唯川 恵
(ゆいかわけい)作品のページ


本名:坂本泰子。1955年2月1日石川県金沢市生、金沢女子短期大学情報処理学科卒。卒業後10年間銀行に勤務。84年「海色の午後」にて第3回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家活動に入る。恋愛小説、エッセイ多数。2002年「肩ごしの恋人」にて直木賞、08年「愛に似たもの」にて第21回柴田錬三郎賞を受賞。


1.
OL10年やりました

2.シングル・ブルー

3.あなたが欲しい

4.めまい

5.ベター・ハーフ

6.ため息の時間

7.肩ごしの恋人

8.恋せども、愛せども

9.愛に似たもの

   


 

1.

●「OL10年やりました」● ★★

 

1990年12月
大和書房刊

 
1996年03月
集英社文庫
(390円+税)

 

 
2001/08/07

OLたちが一体どのようなことを考えて仕事に携わってるいるのか、一度読んでみたいと思っていました。
でも、誰が書いたものでも良いという訳ではありません。ある程度信頼の置ける人でないといけない。酒井順子さんもOL経験のあるコラムニストですが、広告会社の総合職ですし、就職前から寄稿して稼いでいた人ですから、ちょっと不適切。
その点、唯川さんならピッタリです。信頼も置けるし、地元銀行でのOL生活10年という経歴はもう充分過ぎる位。
ところが、軽く楽しんで読めるエッセイと思いきや(確かにそういう部分はありますけれど)、後半とても為になる言葉がバンバン出てきます、すっかり感心しました。
まず、1年目から10年目までを章分けし、明確に区別して書いているのが、とても良い。唯川さんの中で、年度によって心境の変化していく様子が実によく判ります。1〜3年目の甘えたような気分と、7〜10年目を比べると、まさに雲泥の差。この頃になると、人生に対する自覚、心構えは立派なもの。さすが10年のOL生活は伊達ではない、と感じ入ります。
OLは勿論,男性社員にも読むことをお薦めしたい一冊です。

※−感心した部分を抜粋−
「仕事は仕事です。私たちは報酬をもらうために労働を提供しているのであって、楽しみを得るために勤めているわけではないのです。」
「継続は力なり。私は、この言葉をOLの座右の銘として捧げます。いいえ、OLだけでなく、生きることにおいて必要不可欠なことだと信じています。」
「何をするにも言い訳が先に立つOLからは、もうきっぱり卒業したのです。」

何がなんだか一年目/慣れそうで慣れない二年目/三年目の憂鬱/五年目の宙ぶらりん/これでいいのか七年目/花も実もある十年目

    

2.

●「シングル・ブルー」● 

  

1991年07月
大和書房刊

2001年07月
集英社文庫
(381円+税)

 

2001/08/31

OL10年やりましたの後にくるエッセイ集、という印象です。ですから、この本を読む前に、まず「OL10年」を読みましょう。その方が本書の味わいも深い筈です。
それなりの年齢になったけれど、未だ独身。そんな状況にある女性なら、きっと考えることが沢山あることでしょう、良くも悪くも。それらの迷いを唯川さんはきちっと整理してくれます。
「欲しいものは欲しいと言い、嫌いなものには妥協せず、命令はきっぱり拒否し、作り笑いは捨てて、NOは目を見て告げ、背中のファスナーは自分で上げる。そんな女に私はなりたい。」
良いですねー。
唯川さんはこのエッセイ集の最後で
「自分の人生のヒロインとして、胸を張って生きるシングルたちに、心から拍手」という文章で締めていますけれど、その言葉を待つまでもなく、上記の文章を読むと思わず応援したくなります。
でも、今や男性の独身も多くなっている状況。シングル・グレーとでも言ったら良いでしょうか、決して男性も他人事ではいられなくなったことと思います。

まずは−恋愛/つぎは−友達/それから−遊び/そして−将来/またもや−恋愛

  

3.

●「あなたが欲しい」● 

 

1995年5月
大和書房刊

1999年11月
新潮文庫
(438円+税)

 

1999/11/03

主人公は榊理沙子、25歳。恵まれた家庭に育ち、現在は資産家の次男坊で一流商社に勤める恋人を持っている。両親からも公認。また、信頼できる女友達も2人いる。
とくれば、極めて現代的、かつ絵に描いたような恋愛小説という印象をもちます。実際、そんな雰囲気でストーリィは進みます。
そんな主人公にただひとつ影が差したことといえば、恋人の同僚に惹かれるものを感じたこと。
それは、この奇麗事すぎる恋愛小説において、唯一の小説らしい波紋と思えました。ところが、その後にはもっと思いがけない逆転劇が用意されていました。まるで、推理小説の最後に思わぬ真犯人が暴露される、といった類の衝撃です。
この大逆転劇の後は、スカッ!とした気がしました。また、さっぱりした気分がしました。それまで気取っていたのが、やっと自然な本来の自分を曝け出すことが許された、というような開放感があります。
あっさりとしていますが、それなりにしたたかな作品でもあります。でも、やはり若い女性向きの小説でしょう。

 

4.

