神幸橋
神幸橋地図
しんこうばし
空白線
神幸橋

所在地:八幡市八幡高坊

 男山山麓のニノ鳥居をくぐり、約100メートルほど行くと、山側の岩壁が深く削れて細い谷となり、谷水が流れているところにでます。この谷筋を「祓谷(はらいだに)」といい、ここに架かる石橋が「神幸橋(しんこうばし)」で、長さは約2.8メートル、幅は約3メートルです。

 神幸橋は江戸時代、石清水放生会が催される前後の数日間のみ、木橋を架けて神が渡られるようにした橋で、当時、参詣者はニノ鳥居をくぐらずに、山裾の平八亭あたりにあった長福寺の門前を通り、「相槌稲荷社」横にある登り口から上っていました。

 『男山考古録』によると、「橋の両側の岩が崩れたため、石垣を積み、幅を2間とした。普段は神幸橋が架かっていないのに、参詣者が二ノ鳥居をくぐって山上に参ろうとして祓谷に落ち、怪我をする人が時々あったので、明和年間(1764〜1772)に紺座町に住む石清水社士、小寺壽庵らが相談して石橋を架けようと申し出た。しかし、平谷町の旅籠や茶店を構えていた商人たちから、この橋ができると二ノ鳥居をくぐって参詣するから商売に難渋すると反対があったため、計画は取りやめになった」という話が載っています。また、このことについて男山考古録の著者、藤原尚次は「万人の便利を助ける善事を私欲で妨害している」と批判しています。

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