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23.お茶壺道中 24.とむらい屋颯太−とむらい屋颯太No.1− 25.菊花の仇討ち−朝顔同心No.3− 26.三年長屋 27.漣のゆくえ−とむらい屋颯太No.2− 28.本日も晴天なり 29.噂を売る男 30.吾妻おもかげ |
【作家歴】、一朝の夢、いろあわせ、迷子石、柿のへた、夢の花咲く、ふくろう、お伊勢ものがたり、宝の山、立身いたしたく候、ことり屋おけい探鳥双紙 |
桃のひこばえ 、ご破算で願いましては、連鶴、ヨイ豊、葵の月、五弁の秋花、北斎まんだら、花しぐれ、墨の香、父子ゆえ |
広重ぶるう、空を駆ける、我鉄路を拓かん、焼け野の雉、こぼれ桜、江戸の空水面の風、雨露、商い同心−人情そろばん御用帖−、紺碧の海 |
「赤い風」 ★★☆ | |
2021年04月
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水が出ず、粘土地ということもあって草を採取するしかない“秣場(まぐさば)”として放置されていた武蔵野台地。 その一方、川越藩領内、幕府直轄地、その他が複雑に関わる入会地だったため、農民らの間では長く諍いが絶えなかった。 その川越藩の新たな藩主となったのが、五代将軍綱吉の側用人を務める柳沢保明(後の吉保)。 その保明は、川越藩領をはっきりさせたうえで、武蔵野台地での新田開発を家臣・領民に命じる。民に福をもたらすという信念の下に保明は、その土地を「三富新田」と名付けます。 本作は、その新田開発の労苦を描いた長編ストーリィ。 題名の「赤い風」とは、乾いた土を巻き上げて辺りを赤く染め視界を閉ざす、その土地に吹く春と冬の季節風のこと。 面白いかどうか、少々疑い気分で読み始めた本作でしたが、冒頭からその読み応えにぐっと鷲掴みされました。 そもそも時代小説というと、武家もの、市井ものが殆ど。それらに対して本作や帚木蓬生「水神」は、江戸時代におけるインフラ整備の史実を元にした長編。それらはまさに、日本が発展してきた土台にある史実に他ならず、読みながら感激を覚えます。 そしてその中で、武士と農民、支配者階級と非支配者階級、真剣に取り組む者と自分の儲けしか考えない者といった対立構図、共存構図が様々に描かれます。 そこから最後に浮かび上がってくるのは、人間としての覚悟、価値の様、という気がします。 幾つもの困難、幾つもの対立構図、そしてそれを超えたところにある洞察、信念を描き出す力作時代長編。 土地開拓と人間への興味をかき立て、読み応えもたっぷりです。 是非お薦め! ※なお、「三富新田」、今は埼玉県指定旧跡になっているようです。 1.秣場(まぐさば)/2.国替え/3.三富/4.黒鍬/5.付け火/6.富と福 |
22. | |
「はしからはしまで−みとや・お瑛仕入帖−」 ★☆ |
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2021年10月
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シリーズ第3弾。 なんと冒頭、衝撃的な事件から幕を開けます。 えっ、嘘だろ? まさか? そんなことってあり? いくら作者とはいえ、こんなことしていいの?と、ひとこと言わずにはいられないのが、この部分。 とはいえ、もう冒頭で起きてしまったのですから、もう読み手にはもうどうする術もありません。 兄の長太郎に代わり仕入れも担当することになったお瑛。まずは長太郎がこれまでやってきた仕事ぶりを追おうと、長太郎が回っていた先・店を、長太郎の跡をなぞるように辿ることにより、お瑛は長太郎がどんなふうに仕入れを行って来たか、身をもって知ることになります。 本作は、店の売り子に留まらず、仕入れも担当し始めたお瑛の、新たな一歩を描いた巻。 