---えどめぇるまがじん・harada_1--- 

米と日本人の生活 連載1

「米と日本人の生活」(東京・赤坂の株式会社虎屋文庫主催)をテーマにした、『江
戸料理百選』の寄稿者でもある原田 信男先生の講演会が開催されました。江戸料理
とは切っても切れない関係の「米」がテーマだけに、本誌読者のためにその内容をダ
イジェスト・リポートします。第1回目は、人間が米と関わりあうところまで遡り、
稲作文化の源流を探ります。

会場写真_6
会場写真

● 米の源流は中国・雲南

ご存知の通り、米はもともと日本のものではありません。インドのアッサムから中国
の雲南辺りに生えていた草でした。稲の原生種はジメジメとした場所に生えていたと
言います。その実が非常に美味しいということで、育てて食べるにようになった。そ
れを中国の長江下流域辺りで水田という装置を用いて、その中で米を栽培するように
なり、それが東アジアに伝播したわけです。したがって、米の原生種は亜熱帯の植物
です。

日本は温帯ですが、厳密にいうと、北海道では生物層植物層が変わり、温帯ではなく
亜寒帯に属します。しかしご承知の通り、北海道は現在「米どころ」です。元々温か
いところの植物であったはずの米を寒い北海道でも栽培して食べることができるよう
になった。それは日本人の米にかけた執念というか技術の成果です。

● 極めて大きい人口支持力を持った米

なぜ、日本全国で稲作が行われるようになったのか? その流れは日本の歴史と深く
関係しています。それは米の特性と深く関わっています。米の特性は次のようなもの
です。

まずは、食べて美味しい。栄養があるということです。日本人はジャポニカ種という
"単粒米"を食べますが、それ以外のところでは粒の長いインディカ米、パサパサした
米を食べている。その区別は難しいのですが、明らかに言えることは、好き嫌いはあ
ったとしても、いずれも味わいはあるし栄養価は高いということです。

そして、繁殖力が高いということもあげられます。一粒から何千粒にもなる訳ですね。

最後に保存性が高い。今日では「新米」を食べることが一般的になっていますが、基
本的に米には「保存性」があり、数年位は保存が効くようになってます。

他の雑穀も同様の保存性を持っていますが、米は食味・繁殖性・保存性に優れている
ため、極めて大きい人口支持力を持っている。ですから、米の栽培は国家と密接な関
係がある。もちろん、米に限らず、麦などもそうです。エジプト文明、メソポタミア
文明、黄河文明、インダス文明の4大文明の源になっているのは、麦などの穀物の力
が大きい。

なお、ワインは最も歴史が古いお酒ですが、世界で一番古い酒はビールです。エジプ
トやメソポタミアの文明にまで遡ります。小麦・大麦の文化から誕生した酒であるこ
とが記録からもわかります。

● 米と麦が国家を作った

したがって穀物類(米でも麦でもいいんですが)を人為的に作り上げることによって
「国家」というものが形成されるきっかけになる。世界的にみると麦の文化と米の文
化が間違いなく存在して、強力な文化国家の形成につながる訳です。

そこで少し、その問題を相対化してみるために、米と麦の分布の問題を考えてみま
す。これは世界地図を念頭に置いていただき、中央アジアを中心にして、北西と東南
を分けていただくとわかるのですが、乾燥して寒いところは小麦の栽培に適していま
す。それに対して、米は温暖湿潤なところが栽培に適しています。中央アジアを斜め
に切ってみますと、その西側には麦の文化が発達し、東側には米の文化が発達してい
るのがわかります。

●雑穀文化と乳文化

そして、実はこの食文化は、実は米の問題だけではなく、その他の動物性タンパク質
の摂取の問題とも密接に関わってきます。中央アジアには「遊牧」という文化があり
ます。牛や羊達に草を食べさせて育てる文化、基本的には「乳」を食べる文化です。
もちろん、肉も食べたりしますが、それでは自分の財産が減ってしまう。家畜から生
じる利息である「実」(チーズやバター)を食べるような文化になる訳です。

ただし、あくまでも「遊牧」は動物利用を主にした文化ですが、それが欧州で発展を
重ねまして「畑作」と結びついて「牧畜」の文化に生まれ変わる。つまり、パンと肉
の文化です。夏は山の麓で畑作を行い、冬には放牧をして、動物の牧畜をするという
文化が存在する。そして、その根底にあるのは「発酵」する文化であり、乳を発酵さ
せたバターやチーズなどの食物の文化です。

●豚と稲作文化がセットになった東南アジア 会場写真_9 会場写真

それに対して東南アジアは温暖湿潤、湿っていて暖かい。そのような場所には水田を
作って米を食べる文化が出来上がってくる。そして、この場合、動物性タンパク質の
摂取源は「豚」な訳です。豚は群れを成さないので、遊牧には適しません。むしろ農
業を行いながら、豚を飼って、その米と豚を食すようなパターンが東南アジアの食文
化になるのです。普通は豚と稲作文化はセットになります。

