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Maggie O'Farrell 1972年北アイルランド生、ケンブリッジ大学卒。2000年「アリスの眠り」にて作家デビューしベティ・トラスク賞を受賞。05年「The Distance Between Us」にてサマセット・モーム賞、10年「The Hand That First Held Mine」にてコスタ賞を受賞。また、「ハムネット」にて英女性小説賞、全米批評家協会賞、ドーキー文学賞を受賞、映像化も決定済。 |
1.ハムネット 2.ルクレツィアの肖像 |
「ハムネット」 ★★☆ 原題:"Hamnet" 訳:小竹由美子 |
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2021年11月
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ウィリアム・シェイクスピアの8歳年上の妻=アグネスという女性を力強く描いて、イギリス中で喝采を受けた長編小説。 ※一般的には「アン・ハサウェイ」(有名女優と同じ名前)として知られていますが、実父の遺言状に「アグネス」と記されていたため、アグネスが本名ではないかと本作ではこちらの名前が使われています。 アグネス、一般的に評判があまり良くないのは、8歳も年上であること(結婚時26歳と18歳)と、ストラトフォードとロンドンとの別居、シェイクスピアの遺言状に「2番目にいいベッドと家具」を贈るとしか書かれていなかったことが大きい。 しかし、有名作家になるとどうも神格化されてしまい、普通の女性であっても悪く言われる傾向があるように思っています(夏目漱石の鏡子夫人もそうですし)。 もともと有名なシェイクスピア自身のことでさえ余り分かっていないのに、その妻となればなおのこと。 そうした女性アグネスを、作者は自由自在に描いています。鷹匠でもあり、薬草にも詳しく、有能でありかつ愛情深かった女性として。まぁ、そんな女性像であれば英国女性たちが拍手喝采したというのも当然のことのように思います。 ストーリィは二部構成。 第一部では、ペストに感染?した双子の妹ジュディスを何とか助けようと奮闘する兄ハムネットの姿、ラテン語家庭教師をしている青年(※シェイクスピアの名前は登場しません)と恋に落ちての妊娠〜結婚という経緯、長女スザンナ、双子を出産する様子などが、並行して語られます。 第二部は、息子ハムネットの死の痛みから未だ立ち直れないアグネスの姿と、ロンドンで成功した夫の様子が語られます。 そして4年後、「ハムレット」という戯曲を書いた夫の真意はどこにあるのか・・・が圧巻の場面。 シェイクスピアの妻というより、当時の一般女性たちが、家業を助け、そして夫や子供たちを支えていた力強い姿を描き出す、そこに本作の価値があるように思います。 フィクションですが、実在の女性であったということに、リアルさが感じ取れます。お薦め。 ※18年前に熊井明子「シェイクスピアの妻」を読みましたが、内容については殆ど覚えておらず。でも、本作同様、作家の妻を好意的に描いていたように思います。 |
「ルクレツィアの肖像」 ★★☆ 原題:"The Marriage Portrait" 訳:小竹由美子 |
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2023年06月
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1560年、メディチ家、コジモ一世の三女であるルクレツィアは15歳でフェラーラ公アルフォンソ二世に嫁ぎますが、一年も経たないうちに死する。 公式に発表された死因は発疹チフスとされるが、夫に殺されたという噂があったという。 本ストーリィは、その実在の女性=ルクレツィア・ディ・コジモ・デ・メディチの死を巡るフィクション。 冒頭は、1561年、元要塞だった建物にルクレツィアは、夫であるアルフォンソに連れてこられます。 その夕食の席、ルクレツィアは夫が自分を殺そうとしていることを確信しており、胸の中で「上手におやりなさいね」と呟く。 その冒頭シーンがまず衝撃的です。 ストーリィは、事件当夜と、この日に至るまでのルクレツィアの成長過程、軌跡、そして人物像が並行して描かれるといった二重構成。 コジモとエレオノーラ、両親の仲睦まじい夫婦ぶりと対照的に、アルフォンソはルクレツィアに愛していると優しい言葉を口にしながら、絶対服従を強要し反論、口をはさむことすら一切許さじという風で、そこからしてアルフォンソの異常さが浮かび上がります。 洞察力、理解力に加えて、自立心および闘争心を内に秘める一方で、15歳とまだ幼く、小間使いのエミリア以外に味方を持たぬルクレツィアの心は夫を信じたらよいのかどうか、千々に乱れるばかり。 しかし、何故アルフォンソは結婚して1年も経たぬ内に若妻を殺そうとするのでしょうか。その点が究極のミステリ。 そして、結婚してから冒頭の夜に至るまでの日々は、時間を重ねていくに連れ緊迫感は否応なしに高まっていくとあって、これもまた究極の心理サスペンスと言って過言ではありません。 最後は予想外の結末が待っていますが、それ以前、事件現場の恐ろしさの方こそ圧巻。 お薦めです。 |