●「めまい」● 

 

1997年03月
集英社刊
(1330円+税)

2002年06月
集英社文庫化

 

1999/12/11

10篇からなるホラー短篇集。
とは言っても、それ程どぎついものではなく、ホラー風スパイスがピリリと効いている、と言った作品集です。
なにしろ、唯川さん自身は「恋愛小説を書いたつもりです」と言っているのですから。
でも、やっぱりホラー的だよなぁ。
いずれもストーリィの根幹にあるのは、男女の物語。男との愛憎が極まると、その中にホラー的なものが芽生えてくる、そんな感じを受けます。
最初は、大したことないなあと思いつつ読んでいたのですが、何篇も重なると次第に恐ろしさがつのっていきます。
気に入った作品は、耳鳴りにも似て」「誰にも渡さない」の2篇。

青の使者/きれい/耳鳴りにも似て /眼窩の蜜/誰にも渡さない/闇に挿す花/翠の呼び声/嗤う手/降りやまぬ/月光の果て

 

5.

●「ベター・ハーフ」● ★★




2000年01月
集英社刊
(1700円+税)

2005年09月
集英社文庫化

 

2000/03/29

正直言って、読みながら、目を背けたくなるような思いに駆られた小説です。その理由は、本書が“結婚”というものの実体をとことん暴いているからで、グッと堪えつつ読み進んだ、というのが本音です。
前半は、厭〜な気分で、滅入るような思いでした。なんとか堪えつつ読み進んで後半に至りましたが、そうする内にじわーっと確かな手応えを感じるようになり、気づいてみると本作品に魅入られたような気分になっていました。
前半と後半の気持ちの差は、主人公である2人、永遠子文彦に対する思いが変わってきたからです。結婚した当初、この2人はとにかく自己中心的。ある意味では現代の若者像を象徴している、といった姿を曝け出します。(※でも、私自身の結婚当時を振り返ると、この主人公達と大差なかったような気がします。)
2人の結婚は結婚式当日からゴタゴタ続きです。結婚式場、新婚旅行のホテルにおいて、お互いの不倫とも言うべき異性関係が発覚。その後も、不倫、バブル崩壊による株式投資失敗、リストラによる失業、流産、父親のボケ、ひとり娘の“お受験”と、何でもありというばかりに次々と問題が起こります。
夫婦というのは、所詮恋人ではなく、生活する上でのパートナー。何故離婚しないのかと思えるほどの2人ですが、それぞれ離婚後の行き先がないというだけの理由でずるずると結婚生活を続けるうち、ひとり娘の美有を交え、それなりに安定した家族関係を築いていきます。
誇張され過ぎの観がある破滅的な夫婦関係ではありますけれど、夫婦という関係の本質を捉えて逃がさないという点で迫力に充ちており、唯川さんの意欲が感じられる作品です。
是非お薦め。ただし、結婚する前から結婚生活に絶望することのないよう、ご注意の程。

   

6.

●「ため息の時間」● ★★




2001年06月
新潮社刊
(1400円+税)

2004年07月
新潮文庫化

 

2001/07/20

唯川さんの本をずっと読んできたわけではないので確信的に言える事ではないのですが、本書を読んですぐ、抜けたな、という印象を受けました。抜けたと言っても、間が抜けたという意味ではなく、抜け出した、という意味です。
軽いタッチの短篇9作ですが、どれも巧妙で、しかもストーリィは実に様々。かつて夫婦あるいは恋人だった男女を主人公に、その関係の移りゆく様を描いています。
注目すべきことは、ストーリィの内容より、どの作品にも共通する男の愚かしさ。言い換えれば、子供っぽく、脇が甘い、ということ。女からみた男は所詮こんなものか、それに比べて女というのは何としたたかなものか、と男性読者である私は感じざるを得ません。
しかし、あとがきによると唯川さんは「男の視点で女を描く」ことをやってみたかったのだとか。そう聞くと、また違った様相が見えてきます。したたかな女たちと思った彼女たちが、なんと可愛い気のあることか。それが理解できなかった男たちのなんとアホなことか、と。
ストーリィにはやや現実離れしたものもありますが、いずれの作品もスッキリしていて、とても読み心地が良い。ほろ苦さがちょうどよくブレンドされ、大人っぽく素敵なラブ・ストーリィ集という印象です。もちろん男性が読んでも、魅力ある一冊であることに変わりありません。

口紅/夜の匂い/終の季節/言い分/僕の愛しい人/バス・ストップ/濡れ羽色/分身/父が帰る日

   

7.

