遺体処理EM2

 「EM[エンバーミング]」(幻冬舎ノベルズ、781円)でデビューを飾り、その作中に日本を舞台に活躍する女性エンバーマーを登場させた雨宮早希が、待望の続編「遺体処理」(幻冬舎ノベルズ、781円)を上梓した。デビュー作では覆面だった作者が、実は「大学助教授の不完全犯罪」などのノンフィクション作品を発表している松田美智子だと明かされていたのにも驚かされたが、むしろ最初の「EM[エンバーミング]」に比べて、格段に小説としての面白さが上がっていたところに、キャリアあるノンフィクション作家の実力のほどを、痛感させられた思いがした。

 父親が経営する葬儀社の関連施設として設立された「村上EMセンター」に所属して、日本人唯一のエンバーマーとして活動していた村上美弥子のもとに、東北地方の警察署からエンバーミングの依頼が舞い込んだ。飲料メーカーのヘリコプターが山中に墜落し、多数の死傷者が発生したのだった。遺体はどれも損傷がひどく、夏の暑さで腐敗の進み方も早い。検視や検分を進めるためには、早急にエンバーミングを施す必要があった。

 招かれてたどり着いた現場では、昔ながらの職人仕事に情熱を傾ける、けれどもエンバーミングという行為にいささかの理解もない鑑識課員から、美弥子は激しく疎まれた。しかし遺体を遺族のもとに綺麗な姿で返してあげたいという、エンバーマーとしての使命感に支えられ、また検視官としてエンバーミングに理解のある警視の口添えもあって、美弥子は腐臭が渦巻く山中や遺体が安置された体育館で、バラバラになった遺体や黒こげになった遺体に、てきぱきとエンバーミングを施していった。

 遺体を処置している時、美弥子は全身に突き刺さった細かな金属片に気が付いた。後でヘリコプターに乗っていた男の1人が、責任を逃れるために自分を左遷した上司と会社に恨みを抱き、ヘリコプターの中で爆弾を破裂させて自殺した可能性があることを聞かされた。現場に駆けつけた飲料メーカーの社員たちもまた、男が自殺した可能性を聞かされていて、事故の原因を作ったと目された天草耕二の家族が墜落現場にやって来た時に、他の家族たちとは違った冷たい態度で接してしまった。

 美弥子が山中でエンバーミングに駆け回っていた時、東京では少女ばかりを狙った連続誘拐殺人事件が発生し、刑事の平岡が捜査に当たっていた。犯人の手がかりといえば、わずかに現場近くで頻繁に目撃された中年の女性と、遺体の胃袋に残されていたオレンジジュースがある程度。行き詰まった平岡は、「EMセンター」に美弥子をたずねてふらり立ち寄るが、そこで美弥子が東北のヘリコプター墜落事故にかり出されていると聞く。興味を持って新聞記事を見た平岡は、そこに掲載された天草が、酔って暴力沙汰を起こしたことを思いだし、誘拐事件とは別に、独自に天草の周辺を調べ始めた。

 東北で起こったヘリコプター事故は、死んだ天草という男を媒介にして、会社組織の非情な実態を明らかにする。死んでなお辱められた天草の恨みを晴らすべく、その遺児が父親の銃を持ち出して爆発、これが東京で発生していた連続少女誘拐事件とリンクして、最後は美弥子の恋人も巻き込んでの大騒動へと発展していく。登場人物たちが1つの事件に収斂していくプロセスを、ご都合主義と見るかストーリー上の演出と見るかは人によって様々だが、読んでいてそれほど齟齬は感じなかった。

 ただし、天草の遺児が取る「大いなる助走」も顔負けの逃走劇には、死体を扱う時の細やかな心理描写も思わず霞む大味さを覚えて苦笑した。主人公の美弥子の立場も、エンバーマーとして事件の進展にヒントめいたものを与えるだけで、事件の解決に積極的に関与するものでない。特殊な能力を持った探偵が、何から何まで解決していくミステリィを好む人にとっては、前作同様に物足りない展開かもしれない。

 しかし、前作でも感じたように、作者が語りたいのは多分、事件のプロセスとその解決手法ではないのだろう。事件に絡んで登場する様々な人々のそれぞれの死。そんな死に対する美弥子の真摯で尊厳を重んじる態度と、快楽から、あるいは恨みから、そして仕事として人を殺す者たちの、喜びや、怒りや、悲しみに満ちた複雑な心の有り様を比べることで、ただの肉のカタマリに過ぎない1個の死体が背負っている、膨大な人生の重みというものを、読み手は強く考えさせられる。そして、命あるものなら必ずは訪れる死というものをどう考えればいいのか、どう考えるべきなのかを、教えられるような気がする。

 それにしても、病原菌への感染を恐れて、美弥子が実に慎重に死体を扱う様子を見ていると、小説やテレビの中に死体を1つ出すのにも、これからは相当な配慮が必要になるのではないかと、そんな心配をしてみたくなる。死体なり人の死を、物語を進める道具として処理していく小説ならば構わないのだろうが、ことリアルさを売り物にしている小説ならば、死体を扱う者にはせめて手袋の1つでも、これからははめさせてややる必要がありそうだ。


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