「みとや・お瑛仕入れ帖」というシリーズ名どおりの本格的な物語、いよいよその始まりと受け留めるべきなのでしょう。 したがって、まだまだ本シリーズは続きそうです。 お瑛ファンとしては大いに楽しみです。 なお、題名の「はしからはしまで」は、この店で商う品物は全て三十六文という、お瑛の掛け声。 ※本巻ではお瑛を気遣う所為か、これまで以上に呉服屋の道楽息子の若旦那である寛平が何かとにぎやかです。 また、父親の道之進と惣菜屋“四文屋”店主であるお花が祝言を上げたため、一人暮らしを始めた菅谷直之とお瑛の関係がまた近くなったような印象を受けます。 水晶のひかり/引出しの中身/茄子の木/木馬と牡丹/三すくみ/百夜通い |
「お茶壺道中」 ★★ | |
2021年11月
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“お茶壺道中”とは、将軍に献上する御茶を毎年初夏、宇治から江戸まで運ぶ行列のこと。 題名はお茶壺道中ですが、ストーリィはその道中または行列を描くものではありません。 ひとつは、時代を描く象徴的な行事として。もうひとつは、本書主人公が大好きな行事として、本作品の題材となっています。 主人公は宇治から江戸に出て、日本橋にある葉茶屋<森山園>に奉公している仁吉(後に仁太郎)。 茶を心から愛し、茶を見分ける能力にも秀でており、性格も素直な仁吉は大旦那の太兵衛に気に入られています。その一方、祖父との確執を抱える孫娘のお徳(婿の恭三が現在の店主)からは、何かと敵視されるといった塩梅。 その仁吉が葉茶屋奉公人として成長し、横浜という異国人と商売する土地での経験も重ねていき、やがて幕末という動乱期にあって商人としてどう行動すべきかという視点も備えるに至り、ついには苦境に至った森山園を支える重要な存在になるまでを描いたストーリィ。 登場する様々な人物にも興味尽きませんが、困難時の幕府を神奈川奉行〜老中として支えた阿部正外との交流は魅力的ですし、阿部正外の奥方付き女中であるおきよとのロマンスも楽しい。 仁吉の青春風成長&恋愛ストーリィであると同時に、幕末における世相の一つ、茶産業の姿を描いた作品と言って良いでしょう。 清新なビジネス型時代小説、充分に面白く、お薦めです。 1.葉茶屋奉公/2.湊の葉茶屋/3.変わりゆく茶葉/4.将軍の茶葉 |
「とむらい屋颯太(そうた)」 ★★ | |
2022年07月
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江戸市井もの連作ストーリィ。 そのストーリィを担うのは、颯太たち「とむらい屋」の面々。 店主として弔いの段取りを請け負う颯太、棺桶職人の勝蔵、死者に化粧を施すおちえ、雑用の寛次郎、渡り坊主の道俊。 それに町医者の巧重三郎、南町奉行所同心の韮崎宗十郎が絡みます。 不浄の仕事と見下げられようと、颯太たちの気持ちはいささかも揺るぎません。 弔いとは如何なるものか、颯太たちの弔いに対する思いとは。 弔いとは所詮、死んだ人の人生を集約するようなものだったり、家族との関係を表すようなもの。 そんな生々しい人間ドラマと併せて、とむらい屋の面々がこの仕事に携わるようになった経緯が各篇で語られていきます。 主役の颯太、徹底したリアリストであるところが魅力。 とむらい屋のその他の面々、いずれも味があるのですが、やはり気になるのはまだ16歳という若い娘のおちえのこと。 これからどう、おちえが幸せを掴んでいくのか、大いに気になる処です。 その意味で、是非シリーズ化を期待したいところ。 ・「赤茶のしごき」:大川から水死体で見つかった女。その死の真相を颯太と推理とおちえの炯眼が暴いていくミステリ風篇。 ・「幼なじみ」:道俊が関わった行き倒れ死体、とむらい屋がその人の縁を見つけ出します。 ・「へその緒」:きちんとした桶を作り続ける勝蔵がその胸中に秘める思いは・・・・。 ・「儒者ふたり」:同期2人の儒者が辿った道は対照的。道俊の恩師でもある角松正蔵の送った人生を、何と称えるべきか。 ・「三つの殻」:富裕な親が死ぬ時、遺産争いが生じるのはやむを得ないことなのか。 ・「火屋の華」:颯太は何故とむらい屋になったのか。その事情を明らかにする篇。 1.赤茶のしごき/2.幼なじみ/3.へその緒/4.儒者ふたり/5.三つの殻/6.火屋の華 |
