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カナダの温泉事情12 北米の温泉事情の変化 2007年4月



マイク佐藤さんからのカナダの温泉事情第12信は、カナダやアメリカの温泉を巡る制約についてです。(本文の小見出しはクマオがつけています。)



在住日本人の不満

十数年も温泉の開発に関わっていると、カナダの温泉事情に関して質問が寄せられたり講演を頼まれることもあります。海外に在住している日本人は押並べて温泉に対する思い入れが強いのが特徴です。日本に帰ったら必ず温泉に入りたいと言う要望をほとんどの人が持っています。中には日本帰ったら絶対行くぞと気負いこんでいる方もいます。

何だかんだと言ってもやっぱり日本人は温泉です。それだけにカナダにいる日本人は、日本の温泉の風情とは異なるカナダの温泉風景にかなり不満を持っています。退職された方の中には日本の企業の第一線で活躍されたいた方が多いので、自分の温泉論を披露されます。その中で多いのがハリソン・ホットスプリングスに、どうして日本のような露天風呂を造らないのかということです。

これはアメリカでも同じで、私ならここに日本のような露天風呂を造ると言う提言です。そしてそこに露天風呂を造らないのは、カナダ人やアメリカ人の怠慢か、文化の違いと思っているようです。気持ちは分かるのですが、根底にはその国の公衆衛生に対する基本認識の差がありますのでそんな単純な問題ではないのです。

二十年ほど前までは実は私もその人達と同じで、この豊富な温泉資源を有効に活用しないカナダの温泉事情に不満を持っていました。そして最初の温泉開発を申請してから、本当のカナダの温泉事情が理解できるようになったのです。どんなに数多くの温泉に入湯しても、これは自己資金で手痛い体験しなければ分からないと思います。


法律の壁

1980年台の後半のバブル最盛期に日本の中堅商社がハリソン・ホットスプリングを買収しました。そこの支店長が、バンクーバーの日系企業家団体の会合に講師と出席しました。会員は皆さん地元で起業した人達ですから、熱心に質問します。一番多いのが温泉プールと水着着用に対する不満です。

そこで日本から赴任した支店長が、来年にはハリソン・ホットスプリングスに日本風の露天風呂を建設して、皆様を招待しますと宣言したそうです。その聴衆の中には総領事もいましたし、その時の日本の商社の資金力からして支店長は造作も無い事と思ったのでしょう。

ところが二年経っても音沙汰がありませんし、日本風の露天風呂ができた形跡もありません。日本風の露天風呂が出来た形跡もありません。その話を日本の大手旅行社の支店長から聞いた私は、ハリソン・ホットスプリングスに宿泊した際にこの件を尋ねてみました。支店長は居なかったのですが、彼の部下がBC州では法律の関係で、日本のような温泉施設は建設できないと言うのです。実は私も温泉開発に着手したばかりなので、その頃はそんな法律が在る事すら分かりませんでした。

これはアメリカでも同じで、ギルロイ温泉(Gilroy Hot Springs)の清藤さんも、戦前からある温泉リゾートで、昔から温泉があるのですから、14年も交渉して源泉掛流しの許可が降りないなど、夢想だにしなかった思います。カりフォルニア州の保健法すら理解してなかったと思われます。

ポートランドの吉田さんも日本の感覚でボーリングで温泉さえ発見できれば、源泉掛流しの温泉施設ができると思っていたはずです。何故なら彼の保有地の川を挟んだ反対側にカーソン温泉(Carson Hot Springs Resort)が昔から営業しているからです。それを規制する法律があり、この10年間、州政府の許可が下りずに苦労するなど、予想できなかったと思います。

 


ギルロイ温泉(Gilroy Hot Springs) の歴史的な案内板。戦前は日系大和温泉と呼ばれていた
   



温泉ファンの抗議

これはカナダの温泉ファンも同じで、そんな法律が存在する事すら、1995年にミーガー温泉で大腸菌が検出されて厚生省の温泉閉鎖命令がでるまで、役所の関係者しか知りませんでした。このとき閉鎖命令に激怒した温泉友の会や温泉フアンから林産省に500通以上の抗議文がファックスや手紙で届けられました。

