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カナダの温泉事情 2007年1月

カナダに在住して温泉開発をされているマイク佐藤さんから2007年1月にメールをいただき、カナダの温泉事情をお知らせいただきました。許可をいただいたので紹介します。
(項目見出しはクマオがつけました。)
マイク佐藤さんが紹介されているページ



私はカナダのBC州に住むマイク佐藤と申します。関東周辺立ち寄り温泉みしゅらんにカナダの温泉記事を拝見して、参考になればと思って連絡致しました。

カナダの源泉掛流し野天風呂

私はカナダに、源泉掛流しの裸で入浴できる温泉施設を造るために、この16年間、BC州政府を交渉してきました。現在はアメリカのワシントン州の”SCENIC HOT SPRINGS“の開発に取り組んでいます。シアトルから1時間30分ほど東に行った温泉です。

北米では源泉掛流しの野天風呂開発は現在の州法では認められません。そのため源泉掛流しの野天風呂に拘ると、日本に例えると群馬県の県庁に自分だけは建築許可なしに温泉施設を建てさせろと要求すると同じ事になります。もちろん県庁は一社だけを特別扱いはしませんし、事故がおこれば監督責任を問われますので断るか無視とする思います。それをコンサルタントや弁護士を雇って、僅かな特例の可能性を求めて何年間も交渉することになります。

アメリカでは過去に2人が源泉掛流しの野天風呂の開発に挑戦して断念しています。1人はカりフォルニア州の清藤氏で、1988年からGilroy Hot Springs の開発を手掛けましたが、14年間交渉しても源泉掛流しの許可が降りず、2002年に州の公園管理局に売ってしまいました。ワシントン州でもオレゴン州ポートランドの吉田氏が1996年に掘削600M で69度の温泉を毎分800リッター自噴させながら、この10年間,州政府の許可が下りずにほとんど断念しかけています。

私は1999年にBC州政府の緊急勅令で”MEAGER CREEK HOT SPRINGS”に、源泉掛流しの野天風呂の開発を、カナダで初めて認めてもらいました。その経験がありますので、ワシントン州政府と交渉して3年になりますが、もしかするとこの4月には、アメリカで州の厚生省が認可した最初の源泉掛流しの野天風呂が着工できるかもしれません。


カナダの温泉のほとんどは原始温泉

源泉掛流しの野天風呂を開発するのが如何に難事業かわかりますので、いつも日本で北米の温泉を論評して記事を見るとどうも本質に迫ってないと思っていました。ほとんどが観光地の温水プールを見て、それが北米の温泉であるかのような評価をしているからです。確かに短期間の滞在ですし、日本人の観光ガイドなどの知識で案内できる温泉は限られています。

カナダには126箇所ほどの温泉がありますが、ガイドの案内で一般の観光客が利用できそうなのは、わずか11箇所の温水プールしかないので、2〜3の観光地の温水プールを見て、これがカナダの温泉だと思うのは仕方がありません。しかしカナダの温泉のほとんどは大自然の中で湯煙りをあげている野趣豊かな原始温泉で、温水プールはカナダにある温泉のわずか9%を占めるにすぎません。

126あるカナダの温泉はすべて自噴源泉です。これらの野天風呂ではほとんどの人が裸で温泉を楽しんでいます。北米には大事なところを隠すという手ぬぐいの文化がありません。そのため、すっぽんぽんで奔放に振舞うあまりの開放度に、驚かされることがあります。日本のような女性がタオルを巻いて入浴するエセ混浴もありません。これはアメリカも同じです。


カナダの温泉めぐりの醍醐味

カナダは日本の27倍の国土で、温泉は大陸北西部のの4州にのみ湧出 しています。アルバーター州とユーコン準州にそれぞれ6温泉、ノースウエスト準州に16温泉で、あとの104の温泉は、すべて太平洋岸のブリテシュ・コロンビア州に集中しています。BC州だけでも日本の2.2倍はありますので、温泉めぐりは想像できないような移動距離になります。

