ジークフリート・レンツ作品のページ


Siegfried Lenz 1926年東プロイセンのリュック(現在はポーランド領)生。第二次世界大戦中海軍に召集されるが、戦争末期に脱走。捕虜生活を経てハンブルクに定住、ハンブルク大学で哲学や英文学を学ぶ。ジャーナリストとして働いた後、1951年「空には青鷹がいた」にて作家デビュー、68年「国語の時間」にて成功を収める。ドイツ書籍平和賞、フランクフルト市のゲーテ賞等、数々の賞を受賞。

 
1.
遺失物管理所

2.黙祷の時間

 


   

1.

●「遺失物管理所」● ★★
 
原題:"Fundburo"      訳:松永美穂

 

 
2003年発表

2005年01月
新潮社刊

(1800円+税)

 

2005/02/18

 

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ドイツ連邦鉄道の、ハンブルクらしい駅にある遺失物管理所。そこが主人公ヘンリー・ネフの新しい職場。
名前を聞いただけで誰でも、昇進路線から外れたような人員が配属される職場と判るでしょう。そこに24歳のヘンリーは、実に浮き浮きと転勤してくるのです。
同僚は温厚な上司のハネス・ハルムス、味のあるベテラン職員アルベルト・ブスマン、そして魅力的な既婚女性パウラ・ブロームと、なかなか家庭的な雰囲気の職場。
この遺失物管理所には様々な人が訪れてきます。商売道具のナイフが入った鞄を置き忘れた芸人、婚約指輪を無くしてしまった若い女性、等々。
ここには様々な遺失物から始まる様々なドラマがある筈・・・と思いきや、実はそうでもありません。そこは当てが外れた部分。その一方、本書は明るく楽しげな雰囲気に満ちています。

楽しげな雰囲気は、主人公ヘンリーの子供っぽい、かなりおちゃらけた性格からもたらせるところが大きい。人妻であるパウラにつきまとったり、仕事を逸脱したような行動をとったりと、いい加減にしたら、と言いたくなる程。
でも、このヘンリー、そうした表面の裏にかなりはっきりした信条を持っているようです。騙されてはいけません。
遺失物管理所の仕事なんて、普通に考えれば面白くもない仕事でしょう。でも、考えようによっては、様々なドラマへの扉を開ける面白い仕事なのかもしれない。要は考え方次第なのです。
それを表すかのように、ヘンリーの肯定的な姿勢は暴走族への住民の行動を生む。それに対して、ヘンリーが友人となったバシュキュール人の数学者フェドール・ラグーティンは、生真面目過ぎる性格故にかえって傷ついてしまいます。

ドラマティックなストーリィ展開こそありませんが、すこぶる居心地の好い小説。
ヘンリーの明るく肯定的な姿勢を、我々は高く評価すべきなのかもしれません。

 

2.

●「黙祷の時間」● ★★☆
 
原題:"Schweigeminute"      訳:松永美穂

 

 
2008年発表

2010年10月
新潮社刊

(1600円+税)

 

2010/09/26

 

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冒頭、事故で亡くなった女性教師シュテラ・ベーターゼンを同僚教師や教え子の生徒たちが追悼する、ギムナジウムでの式の場面から本ストーリィは始まります。
そしてすぐにストーリィは、彼女を一人の女性として愛するに至った生徒=クリスティアンの回想に移ります。

高等学校の生徒が年上の女性を愛するというストーリィは、古典的名作・思春期小説の定番と言っても良いでしょう。本書は、そうした名作の味わいを懐かしく感じさせてくれる一冊です。

彼女は若くて美しい英語の教師。そして主人公は、海辺の町で育ち、海底の石を集める父親の仕事を時々手伝っている少年。
たった一夏の恋物語であり、一晩の思い出が2人を深く結び付けています。
しかし、現代小説に多く登場する、否応ない狂おしいような性愛小説には決してならず、シュテラにしろクリスティアンにしろ、かなり抑制的な愛と言えます。
生徒たちに人気のある教師であると同時に、年老いた父親を優しく介護する愛すべき娘であるというシュテラの姿もまた、クリスティアンの熱情を抑制することに一役買っています。

シュテラの姿には気品すら感じられ、「シュテラ」と何度も呼びかけるクリスティアンの姿には豊かな抒情が感じられます。
また、父親や校長ら大人たちの、クリスティアンを見守る視線の鷹揚さ、温かさも印象的。
思春期小説の、清新な一作。お薦めです。

           



新潮クレスト・ブックス

    

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