池永 陽作品のページ


1950年愛知県豊橋市生、岐阜県立岐南工業高等学校卒。グラフィク・デザイナーを経てフリーのコピーライターとして活躍。98年「走るジイサン」にて第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年「雲を斬る」にて第12回中山義秀賞を受賞。


1.
コンビニ・ララバイ

2.アンクルトムズ・ケビンの幽霊

3.珈琲屋の人々

4.青い島の教室

 


 

1.

●「コンビニ・ララバイ」● ★☆

 
コンビニ・ララバイ画像
 
2002年06月
集英社刊

(1600円+税)

2006年06月
集英社文庫化

  
2002/08/03

 
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青梅街道沿いにある、小さな町のコンビニ・ミユキマート
オーナーの堀幹郎は、一人息子、次いで妻を亡くし、商売への熱心さを欠くようになった。そんなコンビニに集まってくるのは、店員・客ともそれぞれ痛みを胸に抱えた人々。
オーナー幹郎の他、結婚に挫折した店員の治子、暴力団員、芽の出ない劇団員、転落を続けるホステス、援交の女子高生、老いた恋人たち。

ミユキマートを舞台に、各篇毎主人公が異なる連作短篇。
アンダスン「ワインズバーグ・オハイオ」
のスタイルですが、むしろ連想するのは、宮本輝「夢見通りの人々」。ただし、「夢見通り」の登場人物が生々しかったのに対し、本作品はちょっと奇麗ごと過ぎる気がします。
ヤル気の無さを常に治子に叱咤されている幹郎が、最後では善人になり過ぎているという感じ。こんな風では治子が言うまでもなく、経営が成り立たないと思われる程で、非現実さを感じてしまうのは、穿った見方でしょうか。
ただ責めるだけでなく、ありのまま許し合おう、というのが本作品の趣旨ではないかと思います。
その意味で本書は、疲れた現在社会ならではの作品。

カンを蹴る/向こう側/パントマイム/パンの記憶/あわせ鏡/オヤジ狩りの夜/ベンチに降りた奇跡

 

2.

●「アンクルトムズ・ケビンの幽霊」● ★☆

 
アンクルトムズ・ケビンの幽霊画像

 
2003年05月
角川書店刊

(1300円+税)

 
2003/05/18

 
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主人公は零細の鋳物工場に勤める中年男性。
工場で不法就労しているタイ人3人を、給与支払いを免れるため入国管理官に密告するよう社長から命じられているが、逡巡し続けている。一方、グラフィックデザイナーとして独立した妻との距離を、ひしひしと感じている。現在の状況を甘んじ、ひたすら萎縮したような生活を送っている中年像と言えます。
そんな彼が親しくするようになったのは、タイからの出稼ぎ青年チャヤン、彼らのアパートに一時的に居候した、在日朝鮮人3世のフウコ
勇気をもって自分の生き方を貫こうとする彼ら2人と主人公の現在の姿は対照的。そしてその違いは、少年時代に彼が親しんだ朝鮮人の少女・崔秀仁(スーイン)の願いを、彼が置き去りにしてきたことに発していることが判ります。

本作品は、そんな主人公が、少年時代に住んでいた鉱山町のアンクルトムズ・ケビンと呼んでいた少女の家を訪ねるという、再生の物語。
そのきっかけとなるのは、フウコの「何もかも放りなげればニンゲンはもっとラクになれる」という言葉。
その言葉を本当に手に入れることができたら、きっと新たな勇気が湧いてきそうです。

  

3.