国土が広大なので、次の温泉は数百キロも離れた場所にあるなどは当り前です。大半は到達困難な原始温泉で、勇気と体力がないと行けない温泉です。
公共の交通機関でいける温泉はほとんどありませんし、普通車で行ける温泉もたぶん15湯にも満たないと思います。道路案内は無いか、あっても最小限で驚くほど不親切です。市町村の観光案内所で把握している温泉は、温水プールかその近郊にあるものだけです。

ほとんどの温泉は、ハイキング、さらにボート、水上飛行機、ヘリコプターなどをチャーターしないと到達できません。国土が広大で自然環境が厳しいので、日本のような「マイカーで温泉に行って、ノンビリして帰宅する」というような、単純なパターンはまずありません。北米の温泉旅行は、常にアドベンチャーで、道中、ある種の興奮とドラマに遭遇します。

ですからカナダで本物の温泉を求めると、どうしても冒険旅行と同様の、覚悟と準備が必要になります。林道や登山道は豪雨や雪崩などで、年に何度もその形状が変わります。熊にも遭遇します。ですから温泉の案内本は1〜2冊しかありません。

本で説明はできる範囲はかぎられ、温泉の評価や道路事情は、迷いながら自分で体験しないとわかりません。私の経験では何度も道に迷って、探すのを断念し、再挑戦でようやく入浴出来た温泉がたくさんあります。そのため温泉を漸く探し当てた時の感慨はひとしおで、これがカナダの温泉めぐりの醍醐味です。


カナダの温泉の法律事情

北米の温泉事情を理解するのは、その背景にある水利権とプール法を知っていないと難しいと思います。北米には日本のような温泉法がありません。その為に、バンクーバー市内にある市民プールと、大自然の中にある温泉が、同じプールの法律で運用されることになります。

プール法では塩素殺菌、温度、水着着用、混浴、プールの色、プールに使用できる材料など詳細に決められています。その法律では入浴客の安全を考慮して自然石や木材(ヒノキなどの)は、適切な材料とは認められません。北米は訴訟社会ですから、野天風呂で自然石に躓いて怪我をしたら訴える可能性があります。

不特定多数の人が利用する水関係の施設は、天然の野天風呂でないかぎり、プール法が適用されます。こちらの厚生省の考える自然は本物の自然で、人の手がまったくかかっていないということです。

ワシントン州の厚生省の担当者が、何とか私の温泉開発に協力しようとして半日、“秘湯ロマン”のDVDの観賞に付き合ってくれました。残念ながら夏油温泉も鶴の湯温泉も宝川温泉も露天風呂は彼らの常識では人工建造物にしか映りません。

秘湯ロマンに記載されていた47の日本を代表する秘湯の宿の露天風呂は、すべて人工建造物と断定されました。自然と認定されたのは河原毛大湯滝だけです。河原毛大湯滝のような天然の野天風呂を新たに1%ぐらい誤差で作るのは至難の業です。そうするとプール法の改正か、法の執行を停止してもらうしか方法がありません。


掘削泉は温泉(HOT SPRINGS)とは認められない

私も1998年に厚生省が初めてカナダで認可した野天風呂を“MEAGER CREEK HOT SPRINGS”に作った時、BC厚生省の認可に4年の歳月を費やしました。現行法ではどうしても不可能で、最後はBC州の内閣オーダー(緊急勅令)で、プール法から免責してもらったのです。野天風呂を造るのに、閣議の力を借りるなど、日本では想像も出来ないことだと思います。

この温泉に北米にできた初めての日本風の温泉ということで、1999年に日本温泉協会が視察に来ました。その時も北米と比べて日本の温泉法はザル法で、早急に改正しないとONSENが世界の共通語になる可能性があるのに,イメージが壊れれしまうと警告しました。

しかし日本は温泉大国と称しながら、3年ほど前に、温泉偽造の問題が起こるまで、1948年にできた温泉法の改正は行われませんでした。温泉大国の日本のですら温泉法の一部改正に50数年かかっているのですから、北米で法改正に個人で挑戦する事が、どれほど大変かお分かりいただけると思います。