●「肩ごしの恋人」● ★★    直木賞




2001年09月
マガジンハウス
(1400円+税)

2004年10月
集英社文庫化

 

2002/03/17

対照的な恋愛観をもつ2人の女性の、幸せを手に入れるまでの道筋を描くラブ・ストーリィ。
「肩ごしの恋人」という題名からは、ちょっと予想できない内容でした。帯には、「きっとあなたの中にいる、ふたりの女の物語」とありますが、成程なァというのが男性としての感想。

るり子は、幼稚園以来という長い付き合い。しかし、性格も行動パターンも、2人は対照的。
るり子は恋多き女と言うべきか、常に男から恋されていないと満足できない女。その為、結婚するとつまらないと言って離婚を繰り返し、今回が3度目の結婚式。
一方のは、男と恋人関係になるのをまるで警戒しているような様子。裏切られて、幸せを信じられなくなるのが恐い、といった風です。ですから、出会う男との関係は、いつもセックス主体のものになっている。
そんな2人の間の中和剤、とでもいうように登場するのが、家出少年・、15歳。
それぞれトラウマを抱えたような3人が、自分なりに充実した生活を手に入れるまでの葛藤ストーリィ、と言って良いでしょう。
割とさらりと読める作品です。読後感も、気分が軽くなるような快さあり。
また、萌、るり子に、キラリと光るセリフが幾度もある。それが、この作品の魅力です。

 

8.

●「恋せども、愛せども」● ★★★




2005年10月
新潮社刊
(1600円+税)

2008年07月
新潮文庫化

  

2005/11/13

 

amazon.co.jp

金沢、名古屋、東京とそれぞれの地で生活している祖母と母、娘2人。三世代にわたって女性の生き方を描く長篇小説。

読み終えた今、久しぶりに良い小説を読んだなぁという充足感が快い。
無駄がない、テンポがいい、東京・名古屋・金沢という地理的な移動が快い。主役の4人の女性たちが魅力的であるうえに、脇役となる男性たちもいい。
そのうえ、本書には素敵な言葉が幾つも出てくるのです。

主人公は共に28歳の姉妹、雪緒理々子
雪緒は不動産会社勤務で名古屋在住。過去の失恋の痛手から現在は妻子もちの男性と交際中。一方の理々子は東京在住で、アルバイトしながら脚本家を志している。かつての恋人と恋愛関係は終わったものの、都合の良い相談相手として未だに相手を振り回している。
金沢で小料理屋を営んでいる祖母の音羽と母のは、置屋の元女将と元芸妓。実はこの4人、いずれも血の繋がらない、女性ばかりの4人家族なのです。
雪緒と理々子の2人が急に金沢に呼ばれたと思ったら、何と祖母と母が揃って結婚するという。
「若いうちは恋のために生きるけれど、年をとると、生きるために恋をする」・・・殺し文句ですねェ。
雪緒と理々子は2人とも前途に困難を抱えているし、祖母・母の結婚も順調には進まない。それでも娘2人が頑張れるのは、家族という絆の支えがあるからに他ならない。
2人の娘が抱える困難は最後になっても決して解消しないし、むしろ増しているぐらいかもしれませんが、恋愛に終わりはない、年取っても恋愛はできるという祖母と母の姿に2人が勇気づけられているのは間違いないことでしょう。
最後、新たな人物を4人が迎え入れるシーンはとても爽快。

この家族4人の繋がりがとても素晴らしい。羨ましくなってくるほどです。
年代を問わず全ての女性にお薦めしたい作品。ついでに男性にも。

  

8.

●「愛に似たもの」● ★★       柴田錬三郎賞




2007年09月
集英社刊
(1300円+税)

2009年10月
集英社文庫化

   

2008/10/25

 

amazon.co.jp

幸せを手に入れたいと願う8人の女性たちの姿を描く短篇集。
ただ、幸せを願うといっても彼女たちの思いには純粋さより、独りよがりで足掻いているような、という感じ。
彼女たちのいう“幸せ”とは何なのか。経済的な満足、友人たちへの見栄、対抗心。所詮他人の視線をベースにしてしか、幸せであるかどうかを測定できないのです。
相手を好きになったから結婚したいと思うのではなく、結婚そのものがしたい、結婚すれば幸せになれる筈、そのためにそれに相応しい結婚相手が必要、という思考。
だからこそ、結婚した後に予想どおりうまくいかないと、結婚相手選びを間違ったのかと後悔したりする。

そんな女性たちを描いて、唯川さんは実に上手い!
そして、読む前はあっさりと受けて止めてしまったのですが、本書に登場する女性たちをまとめて表現するのに、「愛に似たもの」とは何と上手い題名であることか。
でも彼女たち、判っているのでしょうか。同じことを男性側でも考えているかもしれない、ということを。

冒頭の「真珠の雫」は、意外性を付いて痛快。
「ロールモデル」のオチには笑ってしまいますが、もしかしてブラックユーモアかも。
「教訓」の主人公、何と愚かしく、何といじらしいことか。
「約束」はちょっとホラー風な味わいがピリッと辛い。
「帰郷」は最後を締めくくるに相応しい一篇です。
テーマは同じであっても各篇ストーリィの趣向は斯くも様々。そこもまた唯川さんのベテラン作家らしい上手さです。

なかなか味わい深い短篇集ですが、男性としては辟易してしまうところ多分にあり。という意味で、本書はあくまで女性向きの一冊だなと思う次第。

真珠の雫/つまずく/ロールモデル/選択/教訓/約束/ライムがしみる/帰郷

 


 

to Top Page     to 国内作家 Index