小豆島 宮山招魂社
香川県小豆郡内海町
宮山招魂社
明治天皇 御製
世とともに 語りつたえよ 國のため 命をすてし 人のいさをを
忠魂碑
小豆島ビルマ会 戦友よ安らかに眠り給え
碑文
戦に敗れて三十九年 わが国は戦前にまさる平和と豊かさをとり戻すことができた この平和と豊かさは
かつての戦において 国のみ楯となって散華された多くの戦友の尊い犠牲によってかち得たものであるこ
とを忘れてはならない
われわれは敗戦以来 亡き戦友の御霊を慰めることが生存者のつとめでであると常に考え続けてきた
今その念願がかない この地に慰霊碑を建立することができた
この陰には 四十年前 遠く故郷を離れた悪疫瘴癘の地ビルマの戦線において ひたすら祖国の不滅を
信じつつ自らの青春を国に捧げ 草蒸す屍となって散って逝った小豆島出身の戦友の御霊をお祀りする
戦友よ 安らかに 安らかに眠り給え そして いつまでもわれらの郷土をお護り下さい
昭和五十九年三月 慰霊搭建立世話人 小豆島ビルマ会
忠魂碑
碑文
大東亜戦争酣なるに方り 軍は昭和二十年五月二日特攻潜艦基地を当内海湾に設け 其の部隊
本拠を小豆島中学校に置き 以て急迫せる本土防衛決戦に備えんと日夜訓練に従事す
然る処同年七月二十二日坂手湾沖海上に於て空襲に遭い此の戦闘に於て伊熊少佐以下九士戦
死す 尋て八月二日播磨灘に於て機雷に触れ堀川中尉外五士職に殉す 同月八日女神丸屋島
沖航行中機銃掃射の遭難に下山中尉外一士又散華す
然りと雖も旺盛なる士気何ぞ之に屈せん奮起以て時の到るを待つ 突如終戦の詔を拝し全軍悲憤
慷慨すれど奈何とも為す能はず 大谷司令憂国の涙を払い切歯扼腕する部下将兵を慰諭して曰く
我等の任既に極まる唯一国民として和平建国に尽さんのみと徐かに隊を解く 去るに望んで将士相
謀り戦没勇士の芳を不朽に伝えんと茲に霊碑を建つ 後人能く慰霊敬慕の誠を致さんことを
銘に曰く
錦山秀岳聖海清温 十七英霊厳安陵園 一身殉国燦栄誉尊 粛然呑涙敬弔雄魂
昭和二十年晩秋 郷土中学校教諭勲八等 中村米次広光撰并書
特殊潜航艇碑
建碑誌
昭和二十年晩秋 太平洋戦争に散った小豆島特攻基地戦没者の忠魂碑が部隊ゆかりの地古江に
建立されたが 昭和三十七年初春
当宮山の地に移された。
この間故吉岡虎光氏が中心となり遺族ならびに部隊関係者等によって慰霊祭が続けられてきたが
爾来
当地各位のご厚情に対しここに遺族ならびに関係者一同は深甚の意を表し併せて英霊が一命を捧
げた特殊潜航艇の模型を刻んでその勇魂を後世に傳えるとともにとこしえに安らかに眠られんことを
祈るものである。
昭和四十六年八月十五日 特殊潜航艇関係有志建立
特殊潜航艇碑
宮山招魂社 境内
更新日:2011/07/03