その抗議文を林産省の担当者から借りてホテルに一日こもって読みましたが、温泉ファンの中には大学教授などの有識者がいるにもかかわらず、温泉開発に関して有意義な提言はありませんでした。すでに厚生省がミーガー温泉の水質の悪化は看過できないし、ヒノキ風呂は人工建造物でプール法を適用すると言っているのですから、それに対する具体的な対案を提示しなければなりません。

大半の抗議文は自然に対する挑戦だとか、温泉文化を壊すとか、果ては警察や林産省の怠慢だと書いてあります。中には奥さんと温泉で出会ったので、精神的な癒しの場所だと言うのが何通もありました。それから今までミーガー温泉で、健康被害が起きたことがあるか、証拠をだせと、厚生省を非難するのもありました。

ほとんどの温泉ファンが自然湧出の温泉に、プール法を適用するのは適切ではないと感じていたのです。それは同感でしたが厚生省が対案を要求しているので、水質保全や温泉運営の具体案を提示しなければ単なる愚痴になってしまいます。中に一通、ある環境保護団体の幹部の、温泉を乗っ取ろうとする日本の資本主義の陰謀だと言うのもありました。この環境保護団体は伐採反対運動で、林産省と対峙していたので、BC州で温泉開発を申請している唯一の会社の記事を読んで口実にしたようです。これは日本の“水質汚濁防止法は北米の法律のコピーだ”などと同じ発想のこじ付けです。


法律にも変化のきざし

温泉開発に関係する法律は、北米では各州で呼び方は異なりますが、ほとんど98%は同じ内容です。その法律を簡略すると水レクリエーション法(Water Recreation Facilities (“WRF” - which includes pools and spas)Code)となります。そしてこの法律も時代の要請で少しずつ改正されるようになりました。

BC州では2003年に一部の手直しが行われています。ミーガー温泉が適用除外になったので、ハルシオン温泉(Halcyon Hot Springs)、アインスワース温泉( Ainsworth Hot Springs)、ナカスプ温泉( Nakusp Hot Springs) の3
温泉が、プールサイドの監視台の設置不要の適用除外を認められました。プールサイドに監視員を常駐させると経費も掛かるし、温泉プールのサイズがバンフ、ラジウム、フェアモントと比較して小規模である事が理由です。監視台は温泉プールでも露天風呂気分をだいなしにするので適切な配慮だと思います。

そして温泉のような小規模プールの循環タイムが30分から1時間に変更されました。すでにミーガー温泉で一時間の換水を認めたのですから、このそれに順じた改正です。これは源泉掛け流しを認めた訳ではありません。しかし循環湯で1時間がOKならば、源泉掛け流しはそれよりも清潔ですから、認可される可能性が高くなります。最初から1時間ならばミーガー温泉でも、開発までの時間が2年は短縮できました。これはミーガー温泉で私達がこの法律に風穴を開けた結果です。


源泉掛け流しはなかなか進まない

アメリカでもすでにアラスカとアイダホの2州で、温泉の源泉掛け流しが認められるようになりました。水質が州の設定した水質基準を満たせば、源泉掛け流しのプールが可能になったのです。まだ日本のような露天風呂の建設にはかなりの規制がありますが、この二州での温泉開発はやり易くなりました。

ただしカリフォルニア州では2004年にシュワルツェネッガー知事の拒否権で法律改正が挫折しました。カリフォルニア州の北部に140年ほど前から営業しているウィルバー・ホットスプリングス (Wilbur Hot Springs) があります。この温泉リゾートには日本のようなヒノキの露天風呂があり、なかなか風情のある温泉です。ここは“WRF“が改正される前から温泉施設がありますので、既得権で源泉掛け流しで施設を運営できます。

