ロマン・ロラン作品のページ


Romain Rolland 1866-1944 フランスの作家。フランス中部ブルゴーニュ地方と都市クラムシー生。パリの高等師範学校で哲学と歴史をまなび、卒業後ローマに留学。のちに母校で芸術史を、パリ大学ソルボンヌ校で音楽史をおしえた。民衆演劇運動をおこし、ドレフュス事件に想をえた「狼」(1898)、「714日」(1902)などの革命劇で文壇にデビュー。代表作「ジャン・クリストフ」により、1915年度ノーベル文学賞を受賞。1914年第一次世界大戦勃発によりスイスに移住し、反戦平和を強くうったえた。39年フランスに帰国、理想主義的人道主義者の姿勢をつらぬきとおして、4478歳で死去。


1.ジャン・クリストフ

2.魅せられたる魂

3.ピエールとリュース

4.愛と死との戯れ

 


   

1.

●「ジャン・クリストフ」●  ★★★   1915年度ノーベル文学賞受賞
 原題:“JEAN-CHRISTOPHE
 

 
1904〜12年

1969年10月
新潮文庫刊
全4巻
 
新潮社版
世界文学全集
2巻

1986年6月
岩波文庫
全4巻

   

1976/09/05

天才的作曲家ジャン・クリストフの、社会に抗して真実を貫くとする闘いの生涯を、芸術上の苦悩や友情、恋愛などを絡めて描いたヒューマニズム溢れる大河小説。
主人公ジャン・クリストフは、
ベートーベンをモデルにしたと言われています。

クリストフは、ライン河畔の小さな町に、飲んだくれの音楽家を父として生まれますが、天才的なひらめきを幼少の頃から示す。しかし、彼は社会に妥協することなく、自分の音楽を貫こうとする為、社会と真っ向から対立し、苦難の道を歩む事になります。
ドイツで一時心の繋がりを感じたのは、貧しいフランス人教師
アントワネット・ジャナン。やがてパリに出たクリストフは、アントワネットの弟オリヴィエと出会い、生涯の朋友として結ばれます。

本作品は、一音楽家の生涯を描いた小説というより、ロマン・ロマン自身の社会への挑戦である、と感じます。
クリストフがドイツにいた頃は、ドイツの堅苦しい社会を批判し、クリストフがパリに出てきてからは、上流社会の怠惰な生活に批判を加えている。小説の筋を途中で忘れてしまったかのように際限もなくこの批判は繰り返される。そして、クリストフもすべてに対して反抗を続ける。しかし、それは芸術家として新しいものを創造していくうえで、当然に必要な闘いなのかもしれない。アントワネット、オリヴィェの弱々しい生き方と比較すると、クリストフの生き方の、力強さ、逞しさ、生命力の輝きがいっそうはっきりと浮かび上がってくる。

クリストフの激しい生命力と率直さは、周囲の人々に影響を与えずにはいない。彼の生み出す音楽よりも、彼自身の存在によって彼は人々に生をもたらす。
クリストフこそは、腐敗したドイツ、フランス社会を貫く新たな力強い流れの象徴である、と言って良いでしょう。彼の大きく成長していく魂が、ドイツからフランスへ、そして過去から現在へと、大きな流れとして人々を引っ張っていこうとするのを感じます。
 

 

1978/04/30

ジャン・クリストフの生涯は、闘争の一生である。
クリストフは常に戦いの中に自ら飛び込み、そして孤独に苦悩し、闘争する。
全編を流れる大きな力は、抵抗の、戦いの力である。それは、ロランのもうひとつの代表作
魅せられたる魂アンネット・リヴィエールの母性的な広い愛情と異なり、男性的で、孤独性の強いものである。
 
