2019.5
障害のある人の社会参加をすすめる
障害のある人の社会参加はどのようにすすんだのか(島村聡)
- 障害者が社会生活の発展に参加することなどを謳った,国際障害年から38年目となるいま,社会参加は保障されたのか.私宅監置や座敷牢,施設への措置などから2002年の施設解体宣言,そして,その後雨後の筍のようにグループホームが設立される.しかし,グループホーム設立に反対する親やそもそもグループホーム自体が地域生活なのかと言った疑問が噴出している.社会参加は勝ち取るモノであるというならば,一部の地域,都市部に限られ,現在も日本はOECDの中でもっとも極めて高い施設や病院の入所率を維持し続けている.
- 住宅の確保にしても,そもそも住宅戸数の減少やバリアフリーの住宅は賃貸料も高いし,戸数も少ない.住宅確保要配慮者円滑入居賃貸住宅は大坂がダントツであり,他22県で10戸未満というバラツキがある.また共生を実現するためには,弱者だけが集まる閉じた居住形態ではなく,ある一定の地域の中で傷害の有無にかかわらず,自然に支え合える居住空間を作るべきである.
- 2000年の介護保険などの構造改革によって,国家責任から自己責任へ.それに伴って障害者の社会参加をめぐる運動は,参画・存在要求から制度改善要求へと変わり,全体性よりも個別的なものへ変化した.パーソナルアシスタントの考えの下,個別的な訪問介護の制度ができているが,地方にはその機能を発揮できる団体は皆無であり,また障害者当事者の思いに共感する介護者の確保はさらに困難である.
- 障害者はおしなべて低所得であり続けており,さらに逆進的な年金保険料や教育費の負担も重なり,重度の障害者にとっては移動支援に関わる経費がのしかかっている.生活の維持がやっとという中で,社会参加の幅も限定的になっていく.
- 一般雇用や就労継続支援,就労移行支援事業ともにかなり増えてきているし,賃金も上がっている.しかし,最近の就労継続支援A型事業所における大量解雇,行政機関の法定雇用率偽装に見られるような,障害がある人の労働が持つ価値の軽視が見られる.障害を持ちながら働くこと=非効率=低賃金
- 教育については,特別支援学校の生徒数,特別支援学級,通常学級で通級指導を受ける生徒数はこの10年でかなり増加している.それは多様な教育の機会の増加とみるべきであるが,まだまだなところもある.例えば,通常教育での個別対応ができずに親が付き添うように言われる.車いすの子どもをむかい入れることは危険であるとかバリアフリーになっていないなどである.
- 改善策として,雇用と生活のギャップが生じないように労働保障と所得保障が一体的に行われないといけない.それには職業訓練を含め,教育から包括的に行う必要がある.居住や移動の自由も自由主義経済だけに委ねるのでは無く,行政や国の剤最適支援が並行して進められていく必要がある.また障害者に寄り添い,意思決定支援を行っている相談支援事業者が,現在非常に苦しい立場に追い込まれている.この事業者の整備もまた国の責任として整備されないといけない.
その他,アート,スポーツ,重度行動障害者のアパートへの地域移行など事例紹介がされている.参考資料の障害者施策の歩み,1975年の障害者の権利に関する宣言から現在までの年表は参考になる.
この他,居住支援と無料低額宿泊所のあり方をめぐって,「セーフティネット対策などに関する検討会」報告の紹介がされている.参考になる資料となっているので,PDFがあるうちにダウンロードをすると良いかと思います.