河合祥一郎著作のページ


1960年生、東京大学英文科卒。ケンブリッジ大学英文科博士課程および東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、両大学より博士号取得。2008年現在東京大学教養学部准教授。専門はイギリス演劇・英文学・表象文化論。著書に「謎解きハムレット」(三陸書房)、シェイクスピア関連の訳書あり。「ハムレットは太っていた!」にてサントリー学芸賞を受賞。


1.
ハムレットは太っていた!

2.シェイクスピアの男と女

3.謎ときシェイクスピア (文庫改題:シェイクスピアの正体)

 


 

1.

●「ハムレットは太っていた!」● ★★    サントリー学芸賞




2001年07月
白水社刊

(2800円+税)

 

2001/08/18

 

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シェイクスピア芝居を、最初に演じた役者たちの体型から再考する、という新たな試み。
本書は、1999年ケンブリッジ大学から博士号を授与された学位論文「太っちょ、やせ、のっぽ−シェイクスピア時代の劇中人物と役者の肉体的特徴」を一般向けに書き下ろしたものだそうです。

元々シェイクスピア劇は、読み物ではなく芝居として見るものですから、理論臭く考えるより、当時の演劇事情を考えながら各作品の背景を考える方が余っ程楽しい。その点、本書はまさに望みどおりの面白さを楽しませてくれる一冊です。
シェイクスピア劇の記憶に残る女性主人公たちを、どんな少年役者が演じたのか? 
ハーミア
(夏の夜の夢)、ロザライン(恋の骨折り損)、ビアトリス(から騒ぎ)、ロザリンド(お気に召すまま)は、一人の少年役者が成長と共に演じたのではないか? そして、そこに女性主人公が男装を長く続けるの理由があったのではないか(お気に召すまま、十二夜)。

女性登場人物の間にはノッポとチビという明確な違いがあり、男性登場人物の間には太った大男と痩せた小男という明確な違いがあったらしい。シェイクスピアの宮内大臣一座における主要な役者(リチャード・バーベッジ、ジョン・ローウィン、トマス・ポープ等)らの体型を思い浮かべながら、河合さんはシェイクスピア作品の特徴を解き明かしていきます。
フォルスタッフ(ヘンリー四世)の人物像と体型の関係は如何? また、ハムレットやイアーゴー(オセロー)は、現代のイメージと違って、堂々とした体躯の人物ではなかったのか?
(注:王妃ガートルードの台詞に「あの子は太っている」とあり)
シェイクスピア好きにとっては、興味つきないことばかりです。おまけに、シェイクスピア当時の演劇、役者の様子が眼前に生き生きと浮かび上がってくるようで、楽しいことこのうえありません。
シェイクスピア・ファンならこぞって読むべし!という一冊。

役者たちの姿を求めて/少年俳優、ノッポとチビ/道化役者ケンプ退場/肩身の狭いやせっぽち/フォルスタッフ役者はだれだったのか?/初代イアーゴー役者の素顔/ハムレットは太っていた!
付録:記録に残る出演者表/役者小事典/事項索引/人名索引/作家・戯曲索引

   

2.

●「シェイクスピアの男と女」● ★★★




2006年04月
中公叢書刊

(1800円+税)

 

2006/05/01

 

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シェイクスピアが生きたエリザベス朝という時代は、女王支配下でイングランドの国威が発揚したということもあって、伝統的な男女観が崩れ、「男らしさ」「女らしさ」が問い直された時代だったそうです。
そうした時代背景を踏まえたうえで、シェイクスピアの代表的作品における男と女の関係を具体的に語った、すこぶる面白い解説本。

シェイクスピア戯曲、とくに喜劇においては、主役となる男女の関係を抜きにしては語ることが出来ません。
恋愛喜劇の中でも私が特に好きな作品のひとつ、じゃじゃ馬ならしがまず最初に語られます。
この作品は表面的なストーリィだけを捉えると、じゃじゃ馬で有名なキャタリーナが無理やり嫁がされ、専制君主の如く振舞う夫ペトルーキオの力に屈して従順な妻にされてしまうという、女性に反発されかねない内容のもの。しかし、キャタリーナはそんな単純な女性にはあらず。従順になったのはペトルーキオと意気が合った故のことと思っているのですが、河合さんの解説はまさに私の考えを裏付けてくれるもの。その明快さ故に、痛快ささえ感じます。
また、シェイクスピアと共作したこともある後輩作家ジョン・フレッチャーに、「じゃじゃ馬ならし」の後日談である「女の勝利−じゃじゃ馬馴らしが馴らされて」(1611)という戯曲があるというのですから、転げ回りたくなるほど愉快です。キャタリーナの死後に後妻を娶ったペトルーキオが、義妹ビアンカの反撃を受けて散々な目に遭うというのですから、後日談としてもすこぶる魅力的な作品であることに間違いありません。

