高良神社
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はちまんぐうさんぱい     てんまつ
八幡宮参拝の顛末

こうらじんじゃ
高良神社  所在地:八幡市八幡高坊

石清水八幡宮の麓の頓宮横にあり、貞観2年(860)行教律師が建立した神殿の跡に鎮座している。もとは、河原(カワラ)社と称し、馬場先本道を挟んでその前方を流れる放生川の側にあった。貞観3年(861)に行教によって建立された古い神社である。同社は慶応4年(1868)鳥羽伏見の戦いによって消失してしまったが、明治12年(1879)に再建され、現在にいたっている。

高良神社の有名な逸話として、元禄3年(1331)、兼好法師が著した「徒然草」に見ることができる。「ある日、仁和寺の和尚が石清水八幡宮を詣でようと訪れ、極楽寺、高良神社を詣でた。参詣を済ませ、さて帰ろうとしたとき、人々は山頂をめざして階段を登っていく。何だろうと思ったが、私は今回の旅の目的である石清水八幡宮に参詣を済ませたのだからと帰ってしまった。後で石清水八幡宮が山頂にあることを知って、どんな小さなことでも、案内人は必要だと痛感した」というものだ。

石清水八幡宮は遷座当初から国家、皇室、さらに武家の守護神として尊崇されてきたためか、もっぱら地域の人々が心のよりどころにした氏神は「高良神社」であった。神社の例祭は毎年7月17日、18日に行われ、通称「太鼓祭り」として親しまれている。一時期途切れていた屋形太鼓の巡行が町の若衆によって復活し、本格的な夏を迎える町は「ヨッサー、ヨッサー」のかけ声勇ましく、人々は祭り気分に酔いしれる。


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