湯本香樹実
(かずみ)作品のページ


1959年東京都生、東京音楽大学音楽科作曲専攻卒。オペラの台本を書いたことからテレビ・ラジオの脚本家となる。93年処女小説「夏の庭 The Friends」にて日本児童文学者協会新人賞、児童文芸新人賞を受賞。同作品は映画化・舞台化されたほか、十数カ国で翻訳出版され、海外でもボストン・グローブ=ホーン・ブック賞、ミルドレッド・バチェルダー賞等を受賞。また、2009年「くまとやまねこ」にて講談社出版文化賞絵本賞を受賞。


1.夏の庭

2.春のオルガン

3.ポプラの秋

4.西日の町

5.わたしのおじさん

6.くまとやまねこ

7.岸辺の旅

8.夜の木の下で

9.橋の上で  

 


    

1.

「夏の庭−The Friends−」 ★★★


夏の庭画像

1992年05月
福武書館

1994年02月
新潮文庫

2001年05月
徳間書店

(1400円+税)

 2003/08/31

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仲の良い小学生3人の、一夏の物語。
スティーヴン・キング「スタンド・バイ・ミーの児童文学版、という気がします。

山下がおばあさんの葬式から帰ってきます。「死んだ人ってどんななんだろう」、河辺ぼく(木山)にとって重要な問題になってきます。そんなことから3人は、近所でもうすぐ死ぬんじゃないかと噂されている一人暮らしの老人を見張ろう、ということになります。
最初のうちは遠くから恐る恐る窺うだけでしたが、そのうち相手の老人に気付かれ、そのうえ3人に対抗するように老人が元気を取り戻していってしまう。その辺りの展開は楽しい。
いつしか3人はそのおじいさんと親しくなり、いろいろな発見、経験をしていきます。それを象徴する場所が、おじいさんの家の庭です。
ぼく、河辺、山下という3人の家庭は、各々それなりの問題をかかえています。それに対し、おじいさんの家での、各々の心が通じ合ったようなひと時はとても対照的。
この一夏の経験が、3人にとってどれ程貴重なものであったのかと思うと、心熱くなるものがあります。
「スタンド・バイ・ミー」よりずっと素直に読める作品。
是非一度読むことをお薦めします。

    

2.

「春のオルガン」 ★★


春のオルガン画像

1995年02月
徳間書店

(1300円+税)

2008年07月
新潮文庫


2003/10/19


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」「と読んできて、今回が湯本さん2作目の「春」
いずれも題名に季節が冠されているのは、季節の移ろいと思い出には重なるものがあるからだろうなぁと、改めて感じます。
“春”となれば生命の息吹を感じるものですけれど、本書の「春」はちと違う。「夏」「秋」にあったようなほのぼの感も見られず、小学校を卒業したばかりの主人公・トモミの周囲は、陰鬱なことばかり。
隣家との争い、家に帰ってこない父親
、母親の無表情。そして、自分が怪物になった夢ばかり繰り返し見ること、等々。今やトモミの仲間は、弟のテツだけ。そんなテツに誘われて外を出歩くようになったトモミは、ノラ猫の溜まり場、そこで餌をやるおばさんと知り合うことになり、ついには捨て置かれたバスの中で暮らそうと考えるようになります。

暗い雰囲気に戸惑いを覚える程でしたが、その分終盤の感動は大きい。トモミの苦悩はたったひとつの後悔からですが、そのひとつのことが少女には自分で解決できない。そんな少女の苦しさ、感情の揺れ動きを、本書は丹念に描き出していきます。
無能なおじいちゃんと思われていたその人が、実は深い思いを抱えていたこと、豪快そうなおばさんにも苦しみがあること、本書はトモミが一歩大人に近づくストーリィでもあります。
当初の閉塞感に対して、読み終えた後の充足感、その対比の大きさが本書の魅力でもあります。
なお、本作品には、湯本さんの中学生の頃、両親、弟の思い出がかなり反映されているらしい。なおのこと親しみを感じます。

     

3.

「ポプラの秋 ★★


ポプラの秋画像

1997年07月
新潮文庫

(400円+税)

2003/09/29

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父親を交通事故で亡くした6歳の千秋は、母親と2人でポプラ荘のアパートに越してきます。
父の死後ぼんやりしてしまった母に負担をかけまいと思い込むうち、かえって千秋自身が重圧にひしがれそうになってしまう。
そんな千秋を救ったのは、ポプラ荘の大家である“おばあさん”と接した日々でした。
少女時代を回想するストーリィですが、懐かしさと共に、張り詰めた心に安らぎをもたらしてくれる作品。そんな処が嬉しい。

本書に登場するおばあさんは、決して子供に優しかった訳ではありませんし、人好きのする性格でもなかったようです。
けれども、人が抱えている苦しみ、それを軽くする方法を知っていた人だったのでしょう。おばあさんが千秋に打ち明けた話によって、千秋もまた立ち直っていくことができたのですから。
エピローグは、ポプラ荘の日々から18年経った、おばあさんの葬式のでのこと。静かな感動を覚えます。

懐かしさと安らぎに充ちた、大切にしたくなる一冊です。

      

4.

