中臣女郎 なかとみのいらつめ 生没年未詳

伝不詳。「中臣女郎」は中臣氏出身の令嬢に対する敬称。 万葉集巻四に五首掲載。いずれも大伴家持に贈った歌。

中臣女郎の大伴宿禰家持に贈る歌

をみなへし佐紀沢(さきさは)に生ふる花かつみ嘗ても知らぬ恋もするかも(万4-675)

【通釈】佐紀沢に生える花かつみ――かつて思いも知らなかった恋をするのであるよ。

【語釈】◇をみなへし 「佐紀沢」に掛かる枕詞。佐紀沢は奈良の佐紀の沢。◇花かつみ 不詳。水辺に生える草の名。真菰、かきつばたとする説などがある。

【補記】第三句までは「かつて」を言い起こすための序。

【他出】古今和歌六帖、綺語抄、和歌童蒙抄、袖中抄、夫木和歌抄
(万葉原文の第四句は「都毛不知」で、かつては第四句を「みやこもしらず」と訓んでいた。)

【主な派生歌】
陸奥のあさかの沼の花かつみかつ見る人に恋ひやわたらむ(*よみ人しらず[古今])

 

春日(かすが)山朝居る雲の(おほほ)しく知らぬ人にも恋ふるものかも(万4-677)

【通釈】春日山に朝かかっている雲のように、ぼんやりとしてよく知らない人に恋することだよ。

【語釈】◇春日山 奈良市の東郊、春日山・若草山など一帯の山々の総称。◇おほほしく 「おほほし」は天平期の和歌、特に家持周辺で好んで用いられた語。霧がかかったような朧な情景、ぼんやりとした不安な心情などを表わす。

【補記】初二句は「おほほしく」を言い起こすための序。万葉集にはよく似た序が幾つか見える(参考歌)。

【他出】五代集歌枕、新勅撰集(よみ人しらず)

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻七
秋津野に朝居る雲の失せゆけば昨日も今日も亡き人思ほゆ
  大伴像見「万葉集」巻四
春日野に朝居る雲のしくしくに我は恋ひ増す月に日にけに

 

(ただ)に逢ひて見てばのみこそ玉きはる命に向かふ()が恋やまめ(万4-678)

【通釈】あなたにじかに逢えた時――その時こそ、命をかけた私の恋はやむのでしょう。

【語釈】◇命に向かふ 命を相手にする。命も失せるほど強く恋していることを言う。

【他出】古今和歌六帖、俊頼髄脳、綺語抄、袖中抄、色葉和難集、井蛙抄

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻十二
まそ鏡直目(ただめ)に君を見てばこそ命に向かふあが恋やまめ

【主な派生歌】
夜もすがら月にうれへてねをぞ泣く命に向かふ物思ふとて(*藤原定家[続後撰])
かはれただ別るる道の野べの露命に向かふ物も思はじ(定家)


更新日:平成15年12月28日
最終更新日:平成21年08月17日