クリストフの子供時代の部分には、何かぎくしゃくしたものを感じる。作者があまりにストーリィを描こうとし過ぎたからのように思える。本作品で最も力強いのは、パリ時代のクリストフである。もはや何にも束縛されないクリストフの強い精神と、自分の目的に向かって一途に突き進む彼の姿に魅せられる。
その過程で、クリストフはその強い精神力によって、他人にも感化を及ぼしている。最後の日々に孤独な生涯を送った筈のクリストフが、実は自分は孤独ではなかった、幾つかの魂と共に闘い歩んできたと悟るように、彼は意識しないうちに大きな流れを起こし、幾つかの魂を流れに乗せて運んでいたのである。クリストフ同様に孤独な戦いを強いられ、若く死んでいった
アントワネットが、クリストフの魂にすがる思いを抱いていた部分には、涙せずにいられない。アントワネットの内には、後に大きな流れをなすに至るアンネット・リヴィエールの源泉を見ることができるのである。
 
後半、ドイツとフランスという2国の愛国心が警鐘されているようなところがある。クリストフは、ドイツ民族の素朴さと力強さをもって姿を現した。一方、
オリヴィエ・ジャナンは、独り立ちできない弱さがありながら、フランス民族の聡明さと自由な精神をもっている。この2人の結合は、ロマン・ロランの理想ではなかったかと思うのである。後に、作者は、クリストフにイタリアの明るさと、大地に根付く力強さを与えている。これらのことから考えると、ロランは民族を超えた新しい時代の精神であり、その文学的表現が「ジャン・クリストフ」だったような気がするのである。
 
クリストフは、本作品の中で幾つかの稀な魂に出会っている。
ゴットフリート伯父、女優コリンヌ、シュッツ老人、オリヴィエ、女優フランソワーズ、人妻アンナ
これらの人々が内部にもつ善と誠実さを、クリストフは残らず吸収し、力強く明るい精神を周囲に発散し、人々を新たな明るい時代へと先導するのである。
オリヴィエの息子
ジョルジュ、グラチアの娘オーロラの生活には、一切の苦しみも悲しみもない。クリストフは、「生まれ出ようとしている日」を自らの肩に担い、苦難の河を渡るのである。
その為、クリストフは一生を闘いに送り、孤独であり続けなくてはならなかったのである。
 

1980/04/13

大きな流れ、ドイツの片田舎、周囲の無理解、旧弊な社会の中で窒息し、苦悩し、反抗を試みる魂。孤独な闘い、絶望的な戦い故の苦しみ。
そしてパリ。であった
オリヴィエの静的な均衡のとれた魂。2つの新たな魂は、お互いに補完し合い、徐々に周囲の人々に共に戦う輪を広げていく。
オリヴィエの死、再び死の淵まで覗き込む苦悩に充ちた魂、
アンナとの狂おしい情熱。そして、そこから解脱したクリストフの魂は、落ち着いた、自我を捨てた、悠々とした魂の源泉である。
彼は、苦しみ、孤独な闘いから共に闘う仲間を得る。そして、ひとつの仕事、新たな世界を築く礎としての役目を終える時、彼は
「生まれ出ようとしている日」を背負って、河を渡るのである。
 
本作品は、偉大な魂、人間としての尊厳を追求する魂の、闘いの物語である。作者の巨大なニューマニズムは、次第に力を増し、最後には大河となって、読み手の心を圧倒するのである。その渾身の迫力、巨大さ、熱情は、他に比べる作品がない。

  

2.

●「魅せられたる魂」●  ★★☆
 原題:“L'AME ENCHANTEE

 

1922〜33

新潮社版
世界文学全集
2巻

1989年11月
岩波文庫
全5巻

 

1980/06/15
1989/03/08

主人公アンネット・リヴェエールの成長を描いた長編小説。ジャン・クリストフの女性版とも言える、同じくヒューマニズムに溢れた大河小説である。

本作品は「ジャン・クリストフ」より充実しているし、芸術度においても優っているように感じる。
主人公が女性であるだけに、女性的な柔らかさがあるのも特徴。アンネットが、人生において多くの経験を積み重ね、その中から新たに生まれ出づる人間として人生、困難に立ち向かっていくというストーリィの大筋は、
「ジャン・クリストフ」と同様です。

