津原泰水
(やすみ)作品のページ


1964年広島県広島市生、青山学院大学国際政治経済学部卒。89年“津原やすみ”名義にて少女小説作家としてデビュー。96年「ささやきは魔法」を最後に少女小説から引退し、筆名を“津原泰水”に変更、長編「妖都」により幻想小説の旗手として注目される。2022年10月死去、享年58歳。


1.
たまさか人形堂物語

2.ブラバン

3.11 eleven

4.エスカルゴ兄弟(文庫改題:歌うエスカルゴ)

5.夢分けの船 

  


    

1.

●「たまさか人形堂物語」● 


たまさか人形堂物語画像

2009年01月
文芸春秋

(1429円+税)

2011年08月
文春文庫

2022年03月
創元推理文庫

2009/01/25

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広告会社をいきなりリストラされ、世田谷で祖父が経営していたしょぼい人形店=玉阪屋を引き受けることになった元OL店主の
その斜陽の人形店に何故か応募してきた人形マニアの新卒青年=冨永、正体不明の中年人形師シムさんこと師村
この3人によって醸し出されるアットホームな雰囲気が、このたまさか人形堂の魅力。
販売も手掛けているのであるが、仕事は専ら人形修復の依頼ばかり。冨永、師村の2人が力を発揮します。
数々の人形、そして破損した経緯にも修復する作業にも、様々なドラマが秘められている、という連作短篇集。

人形というモチーフも魅力ありますし、アットホームなメンバーが持ち込まれる様々な問題を解決するというシュチュエーションは、本来私の好きなもの。
それでも、登場人物たちのキャラクター、各ストーリィの情感、謎解きの深み、最後の顛末と、各々今一つ足りない、物足りないという思いが残ります。それが残念なところ。

なお、玉阪屋に持ち込まれる人形は、持ち主そっくりの人形、テディ・ベア、お雛さま、マリオネット、ラブドールまでと多彩。

毀す理由/恋は恋/村上迷想/最終公演/ガヴ/スリーピング・ビューティ

   

2.

●「ブラバン」● ★☆


ブラバン画像

2006年10月
パジリコ

2009年11月
新潮文庫

(590円+税)



2009/11/23



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高校の吹奏楽部に在籍した頃の思い出と現在を、同時並行して語っていく青春ラプソディー。

高校を卒業して25年、主人公=他片(たひら)等は同じ街で流行らない洋酒バーを営んでいる。
その店に顔を出していた、雇われマダムの皆元優香が交通事故か自殺か判然としない形で死す。
彼女は、広島県の公立高校に入学した主人公が吹奏楽部に入部するきっかけを作った女生徒だった。
そこから、吹奏楽部に入部した頃、入部してからの思い出が語られていきます。
そして、1期上の部員だった桜井ひとみが故郷で結婚式を挙げるにあたり、かつての部員たちに集まってもらい演奏して欲しいという依頼が届く。
25年ぶりの再結成、果たしてメンバーは集まるのか、集まっても演奏ができるのかどうか。

題名は「ブラバン」で一応音楽小説ではあるのですが、中沢けい「楽隊のうさぎのように、完成されたブラスバンド演奏は見られません。そこは、高校のクラブ活動のひとつ止まり。
その代わり、そこには個性的な部員たちが多くいて、様々なブラスバンドへの取り組みがあり、様々な高校生ぶりがあった。
そしてそれから25年、「様々さ」はもっと大きく広がったと言えます。
仕事で成功したという者もいれば、地道にやっている者もいる、主人公のように低位安定という者もいれば、挫折してそのまま行方をくらましてしまった人物もいる、といった具合。
高校時代と25年を隔てた現在を比較したところに、青春の残像、人生のほろ苦さを感じるストーリィになっています。
それでも、25年経った今、再結成という言葉に集まってくるメンバーが何人もいるということは、吹奏楽部に在籍したことが決して無駄ではなかった、と言えるのではないでしょうか。

各人の高校時代のエピソード、そして現在の状況というピースを貼り合せて作り上げたいった観ある長篇小説。
作者の津原泰水さん自身、広島観音高等学校在学中は吹奏楽部に在籍していたということなので、様々な楽器の特徴、演奏の難しさ、当時魅せられた音楽のことなど、詳細に描かれています。
私は門外漢なのですが、詳しい人ならきっと入り込むのだろうなぁと思います。

      

3.

