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11.化物蝋燭 12.万波を翔る 13.占(うら) 14.剛心 15.かたばみ 16.惣十郎浮世始末 17.雪夢往来 |
【作家歴】、茗荷谷の猫、漂砂のうたう、笑い三年泣き三月、ある男、みちくさ道中、櫛挽道守、よこまち余話、光炎の人、球道恋々、火影に咲く |
「化物蝋燭」 ★★☆ | |
2022年06月
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江戸市井もの怪談集・・・と安易に言ってしまって良いものかどうか。 確かに幽霊らが登場するのです。でも決して怪異綺譚というような短篇集ではありません。 生を終えて今は死者となっているものの、今なお思いを消しきれず、この世に留まって表面的には普通の人々と変わらずに、日々の暮らしを営んでいる、等々。 そこにあるのは、怨念などではなく、人に対する切ない想い、です。 いやぁ~、本当に上手いなぁ、木内さん。 巧さといい、妙味といい、仕上がりの良さといい、それはもう絶品の和菓子を賞味した気分です。 お薦め! ・「隣の小平次」:女房に先立たれた治助、つい長屋の隣に越してきた若夫婦の様子が気になり・・・。 ・「蛼橋」:母親の介護に尽くす佐吉。薬を渡してくれる那智という若い娘に不思議なものを感じます。 ・「お柄杓」:お店で<お柄杓>と呼ばれるお由。そのお由に孫六という見知らぬ老人が声を掛けてきます・・・。 ・「幼馴染み」:性格も家族環境も対照的なおのぶとお咲は、同じ長屋住まいの幼馴染み。同じお店に奉公するのですが・・・。 ・「化物蝋燭」:影絵師の富右治。大店の番頭だという伊助から、ある男を化物の影絵で脅かして欲しいと頼まれ・・・。 ・「むらさき」:紙屋に奉公するお庸。紙を届ける先の売れない絵師の描く女絵にすっかり魅了され・・・。 ・「夜番」:古道具の修繕である乙次。得体のしれないものが出るというお店から、乙次の評判を聞いたらしく、化物払いを頼まれるのですが・・・。 隣の小平次/蛼橋(こおろぎばし)/お柄杓/幼馴染み/化物蝋燭/むらさき/夜番 |
「万波を翔る(ばんぱをかける)」 ★★☆ | |
2022年08月
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幕末、米国ペリー艦隊の来航により日本はついに開国を余儀なくされました。しかし、相次ぐ欧米列強諸国からの圧力に、外交を司る新たな部署が幕府内に設けられます。 それが<外国局>。しかし、外国奉行に任ぜられた者たちはむしろ厄介事を押し付けられたという風。そして、外交局の事務方の一員として選ばれたのが、冷や飯食いの幕臣次男=田辺太一。 本作は、外国奉行が頻繁に交替させられる中、書物方から支配調役並、支配調役、組頭と一貫して外交局に勤めてきた田辺太一を主人公に、日本を異国の好きにさせまいと奮闘する外交局の面々の姿、日本外交の経緯を描いた幕末歴史長編です。 ただでさえ、狡猾で老練な交渉を仕掛けてくる欧米列強に対し、日本を異国の好きにさせてはならないと不慣れな外交交渉、経済交渉に苦闘する外国奉行、外国局の面々。 そのうえ、彼らの相手は異国だけではありません。自尊心ばかり高くて外交交渉の難しさを理解しない幕府の高官たち、尊王攘夷を命じてばかりの朝廷たち、その苦労の大きさには、読んでいるだけでも溜め息がでる程。 しかし、こうした人々の苦労、識見、信念があってこそ日本は独立国の地位を維持できたのだと思うと感謝するばかりです。 そのうえ本作中には、仕事への姿勢、困難時にあって自らの処し方という点で大いに教えとなる言葉が、幾つも語られます。 それは全て、現代社会、現代の仕事上にも通じること。とても感銘を受けた思いです。 なお、これらの物語が臨場感、かつ躍動感を以て面白く読めるのは、主人公である田辺太一の人物像のおかげに他なりません。 一本気で直情径行、自分の立場をわきまえず外国奉行に食ってかかったりします。思わず笑ってしまうことも度々。 そんな太一へ、外国奉行の中でもとくに辛辣な言葉をぶつけるのが水野忠徳。この2人のやりとりがとても痛快で楽しめます。意地悪な姑とちっとも懲りない嫁、と例えれば一番近いかもしれません。 通貨交換比率交渉、関税交渉、異国人殺傷事件に対する賠償交渉といった難題、遣米使節団(咸臨丸)、小笠原諸島調査、遣欧使節団、フランス万国博覧会への参加という大事、そして大政奉還、王政復古の大号令、討幕と、激動の時代が描かれます。 外交交渉の難しさ、当時も現在も、それは変らないでしょう。 でもその始まりから日本は諸外国に一方的に押しまくられるのではなく、精一杯奮闘してきたのだという事実は印象的でした。 是非お薦めしたい、歴史長編の力作です。 なお主人公の田辺太一、日本の外交に尽くした実在の人物です。 1.勇往邁進/2.疾風勁草/3.射石飲羽/4.震天動地/5.改過自新 |
「占(うら)」 ★★☆ | |
2023年03月
