儀子内親王 ぎしないしんのう(のりこ-) 生没年未詳

花園院の皇女。母は権大納言正親町実明女(前太政大臣公守養女)、宣光門院。徽安門院の同母姉妹。
後期京極派の代表的女流の一人。康永二年(1343)か三年の院六首歌合、おそらく康永年間の院五首歌合・院恋五首歌合、貞和五年(1349)の光厳院三十六番歌合、貞和末年の三十番歌合などに出詠(隠名「権大納言」)。風雅集に二十六首、新千載集に一首。

  3首  2首  3首  3首 計11首

院五首歌合に、秋視聴といふ事を

吹きしをる千草の花は庭にふして風にみだるる初雁の声(風雅528)

【通釈】激しい風が吹きたわませる千草の花は庭に倒れ伏し、空をゆく初雁の声がその風に乱されて届く。

【補記】康永年間の花園院主催の歌合。視覚・聴覚両面で捉える秋の情趣を主題とする。

院五首歌合に、秋風月といふ事を

風におつる草葉の露もかくれなくまがきにきよき入りがたの月(風雅630)

【通釈】風に吹かれて落ちる草葉の露もあからさまに見えるほど、籬には沈みかけの月の清らかな光……。

時雨を

山あらしにうき行く雲の一とほり日かげさながら時雨ふるなり(風雅731)

【通釈】山嵐に吹かれ漂う雲の通り道に沿って、日は照りながら時雨が降っているらしい。

【参考歌】進子内親王「延文百首」
山あらしのあらくすぎつる一とほり花のふぶきに空とぢぬなり

題しらず

吹くとだにしられぬ風は身にしみて影さえとほる霜のうへの月(風雅779)

【通釈】吹いているとさえ気づかない風は身に沁みて冷たく、地面の霜に映る月影は寒々と透き通っている。

【参考歌】藤原定家「拾遺愚草」
さえとほる風のうへなる夕づくよあたる光に霜ぞちりくる
  伏見院「御集」
さえとほる霜夜の袖はうすくして月ぞはだへにしむ心ちする

題しらず

うすぐもりをりをりさむくちる雪にいづるともなき月もすさまじ(風雅848)

【通釈】うっすらと曇り、折々うそ寒く雪を散らせる空、そこへ昇るともなく昇る月――何とも荒涼とした風景だことよ。

【補記】「いづるともなき月」は、空が薄曇りのため、山の端を出たかどうか、はっきりそれと分からない月、ほどの意。

恋歌に

われと人あはれ心のかはるとてなどかはつらき何か恋しき(風雅1180)

【通釈】私と恋人と、ああ、心が変わるからと言っても、どうして彼は私にああも冷たく、私は彼がこうも恋しいのだろう。

【参考歌】よみ人しらず「拾遺集」
我ながらさももどかしき心かな思はぬ人はなにか恋しき

寄書恋を

思ふほどは書かじとおもふたまづさに猶ともすればすすむ言の葉(風雅1216)

【通釈】本心に思っている程は書くまいと思う手紙なのだけれど、それでもやはり、ややもすると溢れ出てしまう言葉よ。

【補記】題は「書に寄する恋」。手紙にこと寄せた恋歌。深層意識や無意識への関心は京極派の恋歌の一特徴。

【参考歌】永福門院「玉葉集」
玉章にただ一筆とむかへどもおもふ心をとどめかねぬる
  京極為子「玉葉集」
物おもへばはかなき筆のすさびにも心に似たることぞ書かるる

院恋五首歌合に、恋涙を

すべてこの涙のひまやいつならむあはれはあはれ憂きは憂しとて(風雅1249)

【通釈】いったいこの涙が止まる時はいつあるのだろうか。いとしい時はいとしいにつけ、辛い時は辛いにつけ、涙を流してばかりで。

【補記】この「あはれ」は、恋人と深く心が通い合った時などの喜ばしい感情。恋歌において「あはれ」と「憂し」を対立的に捉える例は多い。

【本歌】よみ人しらず「古今集」
あはれとも憂しとも物を思ふ時などか涙のいとながるらむ

題しらず

更けにけりまだうたた寝に見る月のかげもすだれに遠くなりゆく(風雅1520)

【通釈】夜はすっかり更けてしまった。転た寝から目覚め、まだ横たわったまま見る月の光も、簾から遠ざかってゆく。

雑歌の中に

つくづくと独りきく夜の雨の音はふりをやむさへさびしかりけり(風雅1670)

【通釈】しみじみと独りで聞いていた夜の雨音――ふと降り止み、ほんのしばらく音が途切れるのさえ、淋しいものなのだった。

【補記】寂しさを醸し出す原因であったはずの夜の雨音が途切れ、その空白がかえって一層の寂しさを生み出す。閑寂境に言わば《存在と無》の深淵を垣間見せる、後期京極派の至り着いた一極致と言うべき秀作。

【参考歌】二条為子「玉葉集」
吹きたゆむひまこそ今はさびしけれ聞きなれにける峰の松風
  伏見院「御集」
つくづくと見ぬそらまでもかなしきは独りきく夜の軒の春雨

題しらず

山松はみるみる雲にきえはててさびしさのみの夕暮の雨(風雅1695)

【通釈】山の松は見る見る雨雲のうちに消え果てて、残るのは寂しさばかりの夕暮の雨よ。

【参考歌】永福門院内侍「風雅集」
ながめつる草のうへより降りそめて山の端きゆる夕暮の雨


最終更新日:平成15年01月22日