「菊花の仇討ち」 ★★ | |
2022年03月
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「一朝の夢」「夢の花、咲く」に続く、“朝顔同心”シリーズの第3弾。 主人公は、奉行所きっての閑職と言われる北町奉行所<両御組姓名掛>の中根興三郎。長身ながら、探索も剣術もダメ、唯一熱中しているのが朝顔栽培、いつか黄色の変化朝顔を咲かせたいと夢見ている。 そんな興三郎、親しくしている植木職人の成田屋留次郎の娘であるおみねに、何かと相談したいこと、頼みたいことがあると言われては、揉め事に引きずり込まれるという次第。 頼りないとはいえ武家である興三郎に言いたい放題、遠慮ない口を利くおみねの天真爛漫さ、それでいて興三郎をきちんと評価し信頼しているところが、おみねの限りない魅力です。 興三郎とおみねのやりとりがすこぶる面白く、楽しい。本作で一番の魅力ある部分、と言って過言ではありません。 次作が楽しみです。 ・「くだりの小袖」:興三郎が偶然古着屋で見付けた見事な変化朝顔の模様。それは実物を絵にしたものか。 ・「鳴けぬ鶯」:親に売られそうになって逃げだしたおみねの幼馴染。そのお徳を見かけた、探して欲しいと興三郎に。 ・「善の糸車」:算術家を目指している腰越順平や、お徳が世話になっている長屋の住人おそめ。彼女の正体は・・・。 ・「菊花の仇討ち」:菊栽培が好きだという中江惣三郎。その中江と留次郎親方の元で会った帰り、興三郎は5人の侍たちにいきなり斬り掛かられます・・・。 ・「花ぬすびと」:花合わせの場で、貴重な変化朝顔が盗まれたのか・・・犯人は? ・「わりなき日影」:お徳と腰越順平からの依頼。行方不明になっている友人の姉=夏川佐知江を探して欲しい・・・しかも、吉原遊郭でとは。 くだりの小袖/鳴けぬ鶯/善の糸車/菊花の仇討ち/花ぬすびと/わりなき日影 |
「三年長屋」 ★★☆ | |
2023年02月
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下谷、山伏町にある裏店、通称「三年長屋」。 ごく普通の長屋なのですが「この長屋に三年ほど暮らした者は、居職の者なら工房と弟子を抱え、棒手振り稼業なら表店を出し、女子は良縁に恵まれる」というのがその名前の所以。 もしかするとそれは、祠に祀られている河童のおかげなのか。 本作は、そんな愉快な異名を持つ長屋を舞台にした群像劇。 主人公となるのは、この三年長屋の新米差配となった左平次。実はこの左平次、元はさる小藩に仕える武士=古川左衛門。 ところが不正に我慢ならず脱藩、貧困生活の中で妻を流行り病にて喪い、祭りの最中に起きた騒動で一人娘の美津と生き別れるという苦しみを背負う。 絶望していたところを、長屋の家主であるお梅という老女に救われ、名前も町人風に変え、差配を任された、という次第。 この左平次が根っからのお節介者(左平次、お節介者を意味する名前なのだとか)。 長屋の住人からお節介だ、と言われても少しも懲りず、常にあれこれ口を出してしまう。だからこそのドタバタ話ではあるのですが、次第にそんな左平次と住人たちの調子が合っていくところが楽しい。 それだけならちょっと変わった長屋での愉快な人情話に終わってしまうところなのですが、時代劇にはお馴染みの悪役人と悪家主コンビが正体を現し、硬派ぶりを発揮しだした左平次との対決ストーリィへと発展していくのですから、ますます楽しい限り。 長屋の住人たちそれぞれの人生ドラマも勿論楽しみですが、ともかくは主人公である左平次のお節介ぶり、やんちゃな硬派ぶりが愉快。 そのうえ、三年経つと出世というその背景にあるもの、家主であるお梅とその伝達役である捨吉の謎、一致団結しての痛快な左平次たちによるスリリング逆転劇と、面白い要素がまさに盛り沢山。 そして最後は、これ以上嬉しいことはないといった大団円。 時代小説好きの方、それ程でもない方にも、是非お薦め。 1.差し出口/2.代替わり/3.赤子/4.約束/5.両国の夢/6.町入能/7.河童 |