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多少の立場の違いこそあれ、ごくフツーの女性たちを描いた連作短編集。 迷いや不安を抱くようになった主人公たち、胸の不安を払拭したいとばかりに占い師や読心術師たちに頼ります、そんな女性たちの姿を描いた7篇。 占い等に頼るというのは、女性ならではのことなのかなぁ。 時代は、日露戦争後、太平洋戦争前に設定されています。 女性は嫁に行って家を守るのが当然、夫にはただ黙って従っていればいい、という時代だからこそ胸の内に色々な不安や不満が溜まる、燻ってしまう、だから次の一歩へ踏み出すため占い等に頼っても当然、という舞台設定なのでしょうか。 想う相手の胸の内を知るのに占いに頼ってしまう、適当に御託を並べたら<千里眼>として頼りにされる、理想の男性と思った故人の声を聞きたいと<呼び寄せ>の老女を訪ねる、自分の家の満足度は如何ほどかと近所の家庭の採点表を作ってみる、愚痴を吐き出すために<喰い師>を訪ねる、交際相手の本心を知りたいと読心術師に頼む、といったストーリィ。 最初の内はそんなことあろうよ、ぐらいの気持ちで読んでいたのですが、「山伏村の千里眼」の主人公(杣子)がユニークで面白い。 そして嵌ったのが「宵町祠の喰い師」。大工頭だった父親の死去により10人程の職人をかかえる深見組を継いだ女性(綾子)が、愛想は良いが仕事が雑な職人に頭を悩ませる話。 「千里眼」も「喰い師」も現代に共通するところ大。とくに「喰い師」は現代ビジネスそのものに通じる内容となっており、まさに逸品。 読み進むにつれ、上手い! お見事!と、木内さんの語りの上手さ、運びの上手さに舌を巻かざるを得ません。 なお、登場人物の何人かが、他の篇にも登場してくるところが楽しき哉。 時追町の卜い家/山伏村の千里眼/頓田町の聞奇館/深山町の双六堂/宵町祠の喰い師/鷺行町の朝生屋/北聖町の読心術 |
「剛 心」 ★★☆ | |
2024年10月
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欧米に負けない近代国家造りを目指していた明治時代にあって、闇雲に欧米風の建築を模倣しても意味がない、西欧の技術と日本の美の融合、「美しかった江戸の町並みを上回る街を造りたい」と孤高の奮闘を続けた実在の建築家=妻木頼黄(よりなか)を描いた長編。 明治時代の建築家というと辰野金吾を思い出しますが、辰野金吾が野心家で功名を上げることを目的にしていたのに対し、妻木頼黄は美しく調和のとれた街並みを造ることを願い、自分の功名には関心がなかった人物として描かれます。 特徴的なのは、その妻木自身を主人公とはせず、その周辺人物の目を通して妻木頼黄という人物を描く、という手法を取っていること。 そのため、時に妻木の内心は不明、そして目下ともなる若い部下や職人たちに対しても常に丁寧な態度を崩さなかったというところに、妻木という人物の懐の深さ、奥行きを感じさせられて魅了されます。 また、建築という仕事は設計者だけでできるものではない、若い才能を見出し、その才をうまく発揮させることによってチームとして仕事を成し遂げていく、そうした展開が気持ち良い。 明治期における代表的な建築物の、妻木らによる建築プロセスも読み応えたっぷりです。 明治期の建築家の有り様と合わせ、木内さんの渾身の作と言って間違いありません。是非お薦め。 ※辰野金吾を描いた作品が、門井慶喜「東京、はじまる」。同作では妻木頼黄を、辰野が受けるべき仕事を横取りした人物として描いていたかと思います。ライバルを悪くのは小説の構成上仕方ないことと思います。どちらが正しいかというのは詮無いことですが、本作の妻木の方に親愛感を抱きます。 |
「かたばみ」 ★★☆ | |
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戦中から戦後にかけて、様々な家族の姿を描いた、家族物語。 主人公の一人は、母親の反対を押し切って岐阜から東京の日本女子体育専門が学校に進み、槍投げ選手としてオリンピックを目指した山岡悌子。 しかし、戦争の気配が忍び寄りオリンピックは中止、また肩も壊して引退した悌子は、国民学校の代用教員となります。 そのため武蔵小金井にある木村家の2階に下宿。 一家の主が徴兵されて不在の木村惣菜店は、快活な朝子と辛辣な姑のケイと2人の子どもという4人家族。そこに加わった悌子はもう家族同然。 そこに朝子と実母である中津川富枝が避難してきて、さらに実兄の権蔵までも家を焼け出されて住まうようになり、まるで大家族といった風です。 戦中~戦後という激動の時代に子どもたちを教え導く悌子には迷いや戸惑い、反発も多々あり。 そしてひょんなことから思わぬ相手と一緒になることになった悌子は、さらに幼い子を養子に引き受けることになります。 子どもたちの為にどれだけ一生懸命になろうとしても、思うに任せぬことは多い。特に戦時下の教師ともなれば。 でも家族って、一人だけで作るものではないのでしょう。 悌子の想い、夫となった男性の想い、そして悌子の息子の想い、お互いに向き合うことによって家族の絆は深まっていくのでしょう。 悌子の家族だけでなく、朝子の家族もそれは同じこと。 そして二つの家族が繋がり合っているところから、客観的な助言も受取り、また与えることができるし、子どもたち同士の繋がりもあります。 現在の核家族と違った、大家族の良さが本作品には満ち溢れています。 そして、自分に正直でいること、いられることの素晴らしさ、幸せを改めて感じます。 時代を超えた、感動尽きない力作長編。お薦めです。 1.焼け野の雉(きぎす)/2.似合い似合いの釜の蓋/3.瓜の蔓に茄子 |
