コルソン・ホワイトヘッド作品のページ


Colson Whitehead  1969年生、ハーバード大学卒後、ヴィレッジ・ヴォイス紙で働く。99年作家デビュー。2016年に刊行した第6長篇「地下鉄道」にてピュリッツァー賞および全米図書賞等7つの文学賞を、19年刊行の第7長篇「ニッケル・ボーイズ」にて再びピュリッツァーおよびアレックス賞・カーカス賞・オーウェル賞を受賞。


1.地下鉄道

2.ニッケル・ボーイズ
 

3.ハーレム・シャッフル 

 


                                   

1.
「地下鉄道」 ★★★         ピュリッツアー賞・全米図書賞等
 
原題:"The Underground Railroad"     訳:谷崎由依


地下鉄道

2016年発表

2017年12月
早川書房

(2300円+税)

2020年10月
ハヤカワepi文庫



2019/12/12



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南北戦争~奴隷制度廃止より30年程前のアメリカが舞台。

主人公の
コーラはジョージア州の農園に所有されている15歳の黒人奴隷少女。母親のメイベルはコーラを残して姿を消しており、今はみなし子状態。
農場経営者である
老ランドルは比較的穏やかな農園経営者だったが、その死後に長男も死去、跡を継いで所有者となったテランスは冷酷非道な人物。
そんな折、新入り奴隷の
シーザーに誘われたコーラは、テランスからの逃亡を決意します。
2人を自由な北部へ運んでくれるのは、支援組織が地下に巡らせ敷設した
“地下鉄道”
2人はまずサウス・カロライナへ向かいますが、悪名高い
奴隷狩り人であるリッジウェイが2人を追い・・・。

本作から衝撃を受ける歴史的事実は、アフリカ大陸から黒人たちを拉致し、奴隷として牛馬のように使役してそれを当然と考える白人たちのおぞましさです。
現代から考えると、よくもまぁそんなことができたもの、非道さという点においてナチスのホロコーストと何ら変わるものではないと感じます。

しかし、本作は同時に、スリリングで興奮尽きない、逃亡という冒険小説になっているところです。
その道具立てが“地下鉄道”。駅、駅長、運転手等々、想像するだけでも、自由に向かっての旅立ちの手段として、こんなにワクワクさせられるものはありません。
逃げる者と追いかける者、何度もコーラは窮地に陥りますが、それでもコーラの冒険が終わることはなく・・・。

逃亡は自由への希求、追跡はそれを許さない我欲、だからこそ奴隷制度の残虐さ、非道さがまざまざと目に浮かびあがります。

人種差別意識に対する徹底した批判であると同時に、スリリングな冒険活劇。まさに傑作です。是非お薦め!

※なお、訳者あとがきによると、本作は
H・A・ジェイコブズ「ある奴隷少女に起こった出来事から着想を得たらしいとの由。
 
※各章の題名は、コーラが足を踏んだ州と、コーラが関わりをもった人物の名前とが交互。短いですが、コーラ以外の人物に関する語りも見逃せません。
※また各章冒頭には、逃亡した奴隷の捕獲を依頼する新聞広告の文面が掲載されていますが、実際にあったものらしい。

アジャリー/ジョージア/リッジウェイ/サウス・カロライナ/スティーブンス/ノース・カロライナ/エセル/テネシー/シーザー/インディアナ/メイベル/北部

                         

2.
「ニッケル・ボーイズ」 ★★      ピュリッツアー賞・オールェル賞等
 
原題:"The Nickel Boys"     訳:藤井 光


ニッケル・ボーイズ

2019年発表

2020年11月
早川書房

(2000円+税)



2021/01/27



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前作地下鉄道は架空の設定を入れ込んだ物語でしたが、本作は一転、1960年代のアメリカを舞台にした、現実的な物語。

主人公は、真面目なアフリカ系黒人少年の
エルウッド
学業はオールAと優秀で品行方正、キング牧師に触発され公民権運動にも熱心な、「立派な少年」です。
大学進学のチェンスを掴んだエルウッドでしたが、運が悪かったという以外の何物でもないアクシデント、無実の罪により
少年院ニッケル校に送られます。
早く出所して大学進学の道に戻りたいと希望を燃やすエルドレッドでしたが、そのニッケル校は信じ難い暴力と不正、虐待がはびこる場所。そこでエルドレッドは・・・・。

本作はフィクションですが、ニッケル校と同様の事実があったそうです。
1900年に創設され2011年に閉鎖された、フロリダ州マリアーナにあった
少年院=アーサー・G・ドジアー男子学校がそれ。
社会復帰のための職業訓練と教育を施すことを謳い文句にしながら、職員による暴行が横行、敷地にある墓地以外の場所から多数の遺骨が発掘され、隠蔽していた実態が明るみにされたのだそうです。

アメリカという社会、民主主義とか成功物語とか素晴らしい面がある一方、力による支配や暴力、差別という前近代的な面を併せ持っているのは、兼ねてから感じていること。
C・イーストウッド監督、アンジェリーナ・ジョリー主演の
チェンジリングでもそれは強烈に感じさせられたことです。

本作から感じるのは、こんなことがあってはならない、二度と繰り返させてはならない、という作者の心からの叫びです。


プロローグ/第1章~第16章/エピローグ

                            

3.
「ハーレム・シャッフル」 ★★☆      
 
原題:"HARLEM Shuffle"     訳:藤井 光


ハーレム・シャッフル

2021年発表

2023年11月
早川書房

(2700円+税)



2023/12/19



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舞台はニューヨークのハーレム。
1959年、1961年、1964年と3つの時期に分けて、ハーレムの姿を描く長篇。

主人公は、中古家具店を営む
レイモンド・カーニー
亡父は犯罪まみれの男だったが、その悪影響を受けることなく、カーニーは常識人でまともな商売をして暮らして行こうと思っている。
ところがカーニーにとって厄介な存在が、
従弟のフレディ
とにかく考えなしに動く男で、毎度、自身の犯罪に絡む行動にカーニーを巻き込んでしまう。
その度にカーニーは、苦境に追い込まれ、妻や娘の安全を懸念するのですが、といってフレディを突き放すこともない。

ハーレムに暮らしている以上、何だかんだと違法なことに絡まずに暮らしていくことはできない、またそれによってカーニーも利益を受けている処もある、というのがカーニーにとっても複雑な処ですし、またハーレムらしい処なのでしょう。

犯罪者一味に追われて窮地に追い込まれることもあれば、犯罪者たちによって救われることもあり、またあっさり折り合って事態が解決してしまったりすることもある。
その辺りが、本作の、スリリングである同時にユーモラスな面白さです。

「トラック 1959年」ではハーレムにおける犯罪模様を描き、
「ドーヴェイ 1961年」では、ハーレムの階級対立とカーニーの復讐劇を描く。
そして
「落ち着けよ、ベイビー 1964年」では、フレディがまたしても起こした事件とニューヨーク社会の裏模様、といったストーリィ。

実直な家具販売人であると同時に、盗品売買にも手を染めている主人公カーニーの多様性と、幾度も窮地に追い込まれながら着実にステップアップしていくカーニーの堅実性があってこそ楽しめる、読み応えあるエンターテインメント。お薦めです。


トラック 1959年/ドーヴェイ 1961年/落ち着けよ、ベイビー 1964年

     


        

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