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1.開かせていただき光栄です 2.影を買う店 3.クロコダイル路地 4.U 5.風配図 |
「開かせていただき光栄です DILATED TO MEET YOU」 ★★☆ 本格ミステリ大賞 | |
2013年09月
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「開かせていただき・・・」というのは何の意味?と思う処ですが、本作の主要舞台が人体解剖教室であるからか。 18世紀のロンドン。外科医ダニエル・バートンは私邸で解剖教室を開いており、住み込み弟子5人とともに、墓あばきから買い取った屍体を材料に解剖による研究に勤しむ日々。 ところが、妊娠6ヶ月の女性遺体を解剖しようとしていた時、暖炉の隠し場所から、四肢を切断された少年、顔を潰された男性の2遺体が降ってわいたように現れます。 そこに告発状を受けてやってきた治安判事の部下が。 <盲目判事>である治安判事ジョン・フィールディングとその姪で目代わりの助手であるアン=シャーリー・モアによる捜査に、ダニエルの弟子であるエドワード・ターナー、ナイジェル・ハートらの不審な行動が絡みながら、本格的ミステリのストーリィが展開されていきます。 なお、遺体となった少年、豊かな詩才を持つネイサン・カレンのロンドンに来てからの行動が、遡って並行して語られます。 一転、二転・・・いや三転、四転、目まぐるしく入れ替わる真相追及の展開に目が回るような思いをするのは私だけでしょうか。 探偵役が、鋭い聴覚と嗅覚、そして触覚で真相に迫る治安判事サー・ジョンであることは間違いない処。 その前に立ち塞がるのが、ダニエルの弟子たち。一体何を画策しているのか、何を隠しているのか、それは事件とどう関わっているのか。 本作は、本格的ミステリ小説であると同時に、別の観点から読み直してみると本格的犯罪小説といえる内容を含んでいます。 また、当時英国の法医学状況、警察組織と司法制度のあり様があってこそのストーリィになっていますから興味尽きない処。 見事なミステリ作品であると言って、疑いありません。 ※なお、治安判事ジョン・フィールディングは実在の人物。 かのヘンリー・フィールディングの異母弟であり、兄の意志を組んで犯罪対策に注力した人物というのですから、さらに興味尽きません。 開かせていただき光栄です/特別付録:解剖ソング/チャーリーの受難 |
「影を買う店」 ★★ | |
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1990年代から2013年までの20年間に執筆された幻想・奇想小説のうちで、単行本未収録のものを集めた一冊。 皆川博子さん、これまで名前をよく目にしていたのですが、私にとっては本書が初めての皆川作品読み。とりあえず皆川作品を読んでみようと思い立ったところでちょうど目に留まったのが本書。著者の作風を象徴する一冊かと思い手に取った次第です。 表題作であり冒頭作でもある「影を買う店」、読んでみて思わずゾクゾクッ。これこそ幻想小説を読む楽しさかもしれません。 |
「クロコダイル路地 L'Allee De Crocodile」 ★★ | |
2019年01月
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フランス革命とその後を舞台に描く、歴史ドラマ&ミステリ。 舞台はフランスのナント。革命の嵐はやがてナントにも及び、暴動、王党派と革命派が戦った<ヴァンデの乱>と、激動の中で多くの人々が翻弄され、命を失い、その犠牲になります。 その時代の激流の中で、運命を狂わされて自分を見失う、あるいは人生を大きく変えられた4人が、本物語の主要人物。 ・フランス貴族の母、富裕なイギリス商人の父を両親にもつロレンス(ローラン)・テンプル。 ・主人である貴族フランソワを喪った従者のピエール・ドゥミ。 ・貧しい庶民の子であるジャン=マリ・ルーシェと、その妹コレット。 また、テンプル商会の副支配人サミュエル・ブーヴェ、助祭だったエルヴェ・マンドランが彼らに関わる人物として存在。 二部=2巻構成の第一部は、ナントが舞台。革命の元に多くの人命が死に追いやられる不条理、非道がリアルに描かれます。 ただこの辺りは、藤本ひとみさんの歴史小説や、佐藤賢一さん「小説フランス革命」を思い出させられるようなもの。 でも、次第に見えてくるのは、本物語がフランス革命という歴史ドラマを描いているのではなく、革命に翻弄された個人の人生ドラマを描いている、という点。 そのことは、第二部に入ると歴然としてきます。 