既得権で運営している温泉施設は、カリフォルニア州でも幾つかあり、他の州でもあります。多くの州で1970〜1980年代にかけて“WRF“を改正しましたが、それ以前から営業していた温泉施設は、改築や新築をしない限り旧法で営業できるのです。 そのためアメリカの源泉掛流しの温泉施設は、古くてかなり老朽化しているのが特徴です。

この温泉の露天風呂の一つから2001年の郡保健所の水質検査で大腸菌のバクテリアが検出されました。郡保健所は水質改善の方策として、現行法に従って塩素消毒を薦めましたが、経営者がそれを拒否し、California Health Safety code は温泉には適していないと法改正を陳情したのです。

数人の温泉リゾートの経営者と連携して陳情したので、私もこの運動には注目していました。これは温泉を適用除外にする議員立法ですが、アメリカで一番影響力のある州で、源泉掛け流しが認可されれば、ほかの州でも交渉が容易になります。しかしシュワルツェネッガー知事の、それは公衆衛生の現場で働く郡保健所の判断に任せると言う2004年7月の拒否権で頓挫しました。郡保健所の判断は法律通り塩素消毒になります。



ウィルバー温泉(Wilber Hot Springs)のヒノキの露天風呂。左は温泉仲間のドン


 



WRF法の規制

“WRF”は一般大衆の使用する温泉施設の温泉水の消毒を義務つけていますが、2〜3は特例があります。まずは個人住宅の場合はこの法律の適用外で、ヒノキ風呂でも天然石の野天風呂でも建築許可際取れば自由に建造できます。次は公認の開業医が常駐して、物理療法やリハビリテーションための、治療的な水施設にはあてはまりません。スティームバスやサウナにも当てはまりません。そして温泉客が毎回、入浴の度に、バスタブを掃除して、新しいお湯を張る個人使用のバスタブも、ホテルのバスタブと同じでこの法律の適用外になります。

一人用のバスタブは“WRF”の適用外なので、このタイプの温泉施設はアメリカでは数多く見られます。アーカンソー州のホットスプリングスでは、このタイプの施設がほとんどで、ホットスプリングスの看板に釣られて立ち寄った日本人が、これがアメリカの温泉かと日本の温泉の風情と比較して驚きます。ホットスプリングス国立公園で、アメリカでは珍しく温泉集落を形成してます。日本の温泉街のような、お土産屋のにぎわうことも、アメリカ式の温泉饅頭もありませんが、歴史的なアスレチック・クラブなどがあります。歴史遺産の見学ならともかく、温泉はバスタブなので期待できません。

ワシントン州のカーソン・ホットスプリングス(Carson Hot Springs Resort)なども、その名前につられて行くと、一人用の個室バスタブでほとんどの日本人は失望します。カリフォルニア州は同様の施設が数多くあり、日本人がよく利用するところでは、これを源泉掛け流しと宣伝している図々しい施設もあります。不特定の人が利用する大きな温泉プールは塩素をたくさん放り込んで、一人用のバスタブの源泉掛け流しは詐称だと思います。一人用のジャグジー付きバスタブはもともと法律の適用外なので、源泉掛け流しの露天風呂とは呼べません。

この個室バスタブは本来は一人用ですが、ハネムーンタブのようにお目こぼしがあります。一人用で許可されたのに、ハネムーンタブだと二人で入浴するのが常識ですので、保健所もうるさくありません。そしてこれを家族風呂のように開放している施設もあります。私から説明されるまでロサンゼルスに住む友人は、アメリカの温泉は個室バスタブやジャグジー付きバスタブしかないと思っていました。一人用のバスタブは“WRF”の適用外ですが、一般客が使用する場合はモーテルなどに準じた建築許可などは必要になります。


