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3.マイ シーズンズ 4.鉄塔家族 5.石の肺 6.ノルゲ 7.ピロティ 8.誰かがそれを 9.還れぬ家 10.渡良瀬 |
空にみずうみ、山海記、アスベストス、ミチノオク |
●「ア・ルース・ボーイ」● ★★ 三島由紀夫賞 |
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2019年08月
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まずこの作品の新鮮な感覚に驚きました。そして、読了後振り返ってみて、良い作品であることを改めて感じました。 お定まりの学校授業、進学コースから敢えて飛び出した主人公鮮と、女友達の幹、幹の赤ん坊の梢子。 自らの世界に飛び出し、世間を見る目、漸く手に入れた仕事に対する関心・感じ方、主人公は決して能力が劣った人間ではなく、むしろ一般生徒よりはるかに新鮮な嗅覚を備えています。 最後、自分のいた高校の工事に出かけ、同級生の卒業式の様子を体育館の天井から見下ろすシーンは、爽快さを感じます。 |
●「遠き山に日は落ちて」● ★★☆ |
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2004/12/10 |
伸びやかな気分に浸れる、気持ちの良い小説。 廃屋のようになっていた一軒家を借りて始まった生活ですが、少しずつ手を入れていくと、所有者だった老人が生前に丹精した庭の姿が現われてきたりと、生活に味わいが出てきます。 |
●「マイ
シーズンズ Dear
Bjorg & Helge Abrahamsen 」● ★ |
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ノルウェーのテキスタイル・アーティスト、ビヨルグ・アブラハムセン。
てっきりフィクションだと思って読んでいたら、中頃にビヨルグの写真、その作品の“マイシーズンズ”“サマー・ウィンド”が挿入されていて、驚きました。 |
●「鉄塔家族」● ★★☆ |
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2007年07月
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「遠き山に日は落ちて」に続く長編小説。 前作は蔵王山麓での伸びやかな生活を描いていましたが、本作品は場所も変わり、様々な人の生活、様々な家族の在り方がテーマとなっています。 人と人との触れ合いを喜び、草木の花や、鳥の鳴き声の移ろいを慈しむ。核家族化し、都会化している現代の日本社会において、本書に描かれる町は理想郷かもしれません。 |
●「石の肺−アスベスト禍を追う−」● ★★ |
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2009年11月
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アスベスト禍については先般ニュースで大きく取り上げられましたが、実際にアスベストを吸った現場での体験者の話は殆どないそうです。理由は単純、そうした現場の職人さんたちは言葉で表現することが苦手だから、というのが佐伯さんの冒頭での説明です。 アスベスト=石綿といえば、小学校〜中学校の頃理科の実験で身近にあったものであり、役に立つという認識しかなかったものです。それが「静かな時限爆弾」と呼ばれ、こんなにも大きな禍をもたらすものであったという事実には、誰しも驚愕したことと思います。 アスベストの埃が濛々と舞い上がる天井裏に這いつくばって仕事をしていたという佐伯さんの文章を読むと、いかに危険な場に彼らはいたのかと、底知れない恐ろしさを感じます。 国の指導で吹き付けた/電気工になった日/二足の草鞋を履く/ヤバイ現場/むなしき除去工事/アスベストとはなにか/時限爆弾はいつか目覚める/何をいまさら/アスベスト禍の原点を訪ねて/どこにでもある不滅の物質/親方との一夜 |
●「ノルゲ Norge 」● ★★ 野間文芸賞 |
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「マイシーズンズ」で四季毎にノルウェーを訪ねた夫婦は、妻の留学により1年間をノルウェーで暮らすことになります。 留学のきっかけは、前書にてオスロにある美術工芸大学でエンブロイダリー(刺繍やアプリケなど布や糸を使った表現の総称)を教えているエディットを知ったことから。 人口が少ないノルウェーでは、住まいの近くに様々な鳥が来るようですし、街中ではすぐ知り合いに出会うという。 ※なお、「ノルゲ」とはノルウェー語でノルウェーのこと。ブークモールでは Norge、ニーノシュクでは Noregと記すらしい。 |
●「ピロティ」● ★ |
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マンション管理人の仕事内容、苦労を、実際の管理人が後任者に引き継ぐための説明という設定をとって語った、一応小説作品。 マンション管理人というと、入り口の管理人室にずっと座っていればいいぐらいだろうと知らない人は思いますけれど、実はあれこれと面倒なものです。 何はともあれ、良い管理人さんにいてもらわないと、住み心地が良くない、トラブルが多い、ということは起こりがちでしょう。 |
●「誰かがそれを」● ★★ |
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ささやかで、穏やかな日常の日々。そのヒトコマを書き綴った短篇集。 けれど、そんな穏やかな日々にあっても、何かしらの出来事は起こります。年老いてますます頑固になった父親の扱いに苦労する話、夜中に聞こえる正体不明の物音、学生時代の同級生からの突然の電話、等々。 どれもごく短い、小品と言ってよい短篇集ですが、一篇一篇の味わいは深く、とても心地良い。 ※なお、最後の「杜鵑の峯」は、珍しく時代もの。亡き伊達政宗公のことを、傍近くに仕えた者がしみじみと思い出す一篇。 ケンポナシ/誰かがそれを/俺/むかご/かわたれ/焼き鳥とクラリネット/プラットフォーム/杜鵑(ほととぎす)の峯 |
9. | |
「還れぬ家」 ★★☆ 毎日芸術賞 |
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2015年11月
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主人公の早瀬光二は、少年時代の悪夢や母親の冷たい仕打ちがトラウマとなって今も持病に苦しみながら執筆をつづける作家。再婚したものの今も前妻と子供たちに家の借金をまだ払い続けている身。その妻は草木染め作家の柚子。2人の人物設定はこれまでの作品と共通です。 老いた親の介護問題。今や誰の身にもいつ何時降りかかってきても不思議ない、現代社会における大きな問題。私にとっても他人事ではありません。 本書を読んで感じたことは、両親が住む実家とは、その家を出て外に家庭を築いた人間にとってもはや帰るべき家ではない、ということ。それは私にとっても言えることです。 |
10. | |
「渡良瀬」 ★★☆ 伊藤整文学賞 |
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2017年07月
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佐伯一麦さんのファンではありますけど、本作品については見落としていました。伊藤整文学賞を受賞したというニュースを知ってさっそく読んでみた次第。 28歳の主人公=南條拓は東京で電気工として働いていましたが、妻と3人の子とともに茨城県古河に引越し、渡良瀬遊水地の近くにある配電盤製造の工業団地内にある工場で工員として働き始めたところ。 本書を読んでいると、ごく普通に生きていくことがどんなに大変なことか、ということが実感として伝わってくる気がします。 最近は軽いエンターテインメント小説を読むことが多いのですが、久しぶりにこうした私小説的な作品に触れると、じっくり読む楽しさを思い出させらます。 ※なお、時期設定はちょうど昭和天皇崩御の時。当時の雰囲気を思い出させられて、ふと懐かしくなります。 |