獅子文六の小説の題名、漫才師の名前にも使われた(もう、ともに忘れられかけていますが)「てんやわんや」。上へ下への大騒ぎのことで、生粋の江戸言葉です。
裏店住まいの八ツァン、かみさん愛想つかして出ていくわ、子供は腹すかして泣き騒ぐわ、米屋炭屋のかけとりも来る、隣のぼてふり夫婦は茶碗投げるの大喧嘩、向かいの御浪人はどうやら仇持ちだったらしく、抜き身ひっさげたお武家が戸を蹴破るの騒ぎでとばっちり……、とまあ、こんな状態が「てんやわんや」です。
「てんや」は「てんでに勝手なことをする」のテンデ(ン)、「わんや」は一種の擬態語ワヤワヤ・ワイワイ。すなわち、テンデンワヤワヤがつまって「てんやわんや」。いかにも陽気な江戸庶民の騒がしさを表している言葉で、明るさや楽しい語感があるせいか、今でも結構使われます。「対応にてんやわんや」とか、そうそう「嬉しい悲鳴」という言葉と一緒に使われることが多いような気がします。
似た言葉に「やっさもっさ」がありましたが、こちらは絶滅寸前。「てんやわんや」はただ騒いでいる感じですが、「やっさもっさ」はゴタゴタやイザコザ、小さないさかいといったところ。「嫁と姑のやっさもっさ」「つくの切れるののやっさもっさの色恋沙汰」と使われました。綱の引き合いの掛け声ヤッサホイサあたりが語源かといわれます。
今は何年か前に流行語にもなった「すったもんだ」にとって代わられた感がありますが、最近、「ヤッサヤッサモッサイオサオサ〜」と主人公たちが踊るテレビドラマが評判になったとかで、やや復権の気配もうかがえますが、意味としてはどうなんですかね。
ほっときゃ、ただの「てんやわんや」なものを、みんなでいじくりまわして「やっさもっさ」「すったもんだ」にしてしまうのが、今の御時世のようでありますが……。
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