自然の野天風呂はWRF法の対象外

自然が造った野天風呂ならばこの“WRF”の法律の対象にはなりません。そしてアメリカで一番多いのが大自然を感じながら、温泉を楽しむことができるこの野天風呂です。アメリカの未開発の数百の温泉地では、源泉掛流しの野天風呂が無料で温泉ファンに開放されています。アメリカでも塩素消毒をしている温泉は全体のわずか15%の商業温泉だけで、ほとんどの温泉は大自然の中で湯煙をあげる原始温泉なのです。

こちらの厚生省の考える自然は本物の自然で、人の手がまったくかかっていないということです。ですから日本で天然露天風呂と宣伝しているような露天風呂は、北米の判断では完全な人工建造物になります。天然の野天風呂だと普通は野天風呂の底に排水口がありません。一般客の使用する温浴施設には水質維持の為には排水口は必要で、天然の野天風呂でもこの排水口を造る事だけは認められています。ただ排水口だけでは野天風呂の全面積の1%にもなりませんので、この1%の誤差で野天風呂を建設するのは殆ど不可能になります。しかしこれが北米で法改正や適用除外の手順を踏まずに、源泉掛流しの野天風呂を造ることのできる唯一の方法です。

カナダでも州の厚生省や保健所が自然に自噴している未開発の温泉に介入する事は通常はありません。そんな予算も人的資源もありません。ほとんどの原始温泉はいろいろなトラブルを抱えながら、長い間、温泉ファンが自由に使用してきました。ただミーガー温泉のように人気がある温泉で問題が起こると、新聞沙汰になる事が多いので、厚生省が黙認できなくなるのです。黙認し人身事故が起これば厚生省や警察の監督責任が問われます。カナダは91%以上の温泉が源泉掛け流しで、これは厚生省は自然現象として黙認しているのです。

アメリカも同じで、シーニック温泉のように新聞やテレビに不法建築が何度も取り上げられれば、郡役所や警察はその事態を看過できません。北米の温泉ファンは日本人の温泉ファンより行動力や度胸がありますので、罰金2000ドル、90日以内の刑務所行きなどのサインがあっても温泉に行きます。日本の温泉ファンで警察が時々見回りに来るのに、警告を無視して真夜中に100kmも車で飛ばして温泉に行く人はあまりいないと思います。ところが北米にはそんなつわものがいるのです。

私有地の場合は、その不法侵入者を阻止できなければ、源泉をセメントで封鎖するしかありません。これは不可能ですから、後は開発申請して、温泉ファンの温泉使用を合法化するしか方法がありません。郡役所や厚生省は温泉開発には賛成ですが、ただ開発申請をすれば、現行法に従わなければ成らず、従いば源泉掛流しの温泉施設は、建設できないのという矛盾があるのです。

アメリカ人だって温泉は大好

アメリカ人だって温泉は大好きで、アメリカの中西部から太平洋岸かけて、日本人が知らない素晴らしい温泉がたくさん在ります。アメリカ全土に1100以上の温泉があり、アイダホ州などは300以上の温泉がある野天風呂の宝庫です。温泉数ではカリフォルニア州がアメリカでは二番目の州になります。大自然の中に沸き出でる天然野天風呂から、豪華な温泉リゾートまでさまざまな温泉施設があります。アメリカには温泉が大好きな人たちがたくさんいるんです。

アメリカ人は健康浴やまた家族連れでレジャーとしての温泉を活用しているのがほとんどです。静かにお湯に浸かっています。日本のように温泉で身体を洗っている人はみかけません。ただ野天風呂やそのまわりが自然のままかほとんど手付かずの状態にあるので、日本の温泉のイメージで行けば無理があります。

