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組写真における表現意図の設計

組写真では、表現意図と写真との距離が離れる

 組写真でも、単写真と同様に、表現意図が重要です。では、組写真の表現意図は、単写真とどう違うのでしょうか。また、どのような形の表現意図になるのでしょうか。非常に重要な点なので、詳しく解説しましょう。

 組写真が単写真と異なるのは、表現意図と写真との関係です。単写真の場合は、表現意図どおりに写真を撮影します。当然、1枚の写真に込められる表現意図に制限されます。被写体の持つ美しさ、面白さ、不気味さなど、かなり単純な内容しか取り上げられません。

 しかし、組写真では、複数の写真が使えます。それも数枚という少数だけでなく、必要なら数十枚とか数百枚も。その分だけ、より複雑で、より難しい表現意図が可能です。このような表現意図は、そのまま写真に表すのが難しくなります。つまり、表現意図と写真との距離が遠いのです。どれだけ遠いかは、表現意図の中身によって異なります。当たり前ですが、写真で表現するのが難しい内容ほど、表現意図と写真との距離が遠いのです。

 距離が遠いというのは、分かりにくい表現かも知れませんね。もっと直接的に表現をするなら、「組写真に含まれる写真のどれか1枚を見ただけでは、表現意図が思い浮かびにくい」という感じでしょうか。思い浮かびにくい度合いが大きいほど、距離が遠いことを意味します。

複数の要素に分解して、表現意図に合った写真を決める

 では、写真との距離が遠い表現意図の場合、どのように表現すればよいのでしょうか。より遠いほど、表現意図をかみ砕く必要があります。簡単に説明するなら、表現意図を複数の要素に分解し、その要素を表すための写真を撮影するわけです。つまり、表現意図と写真との間に、複数要素という中間物を挿入し、全体が3層になります。ちなみに単写真は、中間層のない状態で、表現意図と写真の2層です。

 もし最初に用意した中間層の要素が写真で表現できないなら、さらに複数の要素に分解します。中間物を2段階で挿入し、全体として4層になるわけです。表現意図と写真との距離が遠いほど、中間物の層が増えます。どの層でも、1つの要素を複数の要素に分解するわけですから、層が多くなるほど、必要な写真枚数が増えます。

 中間層に含まれる複数の要素というのは、表現意図を分解して理解するための部品と同じです。分解のやり方は、人によって異なります。そのため、表現意図が同じであっても、分解した要素の中身や、必要な中間層の数も違ってきます。違った結果がその人なりの表現となり、違っているから面白いのです。

 表現意図が難しいほど、中間層に含まれる要素を上手に作る必要があります。上手に作らないと、出来上った写真から表現意図が伝わらないからです。そのため、表現意図が難しいほど、中間層の要素を上手に作れるかどうかで、意図が伝わるかどうかが決まります。つまり、組写真の最大のポイントは、中間層の要素を上手に作れるかどうかなのです。

表現意図の分解例を見ると、理解しやすい

 ここまでの話は、あまりにも抽象的なので、よく理解できない人が多いと思います。そこで、表現意図を分解する過程の最初の部分だけを、1つの例として挙げてみましょう。

 最初の出発点として、表現意図を決めなければなりません。後述するように、組写真の場合は、いろいろな表現意図が可能です。ここでは、ある職人の生き様を、表現意図に選びます。説明しやすいように、その職人を、伝統工芸品を作っているX氏としましょう。

 最初に考えるのは「X氏に生き様とは何なのか」です。いろいろありますね。職人としての生き方、親としての生き方、夫としての生き方、男としての生き方、地域の住民として生き方、日本人としての生き方などです。全部含めるとあまりに広いので、職人としての生き方だけを選びます。たった1つだけ選んだので、分解にはなりません。表現意図が「X氏の生き様」から「X氏の職人としての生き様」に変わったことを意味します。

 続いて、職人としての生き方の分解です。一流の職人を自負するX氏ですから、いろいろなことが挙げられます。たとえば、次のような。

・自分が受け継いだ伝統を後世に伝える
・自分の作った物に誇りを持つ
・いつでも手を抜かずに仕事する
・道具を大切にする
・自分の腕を磨き続ける
・作った物を喜んでくれる顧客を大事にする

 この全部を入れるかどうかは、作者の判断で決まります。数個に絞っても構いません。どんな事柄を挙げるか、その中からどれを残すのかが、作者ごとの違いとなって現れます。

 もう少しだけ続けましょう。上記の事柄を全部選んだとします。それぞれについて、写真で表現可能かを考えます。もし無理なら、再び分解するしかありません。たとえば、「道具を大切にする」なら、次のような事柄に分解できます。

・道具を常に最高の状態に保つ(手入れをする)
・道具の良さを生かしながら作業する
・道具をきちんと片付ける
・道具に愛情を持っている
・道具が自慢の一品でもある

 これらも、作者によって内容が異なるでしょう。だからこそ、面白いのです。こうした分解は、どんな写真を撮影するのか分かるまで続けます。その辺の考え方は、次のページを参照してください。

組写真を理解すると、いろいろな表現意図が可能に

 以上のような感じで、表現意図を写真に落とし込んでいきます。この考え方を知れば、いろいろな表現意図が写真で伝えられると分かるでしょう。

 表現意図が難しい場合、簡単に撮影して終わるという形にはなりません。何ヶ月とか何年とかの歳月を費やして、じっくり長く撮影するはずです。そんな表現意図の例を、いくつか挙げてみました。

< 組写真における表現意図の例 >
・人間の感情:優しい、醜い、喜び、怒り
・人間の状態:活発、おびえ、無気力、忍耐
・人間の意識:勇気、信念、希望、後悔
・人間の色々:生き様、関係(仲間など)
・文化的価値:歴史の重み、文化遺産の魅力
・社会の状況:環境破壊の恐ろしさ、戦争の悲惨さ
・特定対象の特徴や歴史:人間、集団、業界、道具、建物