11 eleven ★☆


11画像

2011年06月
河出書房新社

(1700円+税)

2014年04月
河出文庫


2011/07/26


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出版社の紹介文には「究極の作品集」、「「11」の異界の扉が開かれる」とあるのですが、・・・う〜む。

どのストーリィも通常世界のこととは思えない内容。
究極のSF、いずれも異界との関わり、異界と異界の繋がり。こうした物語世界が好きな人には堪らないのだろうなぁと思いますが、私には馴染みのない世界であり、付いて行ききれないなぁと感じるところ大。

とくに“著者ベスト”短篇と紹介されている「五色の舟」。登場人物たちそもそもが想像を超えたキャラクターである上に、そもそも今いる世界自体が異界としか思えない。そのうえ更に異界へと展開していくストーリィ。ただ、一度読んだら忘れ難いストーリィではあります。
私としては
「微笑面・改」も印象に残る篇。
なお、
「土の枕」は11篇中、割りと普通感覚で味わえる篇です。

異界への扉が今開かれる・・・。
ある意味、特異であり、特異である故の美しさをもった作品集と言えるのかもしれません。

五色の舟/延長コード/追ってくる少年/微笑面・改/琥珀みがき/キリノ/手/クラーケン/YYとその身幹/テルミン嬢/土の枕

                  

4.
「エスカルゴ兄弟 Les Freres Escargot ★★
 (文庫改題:歌うエスカルゴ)


エスカルゴ兄弟

2016年08月
角川書店
(1650円+税)

2017年11月
ハルキ文庫



2016/09/03



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零細出版社の編集者である柳楽(なぎら)尚登、27歳。社長の高嶋にら命じられて螺旋写真家の雨野秋彦の元を訪ねたら、何とリストラに伴う、雨野が新たに開店しようとしているエスカルゴ料理店の調理人への斡旋だったとは!
尚登、香川県にある讃岐うどん屋の次男。飲食店でバイトする内ついでにと調理師免許を取っていたという次第。
一方、雨野の父親は元々吉祥寺で立ち飲み屋“アマノ”を営んでいたもの。腰を痛めて店を続けることが困難になったことを契機に、螺旋に拘る雨野がエスカルゴをメインとしたビストロ風の店“スパイラル”に店替えしようという計画。

そんな尚登、伊勢の松阪でエスカルゴ・ブルギニョンの料理修業中に運命的な出会いをします。しかし、その相手は<讃岐うどん>とは仇敵の関係にある<伊勢うどん>屋の娘=
榊桜

自分本位な秋彦とロシア人的風貌のその妹=高校生の
に振り回されながら、店を軌道に乗せるため調理人としてメニューの工夫の余念のない尚登と、尚登の作りだす料理が楽しく、また桜との恋模様もじれったくもあり、微笑ましくもあり。
その中でも一番の魅力は、身近な食材をちょっとした工夫で個性的、かつ美味しい料理を生み出すところでしょう。
ちょっと風変わりな味わいの、料理人青春ストーリィ。

実は、
エスカルゴ・ブルギニョン、私の好きな料理です。でもフランスでエスカルゴの生息数が減っていると聞いて以来、ずっと食べていず。それだけに本ストーリィ、楽しき哉。
※なお、ファミレス等でサービスされている「エスカルゴ」、実はアフリカ・マイマイをエスカルゴの殻に入れているだけの代物だとか。知らなかったーっ。

プロローグ/
【壱】1.フレンチトーストの夜/2.モツ煮込みの匂い/3.シビレに痺れ/4.冷蔵庫の名はグレー/5.油雑巾とは/6.ヘリックス・ポマティア/7.伊勢うどんに転ぶ
【弐】1.エスコフィエのレシピ/2.八角とキツネ/3.おつまみ三種盛り/4.なにかグラタンのような/5.エスカルゴうどん/6.ウドネスカルゴへ/7.チーズに蜂蜜
【参】1.美しきアーモンド形の/2.酒豪に捧げる天津飯/3.葱ねたと日本酒/4.チキンラーメン三昧/5.稲庭の威力/6.磊磊なる料理たち/7.エスカルゴ尽くし/
エピローグ

     

5.

「夢分けの船 ★★   


夢分けの船

2023年10月
河出書房新社

(1800円+税)



2023/11/08



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舞台は現代、ストーリィもこれぞ現代という内容、それでいて文章は明治風。
具体的に言うと、漱石作品を連想し、「三四郎」を思い出させられる、という処。
似合わない、変では?と思われるかもしれませんが、だからこそ面白い、といって過言でありません。
だからこその、これぞまさしく青春小説。

主人公の
秋野修文(よしふみ)は、映画音楽の創り手になりたいと、愛媛県新居浜から東京に出てきて樅ノ木学園という専門学校に入学。
最寄り駅を降りて早々、やたらと修文を引っ張りまわす
嘉山克夫(岡山県人だからと修文は「岡山」と呼ぶ)と出会い、さらに学園から斡旋された賃貸マンションのその部屋には、3代前の住人である久世花音の幽霊が出る、と脅されます。

それ以降のストーリィ範囲は狭い。
岡山が作ったバンドにキーボード奏者として引っ張り込まれ、そのバンド仲間である
小河内大介、沢瑞絵、といった面々。
そして、同じマンションの階下に住む風俗嬢の
がやたら修文にまとわりつき、花音の姉=久世夕子が営む飲食店でバイトすることになる、等々。
それでいて、東京で会おうと約束した故郷の女性=
とは再会できずにいる。

幽霊騒ぎを除けば、特にどうということもないストーリィ。
結局、修文が東京にいたのは僅かな期間に過ぎないのですが、そこには迷える青年の青春物語が間違いなくあった、と言えます。

本作を評価するかどうかは好み次第と思いますが、津原泰水さんの遺作と思えば、なおさら感慨深いものがあります。

  


  

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