少し脱線しますが、中国は華北と華南では大きく異なる文化を持っています。華北で
は、麦と牛肉に麺や餃子・饅頭と牛肉料理が主要になります。それが華南ですと、米
と豚肉がメインになる訳です。同じ中国でも北と南で全然違う食文化をもちますが、
これは気候の違いに起因する訳で寒冷乾燥と温暖湿潤と、まさにパラレルな関係にあ
ります。

●魚とセットになった日本の稲作文化

そこで、日本に豚はいたかいなかったかが問題になる。例えば、沖縄ではブタを便所
で飼います。朝鮮半島の済州島では、石囲いの中で飼い、其処が便所なんですね。排
泄物や、残飯などを食べさせながら豚を養い、稲作とセットで食べてきた。稲作文化
では、もうひとつの重要な動物性タンパク質があります。それは魚です。海の魚を想
像しがちですが、水田とつながるのは田圃で稲作を行いながら飼う淡水魚です。現在
の寿司の原型はここにあるのです。

例えば、琵琶湖の「なれ鮨」。フナを保存して、発酵させて祭りの時に食べる。これ
は発酵していて酸っぱい。そこで、「すっぱし」、酸っぱいところから出でて、祭り
の目出度いところから「寿」の字を当てはめたのが、「寿司」の始まりです。それが
やがて「押し寿司」とかは「はやずし」とか、現在のように「にぎりずし」なるのが
江戸時代な訳です。様々なバリエーションに進歩したのは江戸時代ですが、もともと
は水田地帯の中で魚を飼うというパターンの中に寿司の原型があったわけです。

●調味料の始まり

東南アジアには米と豚と魚をベースにした文化が広まった。ではこの地域の調味料と
はなにか? 先ほど、欧州の場合の調味料は乳製品だった訳ですが、アジアの場合は
魚と豆の発酵させたものになります。

魚を使う発酵製品、それは「魚醤」と言われます。魚と塩を混ぜて放っておきますと
発酵します。これによって旨み調味料のグルタミン酸が出来上がります。最近ではだ
いぶキムチに対する理解が深まりましたが、朝鮮半島のキムチが美味しいのは「魚
醤」独特の風味です。辛いのが美味しいのではなくて、魚醤油により味付けで美味し
くなる訳です。水田で飼っていた魚を発酵させて、それを調味料にしていた訳です。

ただ、やがて豆を使うようになってきます。大豆の発酵による調味料。これが皆様ご
承知の醤油味噌になる訳です。東アジア、厳密にいうと中国・朝鮮半島・日本で発達し
ますが、朝鮮半島では、「魚醤」と「穀醤」を両方使用しています。

日本でも、一部「魚醤」の文化が残っており、秋田の「しょっつる」や、能登半島の
「いしる」「いおしる」と呼ばれる魚醤油がそれです。日常的に食されている「塩
辛」や「くさや」なども、魚の発酵させた食文化の体系の一部ですが、日本では、か
なり限定されて用いられているに過ぎません。

次号に続く。
この後、原田先生から語られる話によると、日本には他の東アジアの国々とは全く違
う、独特の食文化の形成がなされているという。その決定的な「違い」とは何か? 

次回の講演内容は、コチラへ。→
http://www.asahi-net.or.jp/~UK5T-SHR/harada_2.html

●プロフィール

 原田氏写真
  (原田氏写真)

栃木県宇都宮市に生まれる。明治大学院文学部卒業後、大学院博士課程修了。
国立民族学博物館・国立歴史民俗博物館・国際日本文化研究センターの共同研究員な
どを務め、京都市、埼玉県鷲宮町・三郷市、茨城県千代川村・境町の自治体史編纂お
よび角川日本地名大辞典の編纂に参加。明治大学・札幌学院大学・東京水産大学の非
常勤講師を兼任。
現在は、札幌女子大学短期大学部教授として教鞭を執る。専門は日本中世近世村落史
・生活文化史、食文化についても研究。

地方史研究者協議会・日本史研究会・歴史学研究会・史学会・駿台史学会・群馬歴史
民俗研究会・江戸遺跡研究会・多摩郷土史研究会・栃木県歴史文化研究会・道具学会
・日本民俗学会に所属。

著書
『江戸の料理史』中公新書 サントリー学芸賞受賞
『歴史の中の米と肉』平凡社選書 小泉八雲賞受賞
『木の実とハンバーガー』NHK出版
『小シーボルト蝦夷見聞記』(共著)平凡社東洋文庫
『中世村落の景観と生活』思文閣史学叢書
『江戸料理百選』(共著) 2001年社他

WWW-Site
「原田信男(Harada Nobuo)の新ホームページ」
 http://www32.ocn.ne.jp/~harada_nobuo/


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