A.はじめに
公的年金制度は、収入を失った高齢者に対して年金受給を行い生活の保障を図ることである。この制度の財政運営は、高齢者の生活保障は現役世代が支えるという賦課方式によって行われている。そしてその基本的な考え方として世代間扶養が挙げられるが、急激な少子・高齢化によって公的年金を支える財源が減少し、見直しのたびに給付の引き下げと負担の引き上げが提案され、国民の中に不満や不信があることなど問題となっている。本レポートでは、なぜ国民に不信があると言われているのか。また、なぜ見直しがなされるのかを中心に公的年金制度の仕組みについて考察する。

B.公的年金制度とは何か
上述のように、高齢者の生活を現役世代と同じような収入を保障するための制度であるが、高齢者は3つの生活上のリスクに直面するといわれている。一つは、老後の余命の不確実さ。一つは、長い老後の間に起こりうる経済的なあるいは社会的な変動が予測しにくいこと。最後に、老後を迎える前に障害を負う可能性、死亡して遺族が残される可能性も皆無ではないことである。こうしたリスクに対し、公的年金制度は、「現役世代が必ず制度の加入をすることによって安定的な保険集団を構成し、年金受給者にとって個人の責任では対応しきれない物価の上昇などに対応した年金額の改善に必要な財源を後世代に求めるという、いわゆる「世代間扶養(社会的親孝行、社会的仕送り)」の仕組み」(*1)でもって対応している。
公的年金制度の種類に関しては、大きく二つに分けられ、全国民が共通の年金としての基礎年金(国民年金)を一階部分として、サラリーマンなどは自営業者と違い、会社を退職すれば収入がほぼなくなることから、従前の生活を維持するために在職中の平均賃金の一定割合を年金で保障する厚生年金が二階部分として給付される。国民年金は定額であり、厚生年金は報酬比例年金と呼ばれるように、高い給与をもらっている人は高い保険料を払うようになっている。(貢献原則)他には、厚生年金の仕組みと同じような共済年金などがある。
この他に私的年金と呼ばれるものがあるが、この年金は個人の自助努力によりより豊かな老後を過ごすための任意加入であり、本人の拠出した保険料とその運用益を財源とし、一定金額の年金を支給する仕組みを持っているが、経済変動に対応して年金額の実質価値の維持は困難であるとされる。
私的年金の種類については、いわゆる企業年金と個人年金に大別される。企業年金は、「退職後の期間の長期化、給付内容の改善などを反映して、老後の生活保障においても大きな影響を果たすようになって」(*2)きている。いずれにしろ、企業年金は「企業が従業員のために自主的に設けている年金制度であるために、企業の福利厚生の一環」(*3)として捉えられている。しかしながら、上記のように、私的年金は経済変動により実質価値の維持が困難であるため、その拠出を保障するために確定拠出年金が2001年に設けられ、2002年4月からは確定給付企業年金法が施行されている。個人年金は主に生命保険会社を代表として、「個人貯蓄を老後に活用しやすいように年金の形に設計した」(*4)ものである。いずれにしろ私的年金は、個人の自助努力に基づいた年金であると言える。
このように公的年金制度は、現在の現役世代が自助努力によって支払う保険料により現在の高齢者の年金給付を支え、現役世代が将来高齢者となった時には、個々人の現役時代の保険料納付の実績、すなわちかつて高齢者の年金給付に対して個々人が行った貢献の度合いに応じて、次の世代の支払う保険料によって年金給付を受けるということを順繰りに行うという考え方を基本として組み立てられている。

