佐藤(まさる)著作のページ


1960年生、85年同志社大学大学院神学研究科修了の後外務省へ入省。95年まで在英国日本大使館、ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、95年より外務本省国際情報局分析第一課勤務し、主任分析官として活躍。2002年05月鈴木宗男事件に関連して逮捕され 512日間東京拘置所に拘留される。05年02月執行猶予付き有罪判決を受け、現在最高裁に上告中。作家・起訴休職外務事務官の肩書きで執筆活動を行い、05年「国家の罠」にて第59回毎日出版文化賞特別賞、06年「自壊する帝国」にて第5回新潮ドキュメント賞および第38回大宅壮一ノンフィクション賞、「交渉術」にて第70回文芸春秋読者賞を受賞。

 
1.
国家の罠

2.交渉術

  


   

1.

●「国家の罠−外務省のラスプーチンと呼ばれて−」● ★★

   
国家の罠画像
 
2005年03月
新潮社刊
(1600円+税)

2007年11月
新潮文庫化

  

2005/11/27

 

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鈴木宗男議員を中心とした対露外交をめぐる事件に絡み、外務省における問題人物とされた元主任分析官・佐藤優氏による手記。事件扱いされたその経緯を明らかにするというのが本書のテーマのようです。
ニュース報道というのはとかく表面的な事実、結果から逆算された構築された“事実”に偏りがちなものですから、見えなかった部分を知らしめてくれる本書はとても興味深い。
ただし、あくまで本書は一方の当事者の手によるものですから、それを鵜呑みにしてはいけない。
もっとも、本書を読んでいてそうした懸念はあまり感じません。何故自分が拘留されるような流れが生じたのか?、著者はそれを客観的に分析してみせようと試みているからに他なりません。

全体を通した印象は、これはもう政治の世界だな、ということ。
元々官僚の仕事は政治と無関係に過ぎないし、外交そのものが相当に政略絡みであり、個人的コネクションを抜きにして成り立たないものであることは紛れもない事実でしょう。
それにしても、今回の事件については、あまりに鈴木宗男議員に入れ込み過ぎ、官僚の仕事を越えて政治に入り込み過ぎたのではないか、という気がします(それが通常のことだったのか、過度のことだったのかは部外者である私には判断しようもありませんが)。
有力政治家であっても、不信任決議を図って失脚した加藤紘一議員、郵政民営化問題をめぐって落選したり自民党を追われたりした国会議員をみても、政争の勝ち負けによって浮き沈みがあるのは日常のこと。本事件もそのひとつと見るのが公平なことでしょう。
その意味で、担当検査官との間の駆け引きを通じて“国策捜査”とは何であるかを明らかにしていく「時代のけじめとしての国策捜査」の章はとても面白い。
具体的には、国策捜査の意義は時代にけじめをつけることであって、個人個人の罪を追及することではない。ですから、判決は執行猶予付きであることが本来で、山本譲司元議員のような実刑判決は本位ではないということ。
また、今回については小泉政権を受け、「公平配分モデル」「国際協調的愛国主義」から「傾斜配分モデル」「排外主義的ナショナリズム」への変化の潮流があるということ。

なお、本書冒頭は田中真紀子議員の外相就任により外務省内部が引っ掻き回され、それによって外務省に残された傷は大きかったというところから書き出されています。
田中議員を省内では「婆さん」「婆さん」と読んでいたらしい。外務省の田中外相へのアレルギーがいかに大きかったか感じられようというものです。
実際、今から思うとあの騒動は結局何だったのか? とんだ茶番劇が国政・外交の場で演じられてしまっのであれば、国・国民としてはたまったものではありません。
小泉政権の怖さが端的に現れた事件だったのかもしれません。

「わが家」にて/逮捕前夜/田中真紀子と鈴木宗男の闘い/作られた疑惑/「国策捜査」開始/「時代のけじめ」としての「国策捜査」/獄中から保釈、そして裁判闘争へ

      

2.

●「交渉術 THE ART OF NEGOTIATION 」● ★★

   
交渉術画像
 
2009年01月
文芸春秋刊
(1667円+税)

2011年06月
文春文庫化

 

2009/03/04

 

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外務省を揺るがした鈴木宗男議員、本書の著者である佐藤優氏の罪状真否、その是非はともかくとして、外交というものを語ったうえで本書は見事な一冊です。

まず冒頭、佐藤さんは“インテリジェンス”の説明から語り起こします。
言ってみればインテリジェンスとは、人間を対象として、相手に自分の意思を理解してもらい協力する気持ちになってもらうために、どう情報を入手し、分析し、手立てを整えるかというテクニックであり、インテリジェンスと“交渉術”は不即不離の関係にあるのだと佐藤さんは説く。
本書は、そのインテリジェンスを高めるために外交の舞台裏でどのようなことが行なわれていたのか、それを受けて外交の表舞台でどのような成果があったのかを、ロシアとの北方領土返還交渉推移を事例にとってありのまま、具体的に語った一冊。

とにかく、一般の国民には知ることができないような外交の舞台裏がまざまざと語られていく。それも有力政治家、外務省幹部の実名がぼんぼん出てきての上ですから、その面白いことこのうえない。
まさに事実は小説より奇なり。まだ記憶に生々しいところがある外交交渉であっただけに、下手なスパイ小説より余っ程興奮します。
そのうえ、その過程で、当事者であった橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗という日本の歴代首相、ロシア側ではエリツィン、ブルブリス(元ロシア連邦国務長官)等々政治家の、普通には判らない人物像まで浮かび上がっているのですから、読み甲斐たっぷり。

北方領土返還などとてもそう簡単に進むものではないと思っていましたが、実際には具体的な視野にまで入っていたというのですから驚きです。
一方、外交そっちのけで、自己保身や自身の出世が第一というキャリア官僚の姿も露骨に描かれ、結局はそこか、という思い。

本書でも後半になって登場していますが、ロシアと日本の外交表舞台を面白く語ったのが米原万里さんなら、魑魅魍魎が蠢く裏舞台を本書で明るみに引っ張り出して語ったのが佐藤優さんと言えるでしょう。
なお、些細なことですが、その米原万里さんが橋龍は信用できないと語ったその理由が、何故か笑い話のように記憶に残ります。

神をも論破する説得の技法/本当に怖いセックスの罠/私が体験したハニートラップ/酒は人間の本性を暴く/賢いワイロの渡し方/外務省・松尾事件の真相/私が誘われた国際経済犯罪/上司と部下の危険な関係/「恥を捨てる」サバイバルの極意/「加藤の乱」で知るトップの孤独/リーダーの本気を見極める/小渕vsプーチンの真剣勝負/意地悪も人心掌握術/総理の女性スキャンダル/エリツィンの五段階解決論/米原万里さんの仕掛け/交渉の失敗から学ぶには

       


 

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