「漣のゆくえ−とむらい屋颯太−」 ★★ | |
2022年08月
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“とむらい屋颯太”シリーズ第2弾。 本作の良さは、人情ものといったくどさがなく、あっさりとした肌合いにあります。 そこは葬儀に関わる商売だけに、お節介や立ち入った物言いは当然にして禁じられるべきこと。それでもせめて・・・といった頃合いが実に良い、梶さんの上手さに唸るばかりです。 また、颯太を中心としたとむらい屋の仲間たち、その顔触れがまたいい。それぞれに味があり、バランスが取れています。 なお、本書の終盤、そのとむらい屋に新しい仲間が増えます。お楽しみに。 ・「泣く女」:材木商の若旦那が急死。昔馴染みのお艶が来ると賑やかな葬式になるといった颯太の言葉通り、葬儀に吉原の常世太夫が現れ・・・。 ・「穢れ」:弔いの依頼に来たおきよ、「お前さんの父親だ」と突然言われて見知らぬ男の亡骸を置いていかれたのだという。 ・「冷たい手」:朝起きると母親が首吊りして死んでいた。一人残されたお吉は、無表情に身体を売って暮らす。 ・「お節介長屋」:一人静かに死にたいと願っていた福助。それなのに長屋連中は福助のことをあれこれ心配して世話を焼く。 長屋らしいユーモアがあって楽しい。ちょっと気分替え。 ・「たぶらかし」:亡骸を引き取ったらそのまま荼毘に付して欲しいという依頼。何故? ・「漣のゆくえ」:刺殺されたらしい若い娘の亡骸。疑問を感じた颯太が推測した死の真相とは。 一方、母親を死なせた侍をついに見つけたとおちえが・・・。 今後の本シリーズ続編がとても楽しみです。 1.泣く女/2.穢れ/3.冷たい手/4.お節介長屋/5.たぶらかし/6.漣のゆくえ |
「本日も晴天なり−鉄砲同心つづじ暦−」 ★★ | |
2024年04月
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時は幕末、場所は江戸の大久保百人町。 この地を代々守ってきた鉄砲同心たちは、泰平の時代、火薬の原料を転用してのつつじ栽培にて生計を補ってきた。 主人公は、鉄砲百人組の伊賀組、礫(つぶて)家の嫡男=丈一郎。既に32歳になりますが、父親の徳右衛門・56歳が未だ家督を丈一郎に譲らず役目を務めていることから、つつじ栽培に全力投球しているという状況。 家族は、祖母の登代乃、徳右衛門と母親の広江、妻のみどりと嫡男の市松という6人家族。 この礫家に起きる家族問題、関わった事件を綴った6篇。 頑固者で短気、つつじ栽培よりお役目重視という父=徳右衛門と対照的に、丈一郎はつつじ栽培が好きで思慮深い性格。 この父子コンビがうまく絡み合って様々な出来事にうまく対処していく、その展開が楽しい。 その礫家の中で異彩を放っているのが、丈一郎の妻みどり。 町医者の娘で勝気な性格。徳右衛門に遠慮なく皮肉、批判の言葉を浴びせるのですから、痛快。 登代乃、広江もそれを容認している風なので、こちらも良き大姑・姑・嫁関係にあるようで、そのやりとりは楽しいばかり。 ・「化けむじな」:徳右衛門のかつての同輩=貫田善七が内に秘めた思いは・・・。 ・「市松哀歌」:市松が塾で仲の良い相手をイジメ? ・「火薬の加薬」:丈一郎と幼馴染の増沢信介に臨時の任務? ・「縁の花」:つつじ販売の現場で思わぬ事件が・・・。 ・「秘してこそ」:広江の実家で元服祝い。しかし、徳右衛門がその席で仲の悪い義兄とまたもや大喧嘩。その行方は・・・。 目立たない存在であった広江の堂々ぶりが圧巻! ・「花弁の露」:徳右衛門に不審な動き。一体何が? 化けむじな/市松哀歌/火薬の加役/縁の花/秘してこそ/花弁の露 |