アメリカの野天風呂の施設設備は日本とは比較できないほどワイルドです。ですから行った場所によって、アメリカの温泉は熱くて嫌いだとか、アメリカの温泉はぬるすぎて、本気で風邪ひくかと思ったなどの感想になります。温泉でもイエローストーン国立公園内の温泉などは、温泉資源を実際に生活の中で利用しているわけではありません。あくまで地球のエネルギーの象徴としての「温泉」が評価されているのです。イエローストーン国立公園内にある天然野天風呂は私の大好きな温泉の一つです。川そのものが温泉で、大自然と一体となった雄大な大野天風呂であります。


掘削泉のWRF法規制

アメリカでも自然湧出の温泉に排水規正法を適用する事はありません。もともと自噴しているような温泉水であれば、その温泉が汚染されない限り、そのまま自然の状況で川に戻せばよいわけです。源泉が川に直接流れこんでいる温泉がほとんどです。自然湧出の温泉であれば、何万年の間に温泉水に適した生態系になっていると考えられます。

ところがボーリングで発掘した温泉は、完全に人工的なものと北米では見なされますので、新たに還元井戸を掘削して地中に戻さなければなりません。人工的な作為で周辺の自然環境に影響を与えるので、排水の規制が掛かるわけです。北米では災害の未然防止という観点で、適切な対策をとるように指示しますので、温泉で健康被害が生じた例はないなどと主張しても聞いてはもらいません。吉田さんのようにボーリングでは発掘した温泉は、近隣の二つの天然自噴泉と比較すると排水ではかなり差別されるわけです。

厚生省は浴槽が自然にできたものでなければ“WRF”の対象にしますので、対象になれば温泉の消毒を義務付けています。塩素消毒をした温泉は汚染された水になりますので、商店等から出る廃水と同じ軽度の汚染水になります。温泉は源泉から湧き出たものを野天風呂で使用して、川に流すだけなので、温泉は排水規制の適用外だと言ってもダメです。

スイミング・プールやスパ・プールに使用した水は、法律で汚染水に指定されています。なぜならばこれらの温浴施設は塩素消毒と循環が義務付けられているからです。源泉掛け流しの場合はこの対象ではありませんが、源泉掛け流しが認可されるには、天然の野天風呂(正真正銘)を造るしかありません。法律は上手にできていてほとんど逃げ道がありません。


シーニック温泉での規制との戦い

シーニック温泉では私はこの難しいパズルに挑戦しています。シアトル・キング郡の保健所との3年間に及ぶ交渉で、温泉プールが自然に造成されたプールで、2時間以内の換水なら、源泉掛け流しを認可する可能性もあると言う状態まで漕ぎ付けました。シーニック温泉では過20年以上前から温泉ファンが郡役所やオーナーに無断で建設した野天風呂やテラス、原始的な便所などがあります。これらの違法建築を一掃して、温泉が源流の小川を自然の状態に復元する必要があります。

温泉川の復元の工事の際に、そこにある天然石で温泉川を堰き止めるだけならば、滝や池と同じ water feature (water falls or ponds, fountain) でこれはランドスケープなので、公衆衛生の最低基準さえ守れば、保健所のWRF部門は監督責任がないとの見解です。ここれは大変な譲歩で現行法に抵触しないで、何とか許可してやろうとするシアトル・キング郡の保健所の配慮です。

ワシントン州には州や郡の管轄下にある未開発温泉はこのシーニック温泉しかありませんので、特例として認めてもこの決定が他に波及する可能性が無いと判断したのだと思います。日本のように掘削泉を自然の温泉とは認めていないので、ボーリングによる温泉開発の計画があった場合は法律通りに対処すれば其れで済みます。ただこれは保健所のWRF担当部門のみで、シアトル・キング郡の他の部局にもいろいろな規制があるのでそちらの許可を先に取ってくれとの要望でした。

シーニック温泉は標高1050mの山麓の急斜面にあります。キング郡の開発環境局では、傾斜23度以上の急傾斜地には一般大衆の使用する施設は建設できない規定になっています。さらに湿地保護の規定で、源泉や温泉川はクラス5の湿地に指定されています。そうすると指定の境界線から最低20mは後退しないと温泉などの施設は建設できません。今までの野天風呂は源泉から2〜3mの近距離にあるのですから、傾斜23度以上と湿地保護の二つの開発規制地帯になってしまうのです。