 これらは、一部の例でしかありません。自分が本当に伝えたい表現意図を、もっと幅広く自由に考えて選べばよいのです。単写真と同じように、何のどんな状態(または特徴など)という形式で。たとえば、人間の醜さ、文化遺産○○の魅力、人間△△の生き様、といった風にです。

 ただし、表現意図として、あまりにも広い内容を設定すると、まとまりがなくなります。ある程度の絞り込みが必要でしょう。前述の職人の例のように、分解する過程で絞り込みます。

 もう1つ、表現意図が写真で表現できそうかも考慮します。ただし、最初からあきらめる必要はありません。試しに、複数の要素に分解してみて、本当に無理だと判断したときだけ、あきらめればよいのです。

表現意図は、表面的な言葉ではなく掘り下げが大事

 表現意図から複数の要素を求める際に、役立つ考え方を少し補足しましょう。組写真として魅力的な作品を作るには、表現意図の言葉を表面的に捉えるのではなく、言葉に含まれる意味を深く掘り下げる必要があります。

 たとえば、人間の喜びを表現しようとした場合、表面的に喜んでいる様子を伝えたいのでしょうか。喜びで笑っている写真を集めて。もちろん、そうすれば簡単に仕上がるでしょう。しかし、そんな作品に、組写真としての魅力はあまりありません。

 組写真の魅力とは、単写真では表現できない意図を、見る人にハッキリと伝えることです。何を見てほしいのか、何を感じてほしいのか、何を考えてほしいのか、といった部分を。

 そのためには、表現意図として挙げた言葉の持つ意味を深く考えます。人間の喜びなら、喜びのどんな面を表現したいのか、よく考えてみます。喜びとは何か、なぜ喜ぶのか、喜ぶとどうなるのか、喜びの反対は何か、喜ぶと周囲はどうなるのか、など何個も出てくるでしょう。それをさらに深く考えてみます。

 こうやって考え続けると、自分が表現したい方向が見付かります。これこそ、表現意図の絞り込みです。その後は、表現意図を伝えるための複数の要素を求めていけばいいのです。

表現意図を早目に決めるのが一番大事

 ここまでの話では、組写真の表現意図が最初にあり、それをどのように料理するかが中心でした。しかし、そうでない状況もあり得ます。たとえば、どこか初めての場所に旅行に出かけ、その場所で何かの組写真を作ろうとする場合です。

 再び訪れる可能性がない場合には、すべての写真を旅行中に撮影し終わらなければなりません。まさに一発勝負です。事前に情報を集めたり、地元の人に話を伺ったりして、旅行先の大まかな特徴を把握する必要があります。それも、できるだけ早目にです。特徴さえ得られれば、その中から表現意図に使えそうなものを選びます。あとは、前述の方法どおりに、含まれる要素に分解するだけです。

 そうは言っても、特徴が簡単に把握できない場合もあるでしょう。その状態で撮影し続けても、良い組写真が仕上がる可能性は低いでしょう。仕方がないので、表現意図を仮決めして必要な要素を求め、それに沿って撮影していくしかありません。

 その場合、1つの表現意図に仮決めすると、それが無理だと判明したとき、手も足も出なくなります。少しでも救えるようにと、仮決めする表現意図は3つぐらい用意します。それぞれで必要な要素を求め、それに沿って撮影を続けます。撮影する枚数は増えますが、失敗の可能性を減らす効果があるので、仕方がないでしょう。

 仮決めの数が多いほど、それのどれかが最終的な表現意図になる可能性は高まります。撮影枚数が増えるという代償と引き替えに。ただし、仮決めに頼るのは禁物です。仮決めの数に関係なく、最終的な表現意図をできるだけ早目に決めることが非常に大事ですから。この早目の決定こそ、組写真を成功させる最大のポイントといえます。

組写真の中心は表現意図

 以上が、組写真における表現意図の基本的な考え方です。単写真とは、まったく異なることが理解できたと思います。

 単写真での表現意図は、被写体の直接的な表情でもあります。被写体を見てから思い付き、それに沿って撮影するやり方です。あくまで被写体が中心であり、被写体と大きく関わる内容です。

 それに対して組写真の表現意図は、もっと別なところに位置にあります。より抽象的であったり、より普遍的であったり、人生や社会により近かったりします。長い時間をかけて撮り続けるのに値する内容です。

 もっとも大きな違いは、何が中心かです。単写真では、被写体が中心となります。被写体の発見がきっかけとなり、それをどのように表現するのか考えて撮影するからです。表現意図はありますが、それは被写体の魅力を重視して考えた結果です。その意味で、中心となるのは被写体です。

 ところが、組写真はまったく異なります。最初に考えるのは表現意図で、それを複数の要素に分解します。被写体が登場するのは、一番最後です。しかも、その被写体以外でも、条件を満たす被写体は存在します。つまり、中心となるのは、被写体でなく表現意図なのです。

 もう1つの大きな違いは、被写体までたどり着く工程です。単写真では、被写体の発見が最初にあるので、たどり着く必要はありません。逆に組写真では、表現意図から複数の要素を求め、それを被写体の条件に落とし込みます。最後に、条件にあった撮影をする時点で、実際の被写体を選びます。

 組写真の場合、中心が表現意図にあり、それを複数の工程で深めていきます。まさに、設計しているという感じです。それに比べて単写真の場合は、直感的に行っているという感じでしょうか。このような特徴の違いを理解し、大事な何かを設計するという意識で、組写真の表現意図を作りましょう。

(作成:2003年8月8日)
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