「西日の町」 ★★


西日の町画像

2002年09月
文芸春秋

(1000円+税)

2005年10月
文春文庫

2003/10/09

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気付いてみると夏の庭がおじいさんとの話、ポプラの秋はおばあさんとの話、そして本作品が実祖父との話。主人公との関係は徐々に近いものになっているようですが、そこまで考えるのは穿ちすぎでしょうか。

離婚した母と2人、北九州の町でアパート住まいする日々。学校にも上手く溶け込めないでいる主人公にとって、突然現れて同居し始めた、母の父親“てこじい”の印象は、とても強烈なものだった、というストーリィ。
このてこじい、家族を置き捨てて長いこと放浪したり、金銭を勝手に持ち出したり、何をしていたか判らない等々と、かなり謎めいた人物らしい。
娘である母との緊迫感ある関係、孫である主人公との関係が描かれると同時に、主人公の目からみた母とてこじいの姿もまた描かれているという、多層構成。
てこじいという人間を窺い知ることは、読み手にとっても興味深いことであると同時に、母子だけの限られた生活を送っている主人公にとっても、他の世界への扉を開ける、貴重な体験となったことでしょう。
子供にとっては、親よりの前世代である祖父母の生き死にの姿を見ることも大切なこと、湯本さんの他作品だけでなく、梨木香歩「西の魔女が死んだを思い出しても、そう感じます。

  

5.

「わたしのおじさん」 ★★☆   画:植田真


わたしのおじさん画像

2004年10月
偕成社

(1300円+税)


2005/03/12


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僅か80余頁。文章が少しと、広々とした絵がたくさん織り込まれている、すぐ読み終わってしまうような薄い本ですけれど、素敵な一冊です。
大人のための絵本、心洗われる類稀なファンタジー。

主人公の小さな女の子「わたし」は、広い草原を歩いていって青いシャツの男の子、コウちゃんに出会います。
「女の子が来るとは思っていなかったなあ」という、そのコウちゃんの一言がとても新鮮な響きを持っています。
そのコウちゃん、なんと「わたし」のおじさんなのです。
こんなファンタジー世界があるなんて、本書を読むまで思いも寄りませんでした。
優しさと明るさ、そしてこれからへの希望に充ちた世界。これ以上に純粋無垢な世界は在りよう筈がないと思えるだけに、ほんのひと時でもこの世界に入り込めたことがとても幸せに感じられます。
本書で描かれるのがどんな世界か、それを知ったら、きっと誰でも読んでみたくなるのではないでしょうか。

本書の世界を描いた植田さんの画が、また素敵なのです。
物語と画の絶妙のシンフォニー、といって過言ではありません。
ともあれ、まずは一見+一読をお薦めします。

植田真:1973年静岡県生。雑誌「イラストレーション」の「ザ・チョイス」98年度グランプリ受賞。書籍装画、挿絵、CDジャケット等幅広く活躍。

   

6.

「くまとやまねこ」(画:酒井駒子 ★★★    講談社出版文化賞絵本賞


くまとやまねこ画像

2008年04月
河出書房新社

(1300円+税)



2008/06/07



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絵本です。
それもあっさりと短く、すぐに読み終わってしまう絵本。
でもその中には普遍的な物語が描かれています。

大事な友達であることりに死なれたくまは、ことりを箱に入れて何処へ行くにも持って歩くようになる。
そんなくまに、他の動物たちは「つらいだろうけれど、わすれなくちゃ」と言い、その言葉はかえってくまを内に篭らせることになります。
そんなくまがやっと外へ出る気になったのは、とても天気の良い日。
そして野原でやまねこと出会い、そのやまねこのひと言から、やっとくまには新しい一歩を踏み出す気持ちが生まれます。

大切な人の死、深い悲しみ、そこからの新しい一歩。
とても簡単なストーリィの中に、深い思いのこもっている一冊。とても大事なことをふっと気づかせられた気がします。

大切な人を失ったとき、忘れた方がいい、という言葉はどんなに残酷なものであることでしょう。
その悲しみを大切な思い出に昇華させて、それから新たな一歩を踏み出すしかないことなのではないでしょうか。
それには深く悲しむことと、新たな始まりとなる何かのきっかけが必要だと思うのです。
そんなことを感じさせてくれる、くまとやまねこの物語。

酒井さんの絵は、白と黒を基調とした霞んだような絵。その分、姿より心を見ていた気がします。また、所々彩色されている赤い色がことのほか際立って感じられました。

   

7.

