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 現代の吹奏楽経験者が異世界に転移し、そこで音楽の技術や楽曲の知識を活かして活躍を始めるライトノベルと言えば、是鐘リュウジの「ブラス・オブ・シェルオール 新世響奏の姫騎士I」がまず浮かぶ。落ちこぼれと見なされた演奏家たちが、異端との誹りを受けながらも、音楽の力で周囲をねじ伏せていく展開に溜飲が下がった。

 そしていよいよ世界へと撃って出る、といった期待を抱かせたものの、残念ながら続きが出ず、寂しい思いとしていたところに新たに異世界を舞台に、現代の演奏家が音楽の力を広める物語が出た。「きんいろカルテット!」で若いユーフォニウム奏者ほか、ブラスバンドの演奏者たちが登場する物語を書いた遊歩新夢の「どらごんコンチェルト!1」(オーバーラップ文庫、690円)だ。

 女性で若くして世界的なトロンボーン奏者となった師匠の下で学んで、コンクールにも出た遊佐響也だったけれど、緊張からか恐怖からか、舞台に立ったところで演奏が飛んでしまって大失敗。師匠にも迷惑をかけ、それが心に傷となって演奏できなくなり、師匠の元を去って今は楽団のステージマネージャーをしていた。

 捨てられない音楽への未練。それでも、いい加減に道を決めるべき時期にさしかかっていたところで、楽器を運んでいたトラックごと異世界へと飛ばされてしまう。トラックから出た遊佐は、そこで古い時代のトランペットの奏でる音楽に感銘し、吹いていたフィリーネという少女に救われる形でその世界に居着く。

 聞けば神聖ローマ帝国時代の1799年ということで、どうやら歴史上の過去にあたる時間に飛ばされた感じだけれど、ところどころに遊佐の認識とは違うところがあった。何しろ竜神が存在して、人々に音楽を所望していた。その面ではファンタジーともとれそうな世界で、フィリーネはそんな竜神に音楽を奉納する竜楽師になるため、父親が作ってくれたキートランペットを吹きつつ音楽を学んでいた。

 今は吹けなくても、演奏家として優れた実績を重ねてきて、音楽に関する知識も豊富な遊佐をフィリーネはユーサーと呼んで師事を乞う。コンクールでのトラウマが未だ癒えず、音楽を大嫌いになっていたユーサーはフィリーネを拒絶する。とはいえ、見知らぬ異世界で困っていたところを助けられた恩もあって、楽曲といってもユーサーの時代に伝わっていた名曲を譜面に起こして提供し、アドバイスも行ってフィリーネを支える。

 おかげでフィリーネの演奏はめきめきと上達し、竜楽師になるための演奏会でも他の候補者を寄せ付けない名演を披露する。ところが、合格できなかった。どうして? そこに蠢く陰謀は、フィリーネに難題を課し、さらにユーサーにも異端の烙印を押して抹殺へと向かわせる危機を及ぼす。そこと、当地で知り合った貴族の娘で楽士でもある少女や、フィリーネを審査し腕を認めながらも謀略があって意見が通らなかった審査員のハイドンの支えを受け、どうにか窮地をしのいでいく。

 もっとも、本当に難局を突破するためにはユーサー自身が吹かなければならない。首を持ち上げるトラウマ。けれども少女のため、自分のために吹かなくてはならないところでどうやって突破していくかという部分に、音楽家なりアーティストが抱える限界や恐怖との戦いを見て取れる。誰のために奏でるか。自分のためかそれとも。そんな問いも投げかけられる。

 そもそものトラウマがどういう理由で発生したのか、そこに至った経緯が分かりづらく、どうして晴れの舞台で音楽を奏でられなかったのかが知りたいところ。偉大な師匠へのある種の引け目のようなものがあり、期待を裏切れないという気負いがあって失敗できないと焦り、自分を追い込んでしまったのだろうか。自分が出来ることをやりきる、そして大勢を楽しませるという音楽の目的を見失った。だから失敗したのかもしれない。

 そうした過去を噛みしめつつ、自分のため、そして竜神のための音楽を奏でるフィリーネの屈託のなさに触れて、ユーサーは立ち直ったのかもしれない。未だ完璧とはいえないけれど、周囲にはハイドンがいて、師匠にそっくりなジャンヌがいて、フィリーネの演奏に感銘を受けた竜楽師志望の少女キトラもいてと、美少女にして名演家がずらりと並ぶ。そんな羨ましくも厳しい環境の中、ユーサーはどこまで自分を高めていけるのか。気になって仕方がない。

 ハイドンが美少女だったり、モーツァルトとバッハとベートーベンが同時にいたりする不思議もあって、やっぱり異世界めいてもいる舞台で、フィリーネとユーサーはしっかりとした立場を得て、次なるステージへと進んでいくことになりそう。世界を統べる竜神が所望する音楽を奏で続けることで、いったいユーサーには何がもたらされるのか? 師匠が待つ現代への帰還もあり得るのか? そこも気になる。

 ハイドンが美少女なら他の楽聖たちも美少女だったりするのだろうか。トラックに積まれた現代の楽器たちが封印を解かれて活躍するシーンも描かれるのだろうか。続いて欲しい。ついでに「ブラス・オブ・シェルオール 新世響奏の姫騎士I」の続きも出て欲しい。「響け!ユーフォニアム」の新作映画の公開も予定されているこの状況に、来い、ブラスライトノベルの時代!


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