山田風太郎作品のページ


1922年兵庫県生。東京医大在学中に執筆した「達磨峠の事件」が「宝石」の第1回懸賞小説に入選。49年「眼中の悪魔」「虚像淫楽」にて第2回探偵作家クラブ賞、97年に大衆文芸に新しい境地を開いた業績により菊池寛賞を受賞。2001年死去。


1.
自来也忍法帖

2.飛騨忍法帖

3.忍法八犬伝

4.忍法双頭の鷲

5.戦中派不戦日記

  


       

1.

●「自来也忍法帖」● ★☆


自来也忍法帖

1965年07月
実業之日本社刊

1969年講談社
1981年角川文庫

2003年02月
文春ネスコ刊

(1500円+税)


2003/09/13

山田風太郎“忍法帖”ものでは初めて読んだ作品。
たまたま図書館の新規入館本の棚にひょっこりあったものですから、とっさに手が出ました。
「じらいや」という表題に惹かれたのですが、大蟇に乗って印を結ぶドロンドロンの「児雷也」でなく、「自ラ来ル也」「自来也」でした。

藤堂藩の後継が将軍・家斉の御前で突如腰を上下する奇妙な動作を始めたと思ったら、そのまま精汁を垂れ流して死ぬという奇怪な事件が起こります。これは、藤堂藩を手中に収めようとする服部蛇丸一味が5人のくノ一を使って仕掛けた「忍法精水波」による殺害。
おかげで藤堂藩は、将軍家斉の第33子である徳川石五郎鞠姫の婿として押し付けられます。ところがその石五郎は、白痴でしかも唖。そしてそのお付は滑稽な容貌の甲賀蟇丸
服部蛇丸は再び「忍法精水波」を使って石五郎をも殺害しようとしますが、その前に立ち塞がったのが白装束の自来也と名乗る正体不明の忍者。服部一味との忍法合戦となります。

およそありそうもない「忍法精水波」「忍法乳しぼり」とか、奇想天外な忍法の登場するのが山田風太郎“忍法帖”の妙味でしょう。さぞ艶かしい展開と期待してしまうのですが、印象は意外とあっさりしたもの。
むしろ、あっけらかんとした楽しさがあります。
理屈抜きに楽しめた忍法小説。代表作を読むのが楽しみです。

    

2.

●「飛騨忍法帖」● 


飛騨忍法帖

1964年01月
講談社刊

1986年
角川文庫
(「軍艦忍法帖」)

2003年04月
文春ネスコ刊

(1500円+税)


2003/09/28

幕末、明治維新という激動の時代を背景とした処が、異色の忍法帖。
そもそも、明治維新=近代化と、忍法=戦国時代というイメージが合いません。何でぇ〜というのが正直な気持ち。
何故そうなるのかを考えてみると、山田風太郎の作風が判るかもしれない、と考えたくなるのも当然でしょう。
つまり、“忍法帖”というのは、山田作品のエンターテイメント要素に過ぎず、主眼はそれを取り払った後のストーリィにあるのではないか、ということ。本作品においてそれは、当然ながら幕府側の意見対立、薩長と幕府側の攻防、ということになります。

本書ストーリィは、名を揚げようと江戸に出てきた飛騨幻法の遣い手・乗鞍丞馬が主人公。その丞馬が、江戸で出逢った美女・お美也に一目惚れ。美也の嫁いだ旗本・宗像主水正に若党として仕えますが、美也に横恋慕した旗本5人が主水正を暗殺したことから、美也を助け仇討ちをめざす、というもの。
しかし、主水正が勝安房守の信奉者であり、一方の5人が小栗豊後守の配下となれば、仇討そのものが、勝対小栗という政治方針をめぐる代理合戦の様を呈しているのは当然でしょう。

新撰組も登場し、神戸の海軍操練所坂本竜馬も顔を見せるのですから、忍法帖といいつつ本質的には歴史小説であることに間違いありません。
ただし、所詮仇討とは陰惨なもの。その分自来也忍法帖のような明るい面白さが味わえなかったことが残念。

3.

「忍法八犬伝 ★★


忍法八犬伝

1964年
徳間書店刊

1999年02月
講談社文庫

(714円+税)



2017/08/27



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滝沢馬琴「南総里見八犬伝」を元に、奇想天外な忍法帖に仕上げた面白さ満載の伝奇小説。

時代は、馬琴「八犬伝」の百五十年後。
軽薄な領主である
里見忠義は、家宝である八つの珠とそれを守る頑固な老家老8人が鬱陶しくてたまらない。将軍家世子の竹千代から珠が欲しいと言われ、ついこれ幸い、献上しますと返答してしまいます。
それに目を付けたのが家康の参謀である
本多佐渡守正信
珠を奪って里見藩改易の理由にしようと、
服部半蔵に珠の盗み出しを命じます。
半蔵が仕向けた女忍び8人に篭絡された忠義は
“忠孝悌仁義礼智信”の珠をまんまと“淫戯乱盗狂惑悦弄”の珠にすり替えられ、さらに8人の家老たちが責めを負う姿を見て、真っ青。
かつての八犬士の末裔である家老たち、3年前甲賀の里へ修行に送ったそれぞれの息子たちに後を託しますが・・・・。