第二部の舞台は英国ロンドン、上記人物たちがこぞって、ロンドンに集結します。 そこで展開されるのは、復讐劇。執拗に復讐心をたぎらす女と、空虚な自分を持て余す男がその首謀者です。 ここに至ると最早、第一部はこの復讐&ミステリ劇のための前章に過ぎなかったのか、と判ってきます。 読み終えた時、心の中に残るのは深い悲哀と虚無感。 革命後の社会に相応して歩み始めた人物もいれば、革命で受けた傷を忘れられず、ただ生き延びているという様の人物もいる、ということ。 最後の結末は、そうでもしなくては彼らが生きていける世界はもう無いのだろう、僅かでも救いを感じさせられて、納得できるものでした。 革命を背景にしつつ、個々の人間たちの悲哀に覆われた人生を描く壮大な物語、というのが本作の印象です。 ※なお、第一部の最後に登場する英国貴族サー・パーシー・ブレイクニーと船の<真昼の夢>号は、バロネス・オルツィ「紅はこべ」の登場人物・船。こちらは純然たる冒険活劇です。 |
「U(うー)」 ★★ |
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2020年11月
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1613年、ヨーロッパに侵攻したオスマン帝国によって多くの少年が強制徴募され、故国と家族から引き離されてオスマン帝国に連行された。 マジャール人のヤーノシュ・ファルカーシュ13歳、ドイツ人のシュテファン・ヘルク13歳、ルーマニア人のミハイ・イリエ11歳もそうした中の3人。連行されていく途中で3人は固い絆に結ばれます。 イスラム名を与えられ、割礼の儀式を施され、3人は無理やりイスラム教徒に改宗させられる。そしてサルタンに気に入られたらしいヤーノシュは宮廷へ、シュテファンとミハイはイエニチェリ(歩兵軍団)へと道は別れていく・・・・。 一方、1915年のドイツ。英国海軍に捕獲された独潜水艦Uボート-U13を自沈させた英雄ハンス・シャイデマンを救出すべく、一隻のUボート-U19が英国へと向かう。 その U19には、ハンスをよく知る王立図書館の司書ヨハン・フリードホフが客分として乗り込みますが、もう一人、かつてハンスの世話になった水兵ミヒャエル・ローエが乗り込んでいた。 17世紀と20世紀の物語、2つにどのような関係があるのかは、後半に至って判ります。 今まで読んだことのなかったイスラム宮廷世界に対する興味、犠牲として差し出され数奇な運命を辿ることになった3人の少年の物語。そして、危険な任務を行うUボート内の常に緊迫した展開と、本ストーリィにはすっかり堪能させられました。 数奇な運命に弄ばれながら、しっかり生き抜いた3人の姿が胸に強く残ります。 これこそ読む甲斐のある長大なストーリィ、そんな一冊です。 |
「風配図 WIND ROSE」 ★★ | |
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12世紀のバルト海沿岸都市が舞台。 冒頭、バルト海交易の要衝であるゴットランド島では、親の決めに従い農民の子同士の婚礼が行われている。 花嫁は15歳のヘルガ。そのヘルガは、義妹となる12歳のアグネととても仲が良い様子です。 折しも、貿易船が難破して積み荷が漂着。積み荷の所有権を巡って、ただ一人生き残ったドイツ商人とゴットランド島民が争い、決闘裁判が行われることになります。 そして、重傷を負ったドイツ商人に代わって決闘の場に立ったのが、何とヘルガ。その結果は・・・。 そこから、リューベックとノヴゴロド、その中間に位置するゴッドランド島のヴィスビューという三都市を巡りつつ、海上交易に関わる歴史ストーリィが幕を開けます。 ただし本作、ダイナミックに躍動するようなストーリィにはなりません。 様々な人物がそれぞれ自己の利潤を狙って画策するという、むしろウザったい展開。 そうした中で、女性への束縛、カトリック教徒とロシア正教徒との隔絶、といった歴史要素が綴られていきます。 本作で最も印象的なことは、ヘルガとアグネという2人の少女における自由への渇望です。 このままでは男たちに幽閉されるような人生を過ごすしかなくなる。だからこそ船に乗り、外の世界に出たい、と強く願うのでしょう。 なお、本作は、ストーリィの描き方が独特な点に、強く惹かれます。 アグネやノヴゴロド商人の完全奴隷であるマトヴェイが語り手となったり、戯曲形式や、プーシキンの物語詩を思い出させるような綴り方が織り交ぜられて進みます。 ストーリィ内容より、むしろその格調あるストーリィ構成の方に魅せられます。 好み次第と思いますが、私にとっては楽しい読書時間でした。 |