミステリー作家という存在。切磋琢磨しながら読者と作家が共に成長していけるのが、ミステリーというジャンルの醍醐味だ。臆さないで手に取り、読んで迫ろう。真実に。


積ん読パラダイスへ戻る