ジョゼフ・フィンダー作品のページ


Joseph Finder  1958年米国シカゴ生。少年時代をアフガニスタン、フィリピン等で過す。エール大学卒業後ハーヴァード大学ロシア研究センターに進み、その後同大で教鞭をとる。83年ソ連指導者と米国財界人との癒着を暴露したノンフィクション「RED CARPET」で脚光を浴び、以後著名紙誌で数々の評論を発表。91年刊行の処女長篇「モスコゥ・クラブ」は、ソ連崩壊を予言したものとして話題となる。

 
1.
バーニング・ツリー

2.侵入社員

 


   

1.

●「バーニング・ツリー」● 
 
原題:"HIGH CRIMES"     訳:石田善彦

  

 
1998年発表

2000年10月
新潮文庫刊

(857円+税)

 

2006/02/08

侵入社員が面白かったので他の作品も読んでみようということで手に取った本。元々法廷ものは好きという理由もあります
ただし、法廷ものと言っても本作品の舞台は軍事法廷ですから、その意味では異色。

主人公は、ハーヴァード・ロウ・スクールの教授クレア。家族は一人娘のアニーと、現在の夫トム・チャップマン
そのトムが突然逮捕されかかります。何とトム・チャップマンというのは偽名で本名はロナルド・キュービックで、元特殊部隊の優秀な兵士。エルサルバドルでの特別任務遂行中に村民87人を大量虐殺した罪に問われ脱走、指名手配されていた人物だという。
夫が自分の思っていた人物とは全く異なる顔を持っていた、というのは大きなショック事でしょう。
無罪と主張する夫の主張、ひいては夫という人間を今までどおり信じることができるのかどうか。その葛藤を抱えつつ、クレアは夫の弁護に立ちます。それも、彼女が今まで経験したことのない軍事法廷という場での弁護。
軍事法廷という閉鎖性から、異色の舞台への興味は惹かれても一般的な法廷もののようなスリルやハプニングはあまり期待できません。すべてが圧倒的に検察側有利に進む展開。
言い換えると、重圧感はあっても、法廷もの特有の対抗戦ゲームのような興奮はあまり感じられない。ちょうど日曜日に当の映画化作品がTVロードショーで放映されたようです。私は見なかったのですけれど、映画になった方がむしろ楽しめる作品かもしれません。
最後のドンデン返しは、ドンデン返しのためのドンデン返しという感じで、私としては好きではない。かえって読後の満足感が損なわれたという思いが残ります。

   

2.

●「侵入社員」● ★★
 
原題:"PARANOIA"     訳:石田善彦

  

 
2004年発表

2005年12月
新潮文庫刊
上下
(各667円+税)

 

2006/01/19

同僚の定年退職パーティを豪華にするため不正な経費支出を操作したアダム・キャシディ。発覚することはないと高を括っていたが、会社はきちんとその事実を把握していた。
横領罪等で刑務所に長い年数収容されるか、ライヴァル会社に企業スパイとして入り込むか、二者選択を迫られたアダムが選択したのは、当然後者。その結果としてアダムは短期間の集中特訓を受け、ワイアット社のエリート社員に仕立て上げられたうえで見事にトライオン社への転職に成功します。
いかにもアメリカ的なストーリィ。ヘッドハンティング、企業スパイ、等々。

本書の面白味は、まず主人公アダムがワイコム社でダメ社員の烙印を押されていた人物であり、その彼がトライオン社に転職して優秀なエリート社員ぶりを発揮するという展開にあります。
誠に皮肉とも奇跡とも言いたいような事態。そもそもトライオン社でエリート社員として活躍できるくらいなら、ワイアット社で頑張れば良かったのですから。
しかし、エリート社員の転職というのは何とまぁ厳しいものでしょうか。同僚からライヴァル視されたあげく、足を引っ張られるのですから。それにも関わらず予想外の昇進を果たしてしまうのですから、笑ってしまう。その笑いがあるからこそこの作品は楽しい、というのが上巻。
下巻になるとスパイ活動はますます深まっていくのですが、スリリングさに加え、もうひとつの面白さが加わってきます。それは心理的な葛藤。ワイアット社側の悪辣さが際立ってくるのに対して、トライオン社CEOのゴダードへの親近感、尊敬の念が高まってくるのです。
それ故に板ばさみとなったアダムの葛藤は、そのまま読み手に伝わってきて共感を覚えます。不安、ストレス、葛藤。それをアダムと共有することによって、いつのまにかアダムと同化してしまう、そこが本作品の魅力。

最後の結末は予想外であり、あっさりしたものであると同時に、僅かに予感したものでもあります。
そして最後をどう締めくくるかは、アダムに同化した読み手自身次第。こんな終わり方も「あり」でしょう。お薦めです。

 


   

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