「噂を売る男−藤岡屋由蔵−」 ★★ | |
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「噂を売る」とは何ぞや? 余り良い感じは受けないなぁとは思ったものの、梶よう子作品であればまずは読むべし。 「噂を売る男」、つまりは江戸版情報屋。 見聞きした事実だけを<覚え帳>に書き留めていく。人によってはそこに書かれていた事柄から、重要な情報を読み出すことがある、由蔵はそれに代金を貰う、という商い。 堂々とできるような商売ではないため、足袋屋の軒下に蓆を敷いて粗悪な古本を売っている、というのが表向きの顔。 地道にコツコツと、それなりに懇意客も掴み軌道に乗りつつある商いでしたのにそれが一変したのは、シーボルト事件に巻き込まれた所為。それも重要容疑者となった幕府天文方の高橋作左衛門が由蔵の処に飛び込んできたため。 その辺りから、ストーリィがやたらきな臭いものになってきて、雰囲気は気持ち良いものではなくなってきます。 高橋作左衛門という実在の人物を中心に、一転二転・・・。 読後感は、余り気持ちの良いものとはいえません。それでも、ここから由蔵が踏ん張って商いを軌道に乗せていくのなら、それはそれで許せる、認められる、というところでしょうか。 結局、地位のある人間はさらに地位を上げようと、身勝手に人を利用し、人を踏みつけて平然としている。 お互いに心を開き、対等に向かい合えるのは、結局地位のない下々の人間だけなのか。そうしたことをまざまざと感じさせられるストーリィ。 なお、由蔵の囲む人物、足袋屋の11歳の娘であるおきち、加賀藩前田家の新米聞番である佐古伊之介、居酒屋の女将であるお里らは気持ち好い人物。もし続編があるのなら、チームとして楽しそうなのですが。 1.軒下の古本屋/2.記憶の底/3.阿蘭陀人江戸参府/4.頭巾の男/5.怒りの矛先/6.学者の妬心 |
「吾妻おもかげ」 ★★☆ | |
2024年11月
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“浮世絵の祖”と評される江戸時代の絵師=菱川師宣の半生を描いた長編。 このところ女性時代作家を中心に、次々と実在した江戸時代の絵師たちを描く小説が刊行されていて、驚くほどです。 同時にそれは、新たに知る楽しみでもあります。 本作の主人公である吉兵衛は、安房国の縫箔師である吉左エ門の長男として生まれますが、江戸に出て絵師を志す。しかし、狩野派からけんもほろろの扱いをされて挫折。 そこから再び絵師への志を新たにしたのは、吉兵衛が気まぐれで小袖に施してやった刺繍を、目を輝かせて喜ぶ吉原の女たちの姿を見てから。 格式を重んじる狩野派に対し、憂き世を浮き世に変えることのできる絵師になろうと心を定めた処から、町絵師の位置を高めた先人たる絵師=菱川師宣の歩みが始まります。 しかし、人は頂点を極めると我執から逃れられなくなるものなのか。吉兵衛もその例外ではなく・・・。 本作について好ましく感じるのは、絵師である前に人間としての吉兵衛が余すことなく描かれていること。 縫箔師である父親への思い、小紫やさくらたち遊女への思い、揚屋「丸川」の女将を継いだおさわとの縁・・・・。 その一方で、自らの子である吉左衛門や作之丞に対しては、頑固で横暴な父親の顔を見せる・・・・それって、極めてありきたりな人間像ではないか。 絵師としての懐の深さと同時に、人間としての愚かさを抱えている、だからこそ菱川師宣という人物の面白さ、魅力が籠められた作品になっていると感じます。お薦め。 1.逢夜盃/2.挿絵絵師/3.迷友/4.絵師菱川師宣/5.邂逅/6.吾妻おもかげ |
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