アンネットは、自分というもの、その本質たる魂の自由を求めて、ロジェとの婚約を破棄する。
その時点で彼女のそうした考えは理屈に過ぎないものであるが、実家の破産によって働く必要に迫られたアンネットは、自分を生かす為に自分のエネルギーを周囲に発散させていくことになる。
苦悩、失望、圧迫。
その後、アンネットは
フィリップ・ヴィヤールとの情事に至る。そして、彼女はそこから抜け出し、自分の欲望・自我を捨て去ることにより、より高い段階へ登っていくのである。ジェルマンフランツの出会いに尽力し、フランツとの愛を自分に問いながら、彼女はパリに戻る。

自分自身への強い欲求、魂への欲求から、彼女は反抗を企て、苦しい生活の中で、自分の内部に強い力を生じせしめていく。彼女の孤独な闘いにおいて、異母妹シルヴィの存在が欠かせない。
中盤、アンネットの苦悩する魂の闘いは、アンネットを理解した、息子
マルクに継承される。
より強く、より現実面で、政治的に揺れ動く当時のフランス社会の中で、マルクは純粋な思想を求めて苦闘する。アンネットが
“思想と行動”の女性であるのに対し、マルクは“思想”の男性であり、マルクが結婚したロシア亡命貴族の娘アーシャは、“行動”の女性である。

アンネットは、人間の生における魂の崇高さを求めている。
マルクもそれを受け継いでいるが、彼の魂は社会全体の人間救済に向かい、現実社会の中で苦闘を続ける純粋な魂である。
思想的に純粋であり過ぎる故、マルクはアンネットのような生活力をもたない。アンネットが生活を乗り越えて進むのに対して、彼は生活に押し流されてしまうのである。
しかし、マルクの死後、その魂はアンネットの中で復活するのである。アンネットは、自分らの魂の
リヴィエール(川)が、多くの魂の中を流れるに至ったことを見出すのである。

アンネットという女性は、最後にはその具体的存在の影を薄くし、大きな魂のリヴィエールでしかなくなる。この大河小説を脈々と流れる大きな果てがそこに現れる。最初は小さな流れにすぎなかったものが、今は大きな流れとなって目の前を過ぎていくのである。シルヴィもまたひとつの流れである。しかし、それは最後までアンネットの流れと合することはなかったけれど、常にその傍らを流れていたのである。
この大きな魂の流れに、圧倒されずにはいられない。

本作品は「ジャン・クリストフ」に比して女性的である。自分の子供たちに乳をやり、育てあげる。女性独自の魂の働きである。「ジャン・クリストフ」には、このような要素はみられない。しかし、クリストフにはアンネットにない、激しく、強い力がある。すべての障害を打ち壊し、自分を強引に推し進める力がある。クリストフの魂は子供を産むことはないが、芸術を、音楽を生み出す。それは、男性、女性の本能的な違いだろう。

 

3.

●「ピエールとリュース」●  ★★

 

角川文庫刊

 
1977/02/27

ジャン・クリストフ」「魅せられたる魂に比較すると、ごくささやかな一篇であるが、そこに謳われている愛の美しさ、戦争の醜悪さは、胸をうつものがある。
ピエールリュースという、汚れを知らぬ和解2人の清い愛は、戦争を他所に結ばれ、そして引き裂かれる。
恋愛小説としてよりも、反戦小説として、より多く私の胸を打った。

 

4.

●「愛と死との戯れ」●   ★★
 原題:“LE JEU DE L'AMOUR ET DE LA MORT

 

1927年10月
岩波文庫刊

 

1977/02/27

フランス革命当時の社会を背景とした戯曲作品である。
どうも、ロマン・ロランには、革命とか戦争における人間の尊厳、愛の尊さをテーマにしたものが多いようだ。
「戯れ」の原語の意味は、「賭け」のことだという。すなわち、愛が勝つか、死が勝つか、ということである。
これは、女主人公ソフィーの愛人であるヴァレーの選択であろうが、ソフィーにおいて、愛をとってヴァレーと共に逃げるか、人間の尊厳に従って夫と共に残るか、の選択を意味しているようにも思える。
この戯曲では、反戦というよりも、愛か魂か、といった課題が投げかけられている。ソフィーの選択には、
魅せられたる魂アンネットの、フィリップ・ヴィヤールとの恋愛における選択を見ることができる。

   


   

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