「岸辺の旅」 ★★


岸辺の旅画像

2010年02月
文芸春秋

(1200円+税)

2012年08月
文春文庫



2010/03/12



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瑞希(みずき)優介と結婚して9年、失踪していたその優介が3年ぶりに戻ってくる。
病を得ていた優介、海の底で死に身体は蟹に喰われてしまったのだという。
そこから歩いて我が家に帰ってくるまで、3年がかかったのだという。
そして、その優介に誘われ、瑞希は2人で旅に出る。それは、何処へ向かう旅なのか、何のための旅なのか。

死に別れるとは、それがどんな形であろうと、遺された者にとっては突然というものではないかと思います。
本作品における瑞希と優介の如く、お互いの存在を確かめ合うように2人だけの旅を重ねて行くというのは、一方の死と一方の生とに別れていくことへ徐々に折り合いをつけていくための行為ではないかと感じられます。
旅の途中、自宅への帰り道で優介が知り合った人々と、今度は2人で触れ合っていく。
その2人の旅路が既に、この世とあの世の狭間でたゆたうような幽玄の気配に満ちています。
それを何と言えば良いのでしょうか。いつまでも続く訳がないという、愛しくも切なくも、また儚げな雰囲気。
そして、旅の途中で出会った人々との、その近くに寄り添って過ごした日々は、2人の旅をより深いものにしている気がします。

これまでの作品とは、趣向を異にした長篇小説。厳粛で幽玄なストーリィは、中々の味わいです。

      

8.

「夜の木の下で」 ★★☆


夜の木の下で画像

2014年11月
新潮社

(1300円+税)

2017年11月
新潮文庫



2014/12/21



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ずっと胸の中に抱えてきた悔い、心の痛みを今も残す出来事を回想する、という内容の短篇集。

あの時、あぁすれば良かったと今も悔いを抱えている出来事がある。でもその時そうしたからといって結果がどうなっていたかはまるで判らないこと。だからこそ忘れ難い思い出として今も心の残るのでしょう。
本書は、そんな解決のない思いをまるで怜悧な刃物で切り開くかのような短篇集、一見冷たいようであっても、むしろそこには快さがあります。

いずれも回想から成るストーリィですが、いつも2人の組み合わせがあるのが特徴。
双子の兄弟、焼却炉に生理用品を運ぶ役割を担っていた女子高生2人、主人公とママチャリのサドル、イジメ側とイジメられていた側の中学生2人、ヤギ顔の40代女性と顔も身体も間延びした中学生、そして最後は2人だけで頑張ってきた姉弟という組み合わせ。
どれも短編という枠組みを超えた深遠さを備えたストーリィですが、女子高生2人がお互いの胸の内を語るのに設定した場所が焼却炉前というのはお見事。
また、話し相手が自転車のサドルというのは、主人公の孤独さを表すと同時にユーモラスで、これもまた得難い味わいです。
腰が抜けるような衝撃を受けたのは、
「リターン・マッチ」。余りに切なすぎて、言葉も出ません。
表題作
「夜の木の下」は、姉と弟の両方の回想が語られる編。主人公の一方的な回想だけではなく、それに応じる形の回想も語られているという点で、他の5篇に増して深さを感じる作品です。

深夜の孤独さとひんやりとした冷たさを快いと感じるような短篇集、お薦めです。

緑の洞窟/焼却炉/私のサドル/リターン・マッチ/マジック・フルート/夜の木の下で

  

9.

「橋の上で」(画:酒井駒子) ★★☆


橋の上で

2022年09月
河出書房新社

(1500円+税)



2022/11/03



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絵本です。
それもあっさりと短く、すぐに読み終わってしまう絵本。
でもその中には今、とても大切な内容が籠められていると思います。

学校帰りの夕方、橋の上からひとりで川を見ている少年。
彼は、不当な扱いをされた悲しみから、今ここから川に飛び込んだらどうなるだろう、と考えています。
何時の間にか、その少年の隣に、古ぼけた雪柄のセーターを来たおじさんが立っていて、少年に話しかけてきます。
そのおじさんは、水路の向こうにはきみだけのみずうみがある、耳を塞げばその水の音が聞こえるよ、と教えてくれると、そのまま立ち去ってしまう。

今の日本社会では、子供であっても、イジメに遭ったり、居場所を失ったりして自殺を考えてしまうことが多くあるように思います。
その時、ふと誰かが話しかけてくれたり、自分の内に違う景色や世界を見ることができたら、魔が差した瞬間をやり過ごすことができるのかもしれない、と感じます。

ごく短い話ですが、その先に進んだ少年の姿を見ることができるのは、とても嬉しい。
酒井駒子さんの画は、いつものように印象的で、何度眺めても飽きるということがありません。

  


  

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