伊賀の女忍び8人と、親から代々の名前を相伝された八犬士の末裔である8人が、8つの珠を巡って秘術の限りを尽くし死闘するストーリィ。
伊賀忍者からすると“伊賀対甲賀”の忍び対決となるのですが、奔放な若者たちである八犬士は甲賀忍法などろくに身に付けておらず、本来身に備えた特技等での対抗というのがその実態。

一人倒しては一人倒れるといった秘術を尽くしての熾烈な闘い。そんなストーリィが面白くない訳がありません。
死闘といっても悲惨さや悲哀は余りなく、どこかカラッとした潔さがあるのが、この八犬伝の面白さかつ魅力です。


忠孝悌仁義礼智信/淫戯乱盗狂惑悦弄/大事/行方不明の息子たち/六方者と軍学者/女郎屋者と狂言師/香具師と巾着切/乞食と盗ッ人/童姫(どうき)/めぐる村雨/挑戦状/忍法「悦」/念仏刀/忍法「盗」/八門遁甲/三犬評定/外縛陣/忍法「淫」/「蔭武者」血笑/虜/信乃姫様/陰舌/蔵の内外/地屏風/二人村雨/千秋楽は三月三日/内縛陣/忍法「弄」/大軍師/幻戯/空珠

      

4.

「忍法双頭の鷲 ★☆


忍法双頭の鷲

1980年12月
角川文庫刊

2018年03月
角川文庫

(800円+税)



2018/05/29



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徳川4代将軍の家綱が死去、5代将軍に綱吉が擁立されたことから、大老酒井雅楽頭が失脚し、実権は若年寄堀田筑前守へ。
その堀田筑前守によって伊賀組は公儀隠密から放逐され、代わって根来衆がその座を与えられた、というのが冒頭。

題名の「双頭の鷲」とは、若い
根来忍者秦漣四郎吹矢城助のことでしょう。
堀田越前守の命を受けた老首領=
根来孤雲の指示のもと、2人がコンビで幾つもの藩に潜入して実情を調べるという隠密仕事を描く連作風ストーリィ。

2人の若い根来忍者の行く手には、惨殺から逃げ去って生き延びた伊賀忍者たちが怨念に燃えて待ち構える、という紹介文から、根来忍者と伊賀忍者の奇想天外な忍び対決が繰り広げられる、と期待して読んだのですが、全くの期待外れ。
独創的な忍法、淫乱的な様相も一部には見られるものの、興奮するような対決は見られないどころか、2人の隠密活動にしても堀田筑前守に体よく利用されているだけ、という風です。
む〜ん、折角読んだのに残念。

各章ごと、漣四郎と城助はあちこちの藩へ潜入します。そこで2人が目にしたものは、藩主・家臣たちの様々な姿、有り様。
お家騒動どころか、中には2人が探る対象であった相手にむしろ期待を抱くという展開もあるのですが、所詮隠密などは道具に過ぎない、という悲哀も感じさせられる結果になっています。
最後はなぁ〜。面白くてすっきりした、とはとても言えません。


二人三脚/傘骨連判状/源氏十三帖/つんつる大名/淫の寵姫/死霊大名/なえまら剣豪/猿姫様/紅白上意討ち/隠密の果て

   

5.

「戦中派不戦日記」 ★★


戦中派不戦日記

1985年08月
講談社文庫

2002年12月
講談社文庫
新装版
(952円+税)


1995/01/29

著者、昭和20年の日記。
当時医学生だった青年の、戦中・戦後の生の記録として、貴重なものです。後に作家となった人だけのことはあって、文章は明快で判り易い。
そして何よりも、感傷に走らず、客観的な物の見方ができていることを頼もしく感じます。

戦時下というと、暗い世相ばかり想像してしまいますが、この日記に書かれた生活には奇妙に明るさがあります。小林信彦氏が指摘する通り、戦争の中にも明るさはあったのです。

空襲により多くの都民が家を失う中にあって、著者は傍観者的です。ところが一転、著者も焼き出され、日本の敗色が濃厚になってくると、その山田青年でさえ、本土決戦の決意を固め、降伏を拒否するといった心境になっていきます。国家に煽られた群集心理、という傾向を多分に感じます。
そして敗戦となるや、アメリカ賛美の風潮、奇妙な明るさ、引き揚げてきた兵隊たちを薄気味悪く見る社会へと、世相は一変してしまう。何と変わり身の早いことでしょうか。
そんな中で、バルザックやドストエフスキーと、山田青年が外国の文学作品をよく読んでいることに、不思議な思いがします。

       


  

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