遥か凍土のカナン1 公女将軍のお付き

 ニートだった30男が一念発起し、民間軍事会社へと入り、なぜか適性があった戦闘オペレーターとして頭角を現しながら、配下の少年兵たちの境遇に思うところあって会社を辞め、子供たちを引き連れ傭兵となって日本から東南アジアへと回り、戦場に身を置き「子供使い」の異名を取るほどの戦いぶりを見せるストーリーの芝村裕吏「マージナル・オペレーション」シリーズも、第5巻で完結となって「子供使い」のアラタこと新田良太は、彼を信じ慕って想い続けるジブリールという少女と向き合うことを決意する。

 とはいえ、ジブリールと同じ少女兵のジニも第2夫人の座を狙っているし、同じ民間軍事会社に籍を置いたことのあるエルフ耳を持ったソフィも、傷ついた心が回復すればきっと黙っていないだろう。ミャンマー国境でアラタに苦しめられつつアラタを追い込み、互いに思うところを得た中国軍の女性指揮官も、この後に再会があってそこから関係を深めていかないとは限らない。

 そしてイトウさん。日本の情報機関に所属してアラタを良いように扱う彼女は、任務に忠実でどこか冷淡だから恋情に傾くことは多分ないだろうけれど、国のためとあれば通じるかどうかはともかく色仕掛けにだって走りかねない。そんな美少女やら美女やらで埋め尽くさて幸せに溢れていそうに見えるアラタの人生。傍目には羨ましいとしか言いようがない。

 けれども、そこは朴念仁を絵に描いたようなアラタだけあって、誰かに前のめりになることは決してしなく、ジブリールですら前より少しの接触に留め置こうとしては彼女を泣かせ、可愛そうだとジニを苛立たせ、この冷血漢とソフィを憤らせ、そしてイトウさんをやれやれと思わせるに違いない。それが新田家の血のなせる技、先祖から受け継いだ血の呪いみたいなものなのだから。

 血の呪いとは? それは同じ芝村裕吏による「遥か凍土のカナン1 公女将軍のお付き」(星海社FICTIONS、1250円)にこれから紡がれていく物語を読めば、きっと見えてくるだろう。ここに登場する新田良造こそが、「マージナル・オペレーション」シリーズのアラタこと新田良太のおじいさん。その性格はアラタに負けず冷静というか淡々としているというか、物事にどこか客観的で本気で怒ったり熱くなったりするということがない。

 日露戦争の激戦地となった満州の奉天西方にある黒溝台での会戦で、「坂の上の雲」に登場する秋山兄弟の兄、陸軍少将の秋山古好率いる騎兵支隊の一翼を担ってロシア兵を迎え撃っていた新田良造中尉は、ロシアの大群が塹壕へと迫る中にあっても、じっくりと戦況を見極め、兵を不安にさせないで士気を保つ用兵の巧さを見せている。

 その姿はなるほどアラタのおじいさんといった雰囲気。なおかつ、ロシア兵が後先省みないで突撃を続け、白兵戦にまで発展してしまった時は、手にした日本刀でバッタバッタと切り伏せる剛胆さを見せる。これはアラタにはない部分。最終的に敵襲を凌ぎきり、味方の増援を受けてロシア軍を退け日本軍に勝利をもたらす。

 つまりは優秀な軍人だった訳だけれど、本来は馬の世話を得意として、騎兵として任地へと赴いたところもあった良造は、戦場で機関銃がロシア兵をなぎ倒し、勇猛でなるコサックの騎兵ですらバタバタとなぎ倒されていく状況を目の当たりにして、騎兵育ちの自分にはもう居場所がないのかもと考え、大尉に昇進していたにも関わらず、軍を辞めようと考え始める。

 そんな新田良造が暮らす習志野にある家に突然、ロシアから美少女が現れた。名をオレーナという彼女は、どうやらコサックの一族の公女らしく、日露戦争で良造と対峙していたロシア軍を指揮していたクロパトキン大将の紹介で、良造を婿に迎えコサックの一族を盛り返すために、愛犬と伴いはるばる日本へとやって来た。

 何だそれは。どうしてロシアの大将が良造のことを知っていたのだ。どうやらかつてクロパトキンが日本に来て釣りに出かけた時に、良造と並んで釣り糸を垂らしつつ会話を交わしたことを覚えていたらしい。そして良造を日本で知る少ない人物にあって、優れた用兵の技術を持っていると見込んだらしく、知り合いだったオレーナの望む血の承継に相応しい相手として良造を紹介した。

 良造にとっては寝耳に水も良いところ。とはいえ、まさしく据え膳を出されたような状況にも、良造はまるで興味を示さない。まさに朴念仁。もったいないの言葉が口をついて出る。それはそれとして、はるばる自分を訪ねて日本へとやって来たオレーナを無碍には扱わず、そして自分が騎兵として戦場では活躍できなかった悔いもあって、そうした才をふるいつつ見知らぬ自分を婿に求めてまで国を、一族を立て直したいと願うオレーナの願いを聞きいれることが天命と考えて、良造は大陸へ行こうと決意する。

 そこでも絡んでくるイトウさん、といってもこちらは男性のスパイが政府や軍隊に情報を回し、ロシアと対峙する日本に友好的な国を、ロシアの中に作ることが日本に必要だと考え、新田良造にオレーナの申し出をより拡大して受け入れて、コサックの国を作るように求め、良造もこれを受け入れてオレーナを連れて海を渡る。

 物語はまた端緒についたばかり。新田良造が無事にオレーナの故郷へとたどり着き、そこで見知らぬ異邦人を訝るコサックを相手に良造が自分の才を見せ、まとめ上げてはロシアであり後のソビエトを相手にどれだけの奮闘を見せるのか、未だ不明なところが多い。歴史という現実の中に存在しない成功を、そこに描けないのだとしたら、待っているのは悲劇なり悲運といった状況。それを選ぶのか違う世界へと向かわせ、「マージナル・オペレーション」であり、「この空のまもり」のような世界へと繋げていくのか。

 想像はふくらむばかりだけれども、そんな中、朴念仁で鳴るアラタの血だけは色濃く発揮されていきそう。日本の暮らしにまるで慣れなかったオレーナを叱らず、かといって媚びもしないで世話をして、彼女の不安を除いてあげた親切さ。その望みを叶えたいと身を刺しだして遠くコサックの地へと向かう甲斐甲斐しさ。そうした新田良造の態度に本当の好意を抱き始めたオレーナを女性としては認めず、彼女を泣かせてしまうくらいの慮外者ぶりを発揮して見せる。

 きっとこの先でも同じように何人もの女性を靡かせつつ、自らは靡かず泣かせ怒らせ戸惑わせていくのだろう。それこそが新田家の血の呪い。孫の代にも受け継がれてはアラタを戸惑わせる。そんな未来を窺わせるドラマも楽しませてもらおう、コノヤロウと羨ましがりつつ、コンチクショウと憤りつつ。


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