安全な場所に野天風呂を建設すれば、温泉川の復元ではなく完全な人工建造物になってしまい、WRF担当の部局が納得しません。これはほとんどの州が同じで河川や水源(源泉)、そして湿地帯保護の名目で100年に一度の災害を想定した最高水位や危険予想地帯が決められています。その最高水位や危険予想地帯から20〜30mの間には施設は建設できないので、その結果、河岸や渓流沿いの野天風呂に最適の場所が使用できなくなります。この北米の規定だと日本の渓流沿いにある露天風呂の95%は不法建築になってしまいます。

ただ3年に及ぶ交渉で開発規制地帯に関する法律が出来る1979年より以前に、天然の野天風呂があった歴史が証明できれば、そのときまで使用されてた野天風呂の数とサイズについては、既得権として認めるというところまで漕ぎつけました。ところがアメリカでは元々、温泉関係の出版物が少ない上に、1970年代に出版された本には詳しい記述がありません。それ以前の温泉の出版物は皆無で、わずかに歴史書や地質調査所のリポートに温泉が記載されているだけで、温度や水量や水質分析は記載されても、野天風呂のサイズや写真が殆どありません。1929年まで存在していたシーニック温泉ホテルに関しては、近郊の町の歴史博物館に沢山の資料があります。

そこで1960〜1970年代に温泉によく来たという12人の有識者の宣誓書や前の持ち主の証言で、野天風呂の歴史的使用の証明をする方法を取ることにしました。殆どは弁護士が纏めましたが、ワシントン大の名誉教授が二人、弁護士が二人、近郊の町の元町長が二人、そしてワシントン州政府とシアトル・キング郡の現職公務員の四人の元公務員二人の計十二名の温泉ファンが温泉のサイズや使用、そして同じ時期に入湯した人の名前を挙げて、各自、2〜3ページの野天風呂証明の宣誓書を提出してくれました。一月末に提出したので、その結果を待っています。そうなれば州の厚生省の認可する、初めての源泉掛け流しの野天風呂が数ヶ月以内にできる可能性があります。



1904年のシーニック温泉ホテル。
当時はワシントン州で有名なホテル。
1929年に鉄道路線開設の為に取り壊し

シーニック温泉の冬景色。
シーニック温泉友の会のメンバーが入浴


 


換水時間の問題

ワシントン州の厚生省は日本のように源泉掛け流しが金科玉条ではなく、2時間以上の換水では、塩素消毒よりも水質が悪化する可能性があるという立場です。浴槽の汚染と湯量に関しては、日本で使用される習慣による計算の、浴槽の衛生面からは1人あたり 1リットル/分の湧出量があれば、浴槽の汚染の可能性が少ないなどの理論はこちらでは残念ながら通用しません。3〜3.5時間で浴槽が一杯などというのもダメです。北米では入浴客数と換水時間は別々に決められています。入浴客数(Bather Load)は野天風呂のサイズで決まります。

スイミングプール最高使用人数(Swimming Pool Maximum Bathing Load)は、屋外にあるプールでは一人当たり1.35平方メートルのスペースを確保しなければなりません。室内だと1人当たり2.25平方メートルのスペースが必要です。ですからカナダやアメリカの温泉プールではこの方式で収容人数が決まります。ただ温泉はスパプールに近いサイズなので、スパプールだと1人当たり0.90平方メートルのスペースで済みます。それでシーニック温泉の場合は、スパプールほど混雑しないし、野天風呂で泳ぐ人はいないので、スイミングプールとスパプールの中間を採って、1人当たり1.08平方メートルのスペースとなりました。