●「珈琲屋の人々」● ★★

 
珈琲屋の人々画像

 
2009年01月
双葉社刊

(1700円+税)

2012年10月
双葉文庫化

 

2009/03/23

 

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人が一人ずつ吸い寄せられるようにして集まる場所、カフェ、バー。そこには訪れた人の分だけ会話が、ドラマが生まれる。
そんなシチュエーションの連作短篇集、私は好きです。

本作品の舞台はとある商店街にある古ぼけた喫茶店“珈琲屋”。
その店の中に佇んでいるのは、一人で珈琲屋を営んでいるマスターの行介(こうすけ)と、行介の淹れるコーヒーをいつものように飲みに来る幼馴染の冬子島木
この店、この連作短篇集に惹かれるのは、行介と冬子という2人の間に濃くて、深い沈黙、言葉では言い表せない雰囲気があるから。
かつて2人は恋人関係にあった。しかし、行介には人を殺して8年間服役し1年前に出所してきたという過去があり、冬子には見合い結婚したが浮気して2年前に離婚され出戻ったという過去がある。
そんな行介がマスターである珈琲屋にふと惹かれて足を踏み入れるのは、各篇の主人公たちに迷い、暗さをまとった決意があるため。だからこそ、人を殺したことがあるという行介の姿をひと目見てみたいと心誘われます。

本書の味わいは、珈琲に勝るとも劣らないストーリィの苦味にあります。その苦味の中にさえ、考えようによっては僅かな希望を見い出すことができる。
それをいみじくも語っているのが、行介に寄り添うようにして向かい合っている冬子の風情。
本連作短篇集の味わいが珈琲に似た苦味にあるとしたら、行介と冬子という2人の関係は香ばしい珈琲の香りに譬えるのが相応しい。
本書の基調となる雰囲気を生み出している行介と冬子2人の心の在り様に、私は惹かれます。

初恋/シャツのぬくもり/心を忘れた少女/すきま風/九年前のけじめ/手切金/再恋

         

4.

●「青い島の教室」● ★★☆

 
青い島の教室画像

 
2012年07月
潮出版社刊

(1700円+税)

  

2012/08/04

  

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体罰事件を起して離島の中学校に左遷された教師の柏木真介
のどかな離島にはイジメを初めとする様々な問題はないだろうと思っていたら、都会の学校と何ら変わらない現実を眼にします。しかし、事件で懲りた真介は、何につけても事勿れ、頭を下げてやり過ごせばそれでよいという無気力な態度に終始することを決めていた。そこでついたあだ名が“
ぐうたら先生”。
しかし、校長の岩崎はそんな真介に、自分と一緒に学校教育を本来の正常な姿に戻すため闘おうと呼びかけてきます。首を縦にふらない真介ですが、やがてそのままでは済まない事態が、真介のクラスで起きてきます。首謀者は漁業組合の会長も務める島の有力者の娘=
沖村梨果。自分を特別扱いしない真介に反抗、ついには同級生を指示して授業ボイコットという手段に出る。
教室に残ったのはたった3人。イジメの的になっている美少女=
宮部律子、喧嘩屋の東野修司、学級委員長の坂崎進
次第に真介は、律子、東野と気持ちを通わせるようになりますが、動じない真介に腹を立てた梨果はさらに悪どいやり方へとその行動をエスカレートさせていく。
 
教育現場に口を挟んでくる保護者、その保護者を恐れてその意向に従うようになり、生徒をきちんと叱ることもできなくなった教師、そんな教師をバカにしてわがまま放題に振る舞う一部の生徒。
そんな状態を放置していたら生徒の為にならない、教育の崩壊でしかない、この島からまずやり直さなくてはならないという岩崎校長の言葉を背景に、いつしか真介の熱血教師の心を取戻し、岩崎そして保健室担当の若い女性教師=
松久真由子と手を携えて闘うことを決意します。2人の生徒、律子、東野を守るために。
久々に読んだ、熱い学校、教育現場小説。読みながら共感、そして熱い思いを共にするところ大です。どんな問題でも迷う時には原点に戻ることが必要で、教育においては何が生徒のためになるのか、でしょう。本書はそれを思い起こさせてくれる作品です。お薦め。

※モンスターペアレンツを描いた迫真のドキュメント=福田ますみ「でっちあげ」。これはもう本当に驚愕するばかりのものでした。

    


  

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