C.公的年金制度の問題について
「我が国の公的年金制度は、1985年、1990年、1994年に大改正を行い、給付水準の引き下げ、保険料(率)の引き上げ、そして年金支給開始年齢の引き上げなどを実施して」(*5)きた。2000年の改正においては主に、年金保険料引き上げの凍結、基礎年金国庫負担の二分の一への引き上げ、受給開始年齢の引き上げ、賃金スライドの一時凍結、給付水準引き下げ(報酬比例部分の5パーセントカット)、60歳代後半層への在職老齢年金の導入、総報酬制度への切り替えとともに、育児休業期間における事業主負担の保険料免除、学生について保険料支払猶予を認める特例の創設、国民年金保険料半額免除制度の新設など内容は多岐にわたっている。この改正によって、保険料負担は抑制されているが、給付総額の約20%はカットされることになっているといわれる。また、国庫負担引き上げに関しても、具体的にどの税目をその財源に充てるのかについても今後の課題となっている。また、受給開始年齢の引き上げと高齢者雇用の関係をどうするかといった問題もある。
こうした問題は、よく言われているように少子・高齢化社会であることによる社会構造の急激な変化にあり(被保険者と年金受給者との比率は現在四対一であるが、2025年頃にはほぼ二対一になる)、現代日本における蔓延する不況あるいは低成長における経済の変動にある。それは、これまで経済成長によって得られた成果の一部を各種の給付を改善するために用いてきた「給付を分配する時代」から「負担を分配する時代」になっていることを意味している。
しかしながら、厚生労働省が年金制度の危機と改革の必要性を強調すればするほど、あるいは、そのための見直しの度に給付の引き下げと負担の引き上げを提案され続けてきたことから、国民の不信と不公平感は増大している。その不信は、国民年金への未加入者、保険料未納者の増大という形となって現れている。
具体的には、保険料を引き上げることにより国民の手取り収入は減り、その結果、消費支出は減退する。他方、社会保険料を引き上げは企業の人件費負担が増え、賃上げはその分だけ難しくなり、そのため雇用面のリストラが一層厳しくなる。双方相まって、日本経済は足を引っ張られ不況色が一段と強まる中で失業者も増えるとされる。その他、現役世代は年金保険料だけでなく、所得税、住民税、私的年金の積み立て、自動車の自賠責、教育費、住宅費などもろもろの費用を払った後に生活費を何とか捻出しているのが現状である。
上記の通り、年金額は賦課方式によって現役世代の保険料から高齢者の年金のほとんどが支払われる。年金額を決める上で最も重要なことは現役世代の生活状況、負担能力に応じて給付も決まって行かざるを得ないのではないか。よって、「まず、給付ありき」ではないと考える。
このような状況の中での2000年の改正であるが、上記のように国庫負担の引き上げによる保険料の抑制が図られようとしているが、今後も少子・高齢化が進む中で、この公的年金の財源や不信をめぐる問題は深刻化すると考える。このとき、今一度、社会保障全体の中における公的年金制度のあり方とはなにかと考える必要がある。現役世代の所得水準と高齢者の年金水準あるいは税金の控除をめぐる不公平感などの問題等々を含め、社会保障の目的、基本的生活の保障とはどのようなものなのかといったトータルな考察が必要である。今後は、公的年金制度がリスクへの事後対応としての最低限の保障として捉えることは制度としては不十分であり、基礎的なニーズを満たしつつも、「自己実現への機会の創造」(*6)といった制度と現状をむしろ積極的に捉え直すことが重要である。

D.おわりに
私は福祉施設に勤務している。ともすれば視野が狭くなり、もっと労働条件や給与が保障されればいいのにとか、利用者のサービスを充実させるには財源が足りないのではないかと考えがちである。しかし、こうした財源のもととなる社会保障を支えている現役世代の状況や資本主義という大きな視点で捉え直せば、一筋縄ではいかないことに気づく。福祉の対象者だけが手厚く、所得が保障され、税金は控除され、衣食住が満ち足りてといったことに対して、コンセンサスが未だ得られていないことに気づかされる。もちろん、最低生活の保障や今の生活の質をおとしめるような改悪はあってはならないが、今後は、年金が受給されている利用者の自己責任やそれを担う福祉従事者の明確性(あるいは責任、義務)がより一層求められているのは当然であると言える。
公的年金についても、同じように年金が給付されるのは当然であるという時代は終わったのではないだろうか。しかしながら、上記のように、いかに社会の中で自己実現を図るべきか、そのためには公的年金の果たす役割は何かと考えることが必要であると考える。

引用文献
*1)「公的年金改革と財政に関する一考察」(阿部裕二、東北福祉大学研究紀要、1997)p.17
*2)『構造的転換期の社会保障』(森健一・阿部裕二、中央法規、2002)p.133
*3)*2)同掲書p.133
*4)*2)同掲書p.139
*5)*1)同掲書p.14
*6) 「社会保障はセーフティ・ネットか」(塩野谷裕一、社会福祉研究第83号、鉄道弘済会)p.16など。なお、社会保障をセーフティ・ネットと捉えるよりもむしろスプリング・ボードとして積極的に捉えることを提言している。

参考文献
「年金制度における公平性について」(阿部裕二、社会福祉研究室報、第11号)
『社会保障入門』(竹本善次、講談社現代新書、2001)
『平成14年度版 厚生労働白書』(厚生労働省)主に、pp243-256
「公的年金制度」(高山憲之、月刊福祉2001.1)など
サイト
(公的年金制度に関する考え方(第2版)、平成13年9月、厚生労働省年金局)

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