「惣十郎浮世始末」 ★★☆ | |
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木内昇さんが捕り物帳? ちょっと驚くと共に、木内さんが書く捕り物帳であれば、とかなり期待。 そしてその期待は、見事に裏切られませんでした。 他とはちょっと違う、そして充実した読み応えのある捕り物帳になっていました。 主人公は北町奉行所、定町廻り同心の服部惣十郎。 その惣十郎、とことん納得できるまで調べを掘り下げないでは済ませられない性格。 折しも起きた、薬種問屋<興済堂>の火事、現場からは2人の遺体が発見されます。 普通なら火事による焼死と片づけてしまう処、惣十郎のしつこい性格が発揮されると、そこから思わぬ大きな事件へ、そして惣十郎の身内に関わることにまで繋がっていきます。 一気に謎解明のストーリーが進んでいくことはなく、徐々に謎と謎が繋がっていき、それらすべての根っこにある人物がいたことが明らかになっていきます。 その辺り、捕り物帳としてたっぷりの読み応え。 しかし、本作の魅力はそうした処に留まりません。 本作では、登場人物たちそれぞれが持っている、生き方の軸といったものが描かれているように感じられます。 それは、各登場人物、それぞれだけのものですが、それがあるからこそ自分を見失わずしっかり生きていける、という風です。 しかし、中には軸を誤ってしまった者もいます。 惣十郎の周辺にいる登場人物たちの造形がくっきりしていて、生き生きと感じられます。 融通の利かない小者の佐吉に対する惣十郎の評価は興味深いし、元稀代の巾着切りで今は岡っ引きとなっている完治と惣十郎のやりとりは面白い。また、出戻りとなり今は服部家に下女奉公しているお雅の不器用なキャラクターも愛おしい。 また、惣十郎と懇意の医者=口鳥梨春の存在は欠かせません。 ※惣十郎と同僚同心=崎岡伊左衛門の対立にはハラハラ。 捕り物帳としても十分面白いのですが、捕り物帳に収まらない魅力を備えた時代小説。 是非お薦めです。 ※なお、木内さん、続編を構想中とのこと。楽しみです。 1.天の火もがも/2.銀も金も玉も/3.沖つ白波/4.言問わぬ木すら/5.松が枝の土に着くまで |
「雪夢往来」 ★★☆ | |
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1837年(天保8年) 江戸で出版されるやベストセラーになったという「北越雪譜」。 江戸に知られていない雪国の暮らし、風物や綺譚を語ったその書の著者は、越後塩沢の商人である鈴木儀三治(ぎぞうじ)、俳号=牧之(まきし)。 しかし、儀三治が思い立ってから現実に出版されるまで、様々な人物の思惑に翻弄され、40年もの長い年月を要したという。 歴史的事実を淡々と描いた作品、ストーリーと思い、そういう気分で読み進んでいたのですが、途中から本作の面白さに気づき、すっかり虜に。流石は木内昇さん、と言う他ありません。 本作は単に儀三治の苦闘ということだけでなく、3人の戯作者の有り様、そして当時の版元(出版社)たちとの関わり状況を描くという興味津々のストーリーになっています。 時期はちょうど、初代蔦屋重三郎の死後。吉川永青「華の蔦重」を読んだばかりの所為か、それに続く時代模様を読むような気分でした。 儀三治が最初に出版の相談を持ち込んだのは、若い頃江戸に出て時に縁を結んだ沢田東里。その東里がその依頼を受けて儀三治の原稿を持ち込んだ先が、山東京伝という次第。 しかし、版元たちの腰が引けている等々の事情から、原稿は山東京伝、曲亭馬琴、山東京山(京伝の弟、相四郎)と受け継がれ、その間に40年という月日が経ったという次第。 儀三治側の苦渋、鈴木家の変遷を描くと同時に、京伝、馬琴、京山という人気戯作者それぞれのキャラクターをリアルに描き出しているところが面白い。 京伝、馬琴、京山の人となりが、そのまま儀三治との関わり様に反映されているのですから。 とくに読み処は、京山の部分。兄・京伝の背中を追うという宿命を負った京山の人としての、戯作者としての覚悟は、そのまま現代に生きる私たちにも通じるところがあると感じます。 是非、お薦め。 なお、初代蔦屋重三郎が生きていたら、もっと早く刊行されていたのではないかとついつい思わざるを得ず。 第1章~第8章 |