グレアム・スウィフト作品のページ


Graham Swift  1949年英国ロンドン生、ケンブリッジ、ヨーク両大学卒。英語教師を経て、80年「The sweet Shop Owner」にて作家デビュー。80年文芸誌「グランタ」により、ジュリアン・バーンズ、イアン・マキューアン、サルマン・ラシュディらと共に“イギリス新鋭作家20傑”に選出される。「ウォーターランド」にてガーディアン小説賞、ウィニフレッド・ホルトビー記念賞等、96年「ラストオーダー」にてブッカー賞、「マザリング・サンデー」にて最良の想像的文学作品に与えられるホーソーンデン賞を受賞。


1.ウォーターランド

2.最後の注文

3.マザリング・サンデー

 


   

1.

「ウォーターランド」 ★★
 原題:"Waterland"     訳:真野 泰
    ガーディアン小説賞、ウィニフレッド・ホルトビー記念賞


ウォーターランド

1983年発表

2002年02月
新潮社刊
(2600円+税)



2002/08/18



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読もうかどうしようか、かなり迷った末に読んだ一冊。
予想どおり、冒頭からシンドイ思いをしました。何故こうも英文学はもったいぶった出だしをするのか。かなり分厚いし、なかなか読み進まない。
そこを思い切って飛ばし読みし始めると、この作品の評価される所以が感じられるようになります。
小説本来の魅力、質の良さがそこに感じられるからです。

妻のした嬰児誘拐により失職を余儀なくされた、初老の歴史教師トム・クリックが主人公。彼による教え子への語りかけ、という前提でストーリィは綴られていきます。
それは、歴史授業は不要と唱える校長への、歴史教師としての最後の抵抗のよう。世界史と同時に、自らが生まれ育った水郷フェンズという土地の歴史についてクリックは語り始めます。そして授業は、フェンズの水門番だったクリック一族のことにも及びます。
単なる古話と思いきや、クリック一族が辿ってきた道筋の中に放埓な性交、堕胎、近親相姦、殺人が秘められていたとは!
クリックの語りはいつしか歴史を越え、まるでミステリ、サスペンスの範疇に踏み込むかのようです。
歴史は決して過去の遺物ではなく、自分達自身への存在に繋がるもの。だからこそ歴史を語ることには意味があるのだ、語らずにいられないのだ、と本書は主張しているようです。
本書は、語り、語られることの面白さ、その原点に回帰したような作品です。

   

2.

「最後の注文」 ★☆      ブッカー賞
 原題:"LAST ORDERS"     訳:真野 泰


最後の注文

1996年発表

1997年
中央公論社刊


2005年10月
新潮社刊

(2300円+税)



2005/11/17



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ロンドン下町のパブに4人の男が集まる+ひとつの骨壷。
仲間の一人である肉屋のジャックが死に、ロンドンから東にある海浜行楽地マーゲイトの海に遺灰を撒いてくれという「最後の注文」を果たすため。
しかし、ジャックの未亡人であるエイミーはやって来ない。
ジャックの老友である3人(元保険会社員のレイ、葬儀屋のヴィック、八百屋のレニー)とジャックの義理の息子で中古車販売を営むヴィンスの4人が、ヴィンスの車でマーゲイトの海へと向かいます。
4人がマーゲイトへ向かう地理的移動の一方で、代わる代わる第一人称で彼らの人生が過去に遡って(=時間移動)語られていきます。
4人+ジャック、エイミー、ヴィンスの妻マンディ=計7人。

亡き友人の遺灰を撒きに行くといっても、4人が篤い友情で結ばれていたかというと、そんなことは決してない。
ジャックを含めた5人の間には、相互に怨念もあれば、エイミーとの不倫関係もあります。娘や妻に捨てられたレイもいれば、娘の不幸な結婚を悔やんでいるレニーもいる、といった按配。
平凡な男たちのほろ苦い人生が浮かび上がってくるストーリィです。
平凡な男たちの人生って所詮そんなものかも。それでも、何だかんだといって最後の希望を叶えてくれる仲間たちが少なくともいた。そこに救いがあると感じられます。
大きな事件がある訳でもないのに作品自体は長いのですから、一気呵成に読める作品ではない。そしてまた、ストーリィが格別面白いとか、感動があるという訳でもないのです。
それでも、ストーリィ最後の締めくくりは意外と軽やかです。

       

3.

「マザリング・サンデー ★★☆      ホーソーンデン賞
 原題:"Mothering Sunday"     訳:真野 泰


マザリング・サンデー

2018年03月
新潮社刊

(1700円+税)



2018/04/26



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題名の「マザリング・サンデー」とは、年に一度メイドに許された里帰りの日曜日、母を訪ねる日、という意味だそうです。

主人公の
ジェーン・フェアチャイルド、22歳は孤児院育ち。したがって帰る家のない彼女は、仕えるニヴン氏の許可を得て自転車を借り、一人でピクニックへと出かけます。
というのは口実で、ジェーンはかねてからの恋人である
ポール・シェリンガム、23歳の邸へ向かう。
メイドたちが今日一日不在とあって、ニヴン家もシェリンガム家もそろって外食を楽しむ予定ということで、家族は留守。
誰もいない邸でジェーンはポールと逢瀬を楽しみ、その後ジェーンは裸のまま、アプリィ邸の中をあちこちと歩き回ります。

邸の若主人と、仕える邸が違うとはいえメイドという身分差。
それでも互いに丸裸でいるポールとジェーンの間に、そんな身分差は感じられません。
むしろジェーンにおいては、自分を卑下する気配などは毛ほどもなく、メイドという身分から解き放たれ、一人の若い娘としてこの一瞬の自由を満喫し、楽しんでいる様子が生き生きと感じられます。
そしておそらくは 1924年3月30日のこの一日が、彼女の今後の人生への出発点となったのでしょう。
事実、後に彼女は作家として成功し、70歳、80歳、90歳となってインタビューを受ける様子が語られます。
しかし、彼女のこの一日は思わぬ結末で幕を閉じます。

本書は 僅か170頁で、中編小説といって良いでしょう。
だからこそ、彼女にとって青春、新たな旅立ちとなる一日を描いた作品である、という印象が強く感じられます。
そのジェーンは元々本好き、この日彼女が読もうとしていた作品がコンラッド「青春、その他二篇」となれば、本作が青春小説であると言って誤りはないと思います。

伸びやかで、そのわくわくする気分が素晴らしい。お薦め!

※実際にメイドだった女性が著した自伝、
マーガレット・パウエル「英国メイド マーガレットの回想を思い出しました。こちらも良かったら是非。

   



新潮クレスト・ブックス

    

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