北米と比べると意味するところは違うのですが、改正されても日本の温泉法はまだかなりのザル法です。カナダではボーリングで湧出させた温水を温泉(HOT SPRINGS)とは認めていません。掘削泉は“HOT WELL”です。この規定だと、ここ50年間に日本中で掘り当てた数千の温泉は温泉とは認められないことになります。


カナダの温泉施設はプール法に従う

日本の温泉と比較してカナダの温泉に温泉情緒ないのは、残念ながら、カナダで入浴料を徴収し温泉施設を営業する場合は、必ずこのプールの法律に従って、企画、設計、建築、運営しなければなりませんので、法律通りにすると温水プールになってしまうからです。

スイミングプール法は州法ですので、国立公園や国有林の中にある温泉には適用されません。連邦の保健法が適用され、州法と比較するとかなりお目こぼしがあります。州立公園、町営、私有地にはその州の州法が適用されます。

多くの州で1970年代から80年代にかけてスイミングプール法を改正しましたが、その前から運営していた温泉施設は、改築や新築をしない限り旧法で営業できます。そのためアメリカの温泉施設は、古くてかなり老朽化しているのが特徴です。塩素消毒をした温泉を使用するスパプールやタイルやコンクリートのプールを建設した場合は法律どうりですから、新築は建設許可さえ取ればできます。


温泉の水利権の取得は難しい

カナダでは110年 程前(1890年代)から温泉の所有権は州政府にあると決められています。水利権に関する法律(Water Act, Water Protection Act)に、地表を流れている水(川、湖、池、湧泉)の所有権はすべて州政府にあると明記されています。そのため私有地の中から湧き出ている温泉でも、必ず水利権(Water License)を取得しなければ使用できないのです。

現在は水利権の取得は難しく、利用目的、取水日量、使用料の年還付など詳細に決められています。日本のように北米に温泉街ができないのは、温泉の水利権が原因だと思います。これはアメリカも同じで、現在、営業している温泉施設の水利権は、100年以上前に取得したのがほとんどです。

昔は環境問題もうるさくなく、湧出量の限度まで取水量を認めていました。その為、新たに水利権を申請しても分水できる量がほとんどないのです。分水しても、その温泉使用料はそのまま州政府の財源になります。ですから自分の権利を削減して分水しても、経済的な恩恵はなく、分水すればかえって温泉施設の資産価値を下げることになります。

そのためハリソン・ホットスプリングでは、かなりの温泉を使わずにそのまま湖に放流しています。カナダの温泉地に温泉情緒がないのは、源泉の水利権を持っている1社しか入浴施設を持てないからなのです。源泉を持っているところは競争がないのですから、その地域の独占企業になります。

日本の温泉開発と言うと温泉旅館を一軒建てることですが、カナダで温泉を開発するのは、規模の大小にかかわらず源泉独り占めですから、例えば、箱根温泉の全源泉を一人で所有していると同じに意味になります。1社が源泉独占となると新規参入は不可能です。

バンクバーから300kmの範囲に十数か所の自噴泉が在りながら、1858年にハリソン・ホットスプリングがオープンしてから この147年間に新しい温泉施設ができないのがその難しさを証明しています。BC州では日系人の漁師が発見したフリッゼル・ホット・スプリングが、1928年に州より払下げられたのが最後で、その後の78年間は温泉の払下げをうけた者はいません。特にこの10年は、環境保護やインデアンの土地問題がからみ、ますます新たな水利権の取得は難しくなっています。


MEAGER CREEK HOT SPRINGS

これはほんの一部分ですが背景にあるものを理解していると、北米の温泉施設への見方が変わるのではと思ってメールしました。”MEAGER CREEK HOT SPRINGS”の写真を添付します。現在,橋が洪水で流されて、温泉は使用禁止です。説明したようにプール法から免責ですから、モルタルも使用し、日本の露天風呂に近いと思います。BC州やワシントン州に来られる機会がありましたらご連絡ください。

Meager Creek Hotspring1

Meager Creek Hotspring2

Meager Creek Bridge

マイク佐藤 (Mike Sato, Scenic Hot Springs)


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