7.「男はつらいよ」を見て思う

"何だか訳もなく悲しくなって、涙がポロポロと出たりするのよ・・・"

人類の遺産──
私が「男はつらいよ」のファンになったのは18歳の頃である。もう彼是15年以上前の事になる。 以前から「男はつらいよ」には魅せられるものがあったが、自分も故郷を離れ、家族から離れた時に見た 「男はつらいよ」に改めて共感できるものを感じ取ったという訳である。自分の生まれ育ったあの町は単なる 田舎町ではなく、立派な故郷なんだなと実感させられたものだった。その頃からしばしばこの映画を 劇場で見るようになり、ビデオデッキを買ってからは暇さえあればこの映画のビデオを借りてきては 見るようになった。私は特別映画が好きという訳ではなく、映画業界の事にも詳しくなければマニアックな 面も持ち合わせていない。その私がここまで「男はつらいよ」に強く興味を抱くようになったのは、やはり この映画に多くの魅力があるからに他ならない。

この映画が好きな理由は沢山あるが、やはり一番は何と言っても主人公「車寅次郎」のキャラクター である。あの何とも言えないユニークな話術と弱者への思いやり、そして惚れた女性に対する純粋な気持ちと気取った つもりがどこか拍子抜けした振る舞い等々、渥美清さんならではの日本人的な役柄はどこを取っても素晴らしい魅力を 感じる。「男はつらいよ」は日本の文化である。その良さを感じる外国人も沢山いる。この映画は「日本の文化」という 枠を超えており、「人類の遺産」と言っても過言ではないだろう。

仕事で嫌な事があった時や疲れた時、また恋愛に失敗した時など、そんな時にこの映画を見ると気持ちが柔らかくなり、 いつも心に栄養を与えてくれる。作り物のドラマには泣いた事など一度もない私であるが、この映画には まんまと泣かされてしまった。泣くといっても涙が出るという事ではなく、本心から共感・感激するという意味で ある。つまり心の癒しという事である。もちろん誰が見ても感激するとは思わない。しかし、涙あり笑いありの この映画をじっくり見る事により、だんだん心が癒されてくるのがはっきりとわかるはずである。

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浅草名画座──
この映画を公開当時映画館に見に行って感じたのは、若い女性の観客があまりいないという事である。 恐らくファン以外の一般的な若い女性は、この映画に対してダサイとか古臭いといったイメージがあるのではないだろうか。 しかし実際はそうではない。心から笑え、楽しめ、そしていつまでも心の奥底に残る映画はそういくつもあるものではない。 時間が経ってからもう一回観たいと思う映画もそうはないはずである。まさに「男はつらいよ」がそういう映画なのである。 既にシリーズは完結しているが、この映画をまだ観た事がない方は騙されたと思って一度レンタルビデオを借りて 見て頂きたいと思う。

平成11年6月現在、浅草のブロードウェー通りにある浅草名画座という映画館で「男はつらいよ」が毎月最低一本上映 されている。この映画館の客層はかなり偏っている。この映画館では昔の任侠物が多く上映されており、その中に 「男はつらいよ」が混じって上映されている。そういった関係で観客はほとんどがおじさん達であり、かなりリラックス したスタイルで映画を観る事ができる。こういう映画館は今時数少ない融通が利く映画館である。どういう点で融通が利くかに ついてはここでの説明は省略するので実際に行かれて確認して頂きたい。はっきりしている事はここで「男はつらいよ」を見ると 最高に楽しめるという事である。おかしなシーンでは場内大爆笑となり、寅次郎が喧嘩するとヤジが飛んだりもする。 その結果映画と観客が一体となり、まるでコンサートを見ているような気分で映画に感情移入できる。 以前、浅草名画座で第1作を見た時に、隣に座っていた中年夫婦の奥さんが涙を流しながら腹を抱えて笑っていた姿が今でも 忘れられない。そういう格好を見ているとこっちまで面白くなってくる。これは映画館でしか味わえない醍醐味であり、 そういう意味では浅草名画座は「男はつらいよ」を観賞する映画館としては最高の環境である。

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27年間の年輪──
「男はつらいよ」のベースは喜劇である。従って出演者の気取った演技やCGを楽しむ映画ではない。勿論ただ笑う だけの映画ではなく、多くの喜劇に見られるような悲劇的なシナリオも見え隠れする。しかしながら他の喜劇映画と違う点は、 1コマ1コマが非常に丁寧に描写されており、また「人間らしさ」を心で感じる事ができる映画だという事である。 おいちゃん、おばちゃん、博に櫻、満男、朝日印刷のタコ社長と職工達、さらには近所の人達と寅次郎が旅先で知り合う人達、 そして毎回役どころが変わるレギュラー出演の方々。この映画を観ると彼らの中から涌き出る温かい人間の血潮を感じる。 そして彼らのセリフから人間の真の美しさが伝わり、たとえスクリーンの中でも「ああ、会えて良かったなあ、観て良かったなあ」 と感じる。何がそう思わせるのか、実はそれについては私は未だに良くわからない。もしかしたら幼児がいつの間にか言葉を 覚えていく時のような、つまり、理屈では考えられない微妙な境地の世界なのかもしれない。

「男はつらいよ」と出会ってから何冊かの関連書籍を読んだ。作品ベースの物や映画評論的な物、出演者個人にかかわる物 などである。本の著者が違えば同じ作品について全く違う論評がある。共感できる本もあればできない本もある。つまり人 それぞれ捉え方が違うという事である。それらを読んでいる内にどう捉えるのが正しいのかといった考え方は実は間違いで、 自分がどう感じるかが大切なのだと改めて思うようになった。「男はつらいよ」が好きな人の中には前半作品が好きな人と 後半作品が好きな人がいる。これらは層である。27年かけて48作品を作ったのだから地層と同じように層ができて当然 である。例え数作品しか知らない方でも好きであれば勿論ファンである。

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真の人情とは──
人情とは何か。以前、随分真剣に考えた事がある。優しくしたのに冷たくされたと怒る人がいる。 20歳ぐらいの頃の話であるが、ある先輩にこんな事を言われた事がある。「お前に酒をおごっても俺の言う 事を聞かないからもうおごらない」と。私は、自分は後輩だから酒をおごってもらえたと思っていたが、どうやら それは私の勘違いで、その先輩は私を意のままに動かす為に酒をおごってくれたようである。それが 分かった時、悲しいと思うと同時に私はその先輩が哀れに思えた。生きていく為には時にはそういう発想が 必要かもしれない。しかしそんな事ばかり考えて生きているとつまらなくなる。いつしか個性はなくなり、 その内言いたい事も言えなくなってしまうだろう。これは人情とは程遠い世界である。その先輩がその後成功しな かった事は言うまでもない。私の思う人情とは、下心やみ返りを求めずに人に与え、お互いの自由を分かち 合うという事である。つまり思いやりという意味である。勿論そういう綺麗事だけでは今の世知辛い世の中は 生きていけない。しかし、だからこそなおさら人情というものを大切にしなければならないのではないだろうか。 そしてそれが人間の本当のあるべき姿なのではないかと思うのである。映画「男はつらいよ」は必ずその事を教えてくれる はずである。

是非「男はつらいよ」を見ていっしょに共感して頂きたい。



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