飛行迷宮学園ダンゲロス −『蠍座の名探偵』−

 焼夷弾をバラ撒かれれば、街はたいていが焼き尽くされて、無事に残る家なんかないし、原爆や水爆を落とされれば、それこそ区や市といった広い範囲で、ほとんどが破壊し尽くされ、後に残る家も生き物もほとんどない。

 それほどの規模でなくても、周囲を囲んだ重火器から放たれる弾丸の雨を、避けて生き残れるほど人間は、俊敏でも頑丈でもないし、閉じこめられた部屋に充たされる毒ガスを、吸わずに数時間をやりすごせるほど、人間は強靱でも万能でもない。

 暴威に対して、人はおそろしく無力だ。ヒーローが現れ、危機から救い出してくれるとか、眠っていた異能の力が発動して、暴威を跳ね返して身を守ってくれるといった、奇跡は絶対に起こらない。起こるとしたらそれはフィクションの中でだけ。もっとも今、そんな奇跡の物語が世の中に溢れかえって、ヒーローが現れ、異能が発動して理不尽な暴威を跳ね返せるかもしれないという、根拠のない期待が世間に滲み始めている。

 期待など裏切られると知れ。理不尽な暴威から逃れられる術などないと知れ。架神恭介が繰り広げる「飛行迷宮学園ダンゲロス−『蠍座の名探偵』−」(講談社BOX、1200円)の物語から突きつけられる、これは絶対の真理であり、究極の命題だ。

 異能の力を持った魔人が、人の中から誕生し、人に混じって暮らしている世界。とはいえ、過去に叛乱を起こした魔人への反感が社会に残り、人と違った強い異能の力への恐怖もあって、人は魔人を嫌い、差別していた。その最右翼が私立天道高校。創立者で今は都知事を務める男の意志が反映され、徹底して魔人を排斥する教育と運営が行われていた。

 そこに魔人たちが乗り込んでくる。希望崎学園に通う魔人の中で、番長グループに属する面々が、天道高校の校庭に立って「犯人」を出せと訴える。直前、同じ番長グループのうち22人もの魔人たちが、何者かによって殺害され、そこに天道高校の学生が身につけている、制服のボタンが落ちていた。だから、天道高校にいるはずの、その「犯人」を差し出せということらしい。

 身に覚えがないなら、話し合って引き取ってもらうえばいいし、「犯人」がいるなら探して差し出せばいい。それが文化的なコミュニケーションというものなのに、天道高校は魔人嫌いの教育が隅々まで行き届いているせいか、最初は丁寧だった希望崎学園の魔人たちに、教室から激しい罵声を浴びせる。魔人たちも、そもそもが本当に天道高校の生徒が「犯人」かを吟味することなく、ボタンひとつでそう決めつけ、乗り込んだ程の直情ぶり。5分の猶予が過ぎた途端、能力を使った激しい攻撃に出る。

 殺戮が始まった。

 異能を持った魔人たちが、それぞれの能力を存分にふるって戦うのは、前作の「戦闘破壊学園ダンゲロス」(講談社BOX、1700円)とも共通する展開。前作ではひとつの学園を舞台に、同じ魔人たちが番長グループと、生徒会グループに分かれ、そこに次元を超えて現れる転校生たちも混じっての、バトルロイヤルのようなぶつかり合いが繰り広げられた。

 今度は違う。相手は魔人を激しく嫌ってはいても、中身は普通の人間たちだ。魔人の人が教室を選んで投げ込んだ爆弾を、跳ね返す力も爆風を防ぐ力もなく、教室ごと粉砕されててしまうし、妄想の果てに体が戦車と化した少女の放つ砲弾、回る履帯を避けることなどできないまま、吹き飛ばされたり踏みつぶされて死んでいく。

 ナイフを瞬間移動で飛ばしたり、心の奥底にある中二的な記憶に懊悩させたり、重たいマンホールを投げたり、周囲を氷点下に凍らせたり、毒ガスを浴びせたりする魔人たちに、為す術なく殺されていく天道高校の生徒たち。魔人にとって人など無力、という訳では決してないものの、徒党を組んで狙ってこない相手に魔人がひるむはずもなく、天道高校にいたほとんどの生徒が、希望崎学園の魔人たちによって命を奪われる。

 読めば浮かぶ戦慄。身へと迫る恐怖。もしも天道高校が日頃から、魔人に悪罵を浴びせるような教育や運営をしていなかったら、希望崎学園で番長グループと対立している生徒会が、助けに来てくれたかもしれない。対立よりも共存を願う魔人たちの協力を、受けられたかもしれないけ。金を払って魔人たちのガーディアンを雇っていても、動いてくれなけば意味がない。自らが放った暴言に帰ってきた暴力が自らを滅ぼす。いましめとしなくてはならない。

 もっとも、そんな魔人も次元を超えて現れる転校生を相手にしたとき、人間と同じよう蹂躙される恐怖に怯える羽目となる。最初に踏み間違え、罵倒への憤りに任せて突っ走った挙げ句に、ひとりまたひとりと失う仲間たちを目の当たりにして、嘆き悲しむ魔人たちには、同情とは別に、天道高校の人々に抱く自業自得の感情と同じものを向けたくなる。人を呪わば穴ふたつ。これもまたいましめとしなくてはならない。

 そんな激戦のドラマの向こうでは、本当は誰が「犯人」として希望崎学園の魔人22人を殺害したのかという謎、そして、魔人たちが跳梁する天道高校で、転校生によるものではない魔人の殺害が起こっているという謎が示され、解決を促すミステリーとしてのドラマも展開される。誰かの命を報償としてもらわなければ動かない転校生が、だったら誰の命を欲しているのか。かろうじて生き残った天道高校の生徒、鈴木三流が誰であれ出会えば殺害する転校生の、関心の埒外に置かれたのはなぜなのか。示されるファクトや条件から、起こっている事態の真相へと迫る楽しみを味わえる。

 そして最大の謎。タイトルにもある「蠍座の名探偵」の意味とは。魔人と人類が共存したり、闘争したりしている、そんなさまざまな次元をまたいで、超越的な転校生が存在しているという「ダンゲロス」世界の構造とは。知りたいことはまだまだ多く、そしてどんどんと増えていく。それらが示される続きを待ちたい。


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