三ヶ根山

愛知県幡豆郡幡豆町

 

殉国七士廟

殉国七士墓

碑文

米国の原子爆弾使用 ソ連の不可侵条約破棄 物資の不足などにより敗戦のやむなきに至った日本の行為を

米中英ソ濠加仏蘭印比十一ヶ国は極東国際軍事裁判を開き 事後法によりて審判し票決により昭和二十三年

十二月二十三日未明 土肥原賢二 松井石根 東條英機 武藤章 板垣征四郎 広田弘毅 木村兵太郎

七士の絞首刑を執行した

横浜市久保山火葬場より その遺骨を取得して熱海市伊豆山に安置していた三文字正平弁護士は幡豆町の好

意により これを三ヶ根山頂に埋葬し 遺族の同意と清瀬一郎 菅原裕 両弁護士等多数有志の賛同とを得て

墓石を建立した

遥かに遠く眼を海の彼方にやりながら太平洋戦争の真因を探求して恒久平和の確立に努めたいものである

 

追悼碑

碑文

妖雲獄を鎮して朔風腥し 昨夜 三更 七星殞つ  暴戻の復讐太古に還る

冤を雪ぎ何れの日か 忠霊を靖んせん

殉国七僚友を哭し獄中作を記す  陸軍中将 駐独大使 大島  浩

昭和六十年四月吉日 建立

 

軍事裁判

更新日:2007/06/30