「マクベス夫人は悪女か?」も極めて面白い一篇。
史実におけるマクベス夫人はスコットランド王を祖父に持ち、王位簒奪者というより王位奪還者という立場であったというのは、意外や意外。それはさておき、悪女という印象の強いマクベス夫人であるが、夫婦一心同体という関係を明確に映し出した女性であったという説明には、まさに目からウロコ。

その他幾つもの恋愛劇が語られますが、単に戯曲作品としての面白さを語るのではなく、エリザベス朝における社会の変化を捉えかつ踏まえつつ、現代的な視点からシェイクスピア作品における男女像を語ってみせたところが秀逸。
河合さんのおかげで、これまで今ひとつ納得できていなかった「終りよければすべてよし」等のストーリィにも、すんなり得心がいきました。
シェイクスピア・ファンであれば、躍り上がって喜びたくなるような一冊。また、シェイクスピア戯曲に少しでも興味を感じている方がいましたら、是非お薦めです。

※ちなみに上記2作品の他に取り上げられているのは、
「ハムレット」「から騒ぎ」「尺には尺を」「十二夜」「終わりよければすべてよし」「オセロー」「お気に召すまま」「ロミオとジュリエット」「アントニーとクレオパトラ」
等々。
※なお、シェイクスピアの映画化作品では、「キス・ミー・ケイト」と「じゃじゃ馬ならし」が話題にでてきます。

序・装われる性/<じゃじゃ馬>は自由な女か?/愛と名誉と女の操/マクベス夫人は悪女か?/「男」を演じる女たち/男らしさの衰退/恋せよ乙女

 

3.

●「謎ときシェイクスピア」● ★★
 (文庫改題:シェイクスピアの正体)




2008年03月
新潮選書刊

(1200円+税)

2016年05月
新潮文庫化

 

2008/04/29

 

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ストラットフォード・アポン・エイヴォンという田舎町出身の役者風情に、あの素晴らしい数々のシェイクスピア作品が本当に書けたのだろうか、いや書けた筈がない、というのはファンにとっては興味尽きない議論。
そんな訳で18世紀以来様々な「別人説」が唱えられ、今なお論争は絶えないそうです。
とはいいつつも、誰か天才的な劇作家があれら作品を書いたのは事実であって、その劇作家をとりあえず“シェイクスピア”と呼んでみたとしても作品を楽しむうえで何の支障も生じない、というのが厳然たる事実。
ですから「別人説」もシェイクスピアの尽きない魅力のひとつとして、これまた大いに楽しめる、というものです。

本書はそんな「別人説」成り立ちの経緯、理由および難点を明快に解説してくれる好書です。
有名なところでは、フランシス・ベーコンがその正体という説がありますが、これは今ではあまり重視されていないらしい。それに続いて出るわ出るわ、6人の別人候補。
貴族的な感覚も持ち合わせていて、歴史にも詳しく、戦場の臨場感も知っていて、そのうえ外国にも目が向いているとなると、教養人あるいは貴族が候補に上がって来るらしい。6人の候補者中3人は貴族です。でも、そのいずれにも難点があり、正体とするのは難しいというのが河合さんの結論。

本書はそんな別人説をひととおり紹介した書とだけ思っていましたが、内容はそれだけに留まりません。
別人説を検証していく中で、エリザベス女王を巡る諸情勢、演劇の変遷にも触れられていきます。そして肝心のシェイクスピア、蓄財に長けたその人柄まで浮き上がらせていくのですから、ファンにとっては手応え充分な面白さ。
さらに、シェイクスピアを持ち上げ過ぎ、という意見まで開陳されるには思わず唖然。

シェイクスピアをめぐるエッセイには実に多種多様なものがありますが、その語りの明快さという点で、河合さんの本は図抜けた面白さがあります。
シェイクスピア・ファンには是非お薦めの一冊。

シェイクスピアとは誰か/ストラットフォードの男の謎/「成り上がり者のカラス」の正体は?/シェイクスピアとは何か

 

シェイクスピアに関するエッセイ・評論等のページ

  


  

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