きんいろカルテット!1

 遊歩新夢(ゆうほ・にいむ)という名前の人が、金管楽器のユーフォニアムを吹く女子中学生がメインヒロインとなったライトノベルを書いた。何の不思議もない……わけでもない。

 そもそもがペンネームからして多分にユーフォニアムを意識したもの。本職も小説家ではなくユーフォニアム吹きだというから、相当にユーフォニアムに思い入れがあって、それを世の中に広めたいと考え、遊歩新夢というペンネームを作り、ユーフォニアムが出てくる小説を書いたのだろう。

 結果、生まれた「きんいろカルテット! 1」(オーバーラップ文庫、640円)は、読めば誰もがユーフォニアムを大好きになり、吹奏楽が大好きになって、それらが録音されたCDを探して聞いてみたくなる。もしくは自分でユーフォニアムやコルネットといった楽器を演奏してみたくなる。そんな小説だ。

 摩周英司は音大に通い始めた1年生で、ずっとユーフォニアムを専門にして来たけれど、今どきのブランスバンドではユーフォニアムはあまり出番がなく、むしろ忘れられた存在になっているらしく、合奏の授業で教師から邪険に扱われて疎外感を味わっていた。そんな矢先、小学校の頃にユーフォニアムの楽しさを教えてくれた恩師から、中学校に音楽教師として赴任した姪っ子が、生徒の件で困ったことがあって相談を持ちかけてきたから、助けてやって欲しいと頼まれる。

 顧問と対立して飛び出すとは、いったいどんな問題児たちなんだろうと、自分の事は棚投げしつつ訝りつつ、英司が中学校に赴くと、そこにいたのはユーフォニアムにコルネット2本にテナーホーンという、一般にはブリティッシュ・カルテットと呼ばれる編成の楽器を持った4人の女子中学生たちだった。

 その中学校には吹奏楽部があって、全国大会にも出るくらいの実績を収めていたけれど、それだけに編成に厳しく、ユーフォニアムでは本来の吹き方を求められていないと言われたという。だからといって他の楽器に持ち帰ることはできないと、菜珠沙という少女は吹奏楽部を辞めてしまった。そして、同じように部をやめてきた同級生たちと4人でグループを作り、独力で演奏を続けようとしていた。

 英司自身がユーフォニアムをこよなく愛するほど、ブリティッシュ・カルテットは大好きで、それを目の前で演奏されてはもう引き返せない。むしろ積極的に支援して、彼女たちを認めず追い出した吹奏楽部の顧問を見返してやろうと動き出す。

 こう聞くと、部長が問題を起こして活動停止になった高校のバスケットボール部員が、余った時間を使って面倒を見てくれと言われ、小学校のバスケットボール部に教えに行く「ロウきゅーぶ!」の吹奏楽版のように見えてくる。なるほど展開は似ているけれど、少女たちは既に中学生で、おまけに文化系だから体操着姿になって未成熟な姿態を見せてくれることはなく、そういった方面でのお楽しみは期待できない。

 ちょっぴりの憧れをのぞかせたりする場面はあっても、深く恋愛へと立ち入ることも今はまだなさそう。主眼はだから音楽そのものへの思い入れに置かれていて、読めば煩悩に近い欲望を刺激されるより先に、やりたいことに打ち込む姿の健気さ、美しさといったものへの共感が浮かんでくる。

 小学校の頃から教わってきただけあって、メンバーとなった4人はもとより腕は良く、英司が聞いてもそれなりの演奏は聞かせてくれる。もっとも、人前で演奏するための度胸が足りないのと、あとは追い出したもののその腕前については無関心ではいられなかった吹奏楽部の顧問の嫌がらせもあって、リベンジの道程は決して平坦ではなかった。

 それでも、目の前の困難を情熱で乗りきり、技術で押しきり、勝利を目指し、それ以上に聞く人に感動を与える演奏を目指して進んでいこうとする、4人の少女たちの姿が胸を打つ。それは、バスケットボールで女子が男子を負かそうとして頑張る「ロウキューブ!」でもあった感動と同じ。困難を越えた先で掴む成功に、涙ぐまない人はいない。

 ユーフォニアムを中心に、金管楽器の色々を教えてくれる上に、高らかに鳴り響くトランペットのような楽器とは少し違って、静かに奏でられる金管楽器もあることに気づかせてくれる小説。作中にはそうしたユーフォニアムやコルネット、テナーホーンが活躍するブリティッシュ・カルテットの名曲、名演に関する情報もあって、どんな音楽なのかと興味を抱き、CDを手に取ってり聞いてみたくなる。作者が遊歩新夢とまで名乗って、小説を書いた意味はあった。

 吹奏楽部の顧問の策謀はとりあえずうち砕き、吹奏楽部にも存在を認められた4人がいったい、これからどういう活動をしていくのか。吹奏楽部の中に入ってもやっぱり、コンクールを目指したい意図とは外れてしまうのが現実。たとえ吹奏楽部の面々が楽しい音楽をやりたいといっても、実績が欲しい学校の方が許さないだろう。

 そんな事情と折り合いを付けながら、4人はどういう道を模索し、どういう演奏へと向かっていくのか。そこに英司はどう絡み、少女たちとの関係はどう変わっていくのか。いずれも気になるテーマ。それが描かれるだろう2巻以降を楽しみにして待とう。


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