塩素消毒の温泉プールでは、殆どの州で循環時間(Turnover time)は6時間になります。スパプールでは、10〜30分が循環時間(Turnover time)になります。スパプールに指定されると最高で30分の循環時間で、これは源泉掛け流しでも変わりません。ですから北米でスパプールやスパリゾートの名称が付いていれば、それほど豊富に湯量のある施設は殆ど無いので、何らかの消毒をした循環湯で、源泉掛け流しは100%ないと思ったほうが正解です。

源泉掛け流しの野天風呂にこだわれば、スパプールの適用は絶対に避けなければなりません。交渉の結果、これもスイミングプールとスパプールの中間を採って2時間以内の換水なら、源泉掛け流しは認可の可能性があるまで漕ぎ付けました。2時間以内の換水となると源泉掛け流しでは、野天風呂のサイズにかなり影響します。北米の温浴施設では通常は談笑しながら入浴できるよう、浴槽内にゆっくり座れるベンチを作ります。そのため日本の露天風呂の60cmの水深と比較すると,30cmほど深い90cmの水深になるのが特徴です。ですから同じサイズの野天風呂でも、それだ湯量が豊富に必要になります。

北米の2時間以内の換水は、日本の源泉掛け流し露天風呂に例えると1時間20分の換水時間と同じ計算になります。もし日本で源泉掛け流し露天風呂は1時間20分以内の換水と決められたら、現存する露天風呂の大半が使用不能に陥る可能性があります。1時間と8時間では源泉掛け流しでも水質にかなりの差異が生じますので、日本でも源泉掛け流しに拘るなら、この換水時間を明示しなければあまり意味がないと思います。


吉田さんの事例
    
吉田さんの場合はもっと深刻で、地熱法では汚染水は還元井戸には注入できません。地熱法は地熱発電所やヒートポンプ用に制定された法律で、地熱発電の場合はタービンを回すだけですから汚染される事はありません。吉田さんの温泉はボーリングで発掘した温泉ですから、自然湧出ではないので、塩素消毒を避ける事は出来ません。塩素消毒した温泉水は汚染水に指定されていますので、還元井戸には戻せない事になります。

そうすると還元井戸にも川にも放流できない事になります。この排水処理の方策が立たない限り、温泉開発が許可される可能性はありません。後は源泉掛け流しに拘らないでスパ施設を造るか、個人的に使用するかだけです。私も訪ねる度に2つのヒノキ風呂に入浴させてもらい、温泉を楽んでいますが10年以上に亘る其の困難な闘争には大いに同情しています。



ウィンド・リバーの吉田さんのボーリング井戸
掘削600m、69度、
毎分800リッター自噴


初期の吉田さんの仮設風呂
中央が吉田さんの奥さん、左が吉田さん


吉田さんの温泉の近くあるウィンド・リバー温泉(Wind River Hot Springs)自噴源泉


北米の温泉開発

北米と日本の温泉事情を温泉開発だけで比較すれば、日本の温泉法は大雑把で経営者にとっては天国だと思います。ただそれだけに資金があれば、誰でも参入できますので過酷な競争にさらされます。北米は開発基準が厳しいだけに認可の可能性は低いが、もしこの困難な壁を突破できれば、独占的な権利を取得できますので経営は有利になります。

シーニック温泉などはワシントン州の唯一の未開発私有泉で、州法が改正されない限り絶対に競合する温泉施設ができる可能性はありません。しかもシアトルから1時間30分の近距離にあり、わずか5分先にはスティーブンパスのスキー場もあります。これだけの好立地と28の源泉に恵まれながら、ここ数十年は温泉ファンが無料で入浴しているだけで、ビジネスには成っていないのです。しかし北米と日本では公衆衛生や自然に対する認識の差異が極端にありますので、大変でもその国の法規に従って少しずつ解決するしか方法がありません。日本の温泉ファンの中で、この難解な北米の温泉事情パズルを解ける方がおられましたらご連絡いただければ幸いです。



マイク佐藤 (Mike Sato, Scenic Hot Springs)


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