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第四章
  心象の森・果てなき空へ 7編


永遠の夏吟遊詩人の短い夏四月の水辺に
五月の翳 森の深奥で 脱皮 〜明日への飛翔〜
風の名前 〜春の想念〜








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 「永遠の夏」



  

 生き急ぐ、 我らをなだめるかのごとく

 入道雲はゆるやかに流れ。

 波打ち際の涼風は、

 我らの心を瑠璃色に染め。



  夏はここにあり。

  我らの記憶を内側から照らし、

  永遠の水平線に、

  いつも静かに燦然と。








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「吟遊詩人の短い夏」



    




  おそらくギターを片手に放浪するとき

  既に吟遊詩人は <ひと> ではない

  それは、

  季節の花の香り

  鳥たちのさえずり

  虫たちの羽ばたき

  小川のせせらぎ

  実りゆく果実

  それと同じく命のはかなさで

  吟遊詩人の歌は紡がれる



  <ひと> はそこから何かを見いだせばよい

  何かを聴き、何かを嗅ぎ、何かを味わえばよい

  季節が変われは

  寒さに耐えきれず死んでいく

  虫のような命

  吟遊詩人の夏は短く、だが燦然と輝く

  砂糖菓子のように消えていくならそれでもよい

  ひととき <ひと> が安らかでいられれば

  まして氷砂糖の結晶のように長く透明を保てれば



  いつかはこの指先から水晶を紡ぎ出さんと

  今日も吟遊詩人は弦を爪弾き、

  歌を風に乗せて届ける

  命は滅びても次の命に受け継がれ

  無為のいとなみは繰り返される

  星のめぐるように、陽のめぐるように








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「四月の水辺に」



 


 私たちは心臓の裏側に緑色の時計を隠し持っている

 それは確実にこの季節に時を告げ

 めまいと頭痛ともう一つ計り知れない高揚感をもたらす




 だが私たちは老いやすく

 しかもめまぐるしい現実の時計の振り子に振り回され

 だから

 もう一度今

 心の底の緑色の時計の音を聴こう

 軽やかに風をはらんで滑空するの翼

 ゆるやかに流れゆく川面に舞い降りる柳の葉の一片

 木漏れ日をはらんで大空に枝を伸ばす楠の大樹の新芽

 夕暮れの帰り道 轟と鳴り響く緑青も深き釣鐘

 古寺の庭にのごとく敷かれた蒼い苔

 その人の黒い瞳の奥に燃える緑色の炎




 夏の恋を思い出すとき心によみがえる陽炎

 秋の夜に飲んだ美酒

 聖夜を彩るの葉




 緑色の時計は一年中時を刻んでいるけれど

 一年中で一番

 今 このとき この瞬間

 一番めまぐるしくまわるから

 四月の水辺でもしも眠たくなっても

 目を閉じてはいけない

 目覚めたときに水仙の花に変わってしまったあなたを

 私は捜すことができないから



 ただもう一度今静かに

 緑色の時計の音を聴こう

 この地上のすべてのものたちに

 等しく輝かしい四月が訪れたことに 感謝を込めて











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 「五月の翳」



  



 それは少女の黒く長い睫毛 

 まるで湖の岸辺に立つ白樺の並木のように

 陽射しを遮って



 クローゼットにしまわれた麦わら帽子にも

 窓辺をふちどるカーテンにも

 カンパリソーダのグラスの底にも

 閉じられた日記帳にも

 五月の翳は ひそんでいる



 それは

 なくし始めた未来へのオマージュかもしれない

 それとも

 第三の目がとらえた真実の風景か




 光を思うときなぜか陰を思う

 期待を抱くときなぜか失望を隠し持つ



 五月の翳と輝きは

 命と同じかたちをして

 あなたのすぐそばに立っている








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 「森の深奥で」



  


 僕はずっとこの森で探している。

 森は、多くのことを教えてくれる。



 知りたかったのは、風の行方ではない。

 知りたかったのは、森の深さでもない。



 知りたかったのは、

 僕がこれからどこへ歩いて行くのか。



 そして、その行方を照らす

 はるかなる光の在処。








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「脱皮 〜明日への飛翔」


  



  脱ぎ捨てる

  きのうの涙顔の表皮を一枚

  傷ついた横顔の薄皮を一枚

  強がって虚勢を張って被っていた

  ビニールのような透明幕を脱ぎ捨てる
   


  蝉は抜け殻を背負ったまま飛べない

  だからメタモルフォーゼは訪れる


  生命の夏は短い

  薄羽根で風を切って飛ぼう

  わたしの名を呼び続ける声が聞こえている

  その響きを信じて

  夕日に向かって羽ばたこう

  星の海を越えて

  金色の光に縁取られた

  新しい朝の地平線をめざして








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 「風の名前 〜春の想念〜」



   



 風の中に吹く

 もう一つの風を

 見たことがありますか



 流れの中にひそむ

 もう一つの流れを

 見たことがありますか



 青い葉が

 芽生え色づき

 そして朽ちて果てるまで

 季節はめぐり続け



 太陽は照り

 鳥は歌い

 魚は泳ぎ

 恋人たちは語らい

 死者は静かに眠り

 星は遠くまたたく



 だが私たちは行かなくてはならない



 寓意の森の精霊が奏でる音楽を

 抽象の湖の妖精が描いた一幅の絵を

 白いノートに写し取るために



 偶然を必然に変えるために



 そして、瞬間を永遠に刻むために



 風の中に吹く

 もう一つの風を

 感じたことがありますか



 心を揺るがしながら

 吹く

 静かな

 大きな 

 その風を



 その風の名を

 私は

 『想念』と

 呼んでいるのです

               







                  




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