栄山寺 本堂
Main Hall of Eizan-ji Temple

養老3年(719年)藤原不比等の子、武智麻呂の創建。本堂の左側から奥に入ると辻本良尊師の八角堂の壁画の写真を見ることができる。
背後の山の向こう側、国道24号線とJR和歌山線沿いの土地は「宇智野」と呼ばれ、万葉集巻一の3、4に天皇の狩猟の歌とその反歌がある。
「たまきはる宇智の大野に馬並めて朝ふますらむその草深野」(4 反歌)
写真の石碑に「行宮」とあるのは、南朝の後村上、長慶、後亀山三帝の行在所があったからだが、ここまで来れば、何かあっても南の吉野に逃げ込めば良く、壬申の乱以来、この辺りは大きな政争の度に貴人が南下したり北上したり、何かと忙しい土地だったようだ。寺の前を吉野川が流れていて、水はやや緑がかったきれいな色だ。川面に近い広く平らな岩の上に二人の女性がいて、楽しそうに話していた。     次へ