薔薇 そうび/しょうび(さうび/しやうび)  China rose

庚申薔薇 大船フラワーセンターにて

日本には薔薇の原生種がいくつかあり、「うばら」「いばら」と呼んでいた。同じ薔薇の仲間でも、唐土から渡来したものは漢語「薔薇」を音読して「しやうび」「さうび」と呼び、在来種の薔薇とは別物と見ていたようだ。本章では、近代以降大量に渡来し栽培された西洋薔薇(ばら)は除き、古く中国から舶来した薔薇(そうび)を詠んだ歌のみを取り上げたい。

古今集には「さうび」を題とした歌が見え、西暦10世紀初めには既に渡来していたことが知られる。

『古今集』 さうび 紀貫之

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり

「今朝(うひ)に」に「さうび」の名を隠した物名歌である。今朝、初めて見たその花の色を「あだなる物と」言うべきであったよ、という歌。この「花」は題の「さうび」を指し、当時薔薇(そうび)がまだ珍しい花であったと知れる。「あだなる」は「徒なる」とも「婀娜なる」とも取れるが、ここは両義を籠めたと見たい。はかないけれども、美しい、ということだ。「あだなる」と言う色は紅である。和歌における「さうび」は紅と定まっていた。

『原色牧野植物大圖鑑』によれば、平安時代に渡来して賞美された薔薇は庚申(こうしん)薔薇、別名長春花(上の写真参照)。中国四川・雲南の原産。一年を通して何度も咲くので、隔月を意味する庚申月に因んだ名という。しかし最もよく咲くのは初夏である。

バラ ブルボン系
庚申薔薇から作出された紅薔薇

和名が付かなかったために、物名歌の題として以外滅多に詠まれない時代が続いたが、近世になると、薔薇(そうび)の花そのものを写した歌も僅かながら見られるようになる。

志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集』 薔薇(さうび) 橘曙覧

羽ならす蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲くさうびかな

「窓をうづめて」と言うのは垣根に絡みついたさまだろうか。とすれば、当時流行した難波茨(ナニワイバラ)の白花などを想像しても良さそうだが、古歌の例からすると、やはり紅い薔薇と見るべきだろうか。いずれにせよ、華やかな薔薇の存在が、羽音をたてる蜂も「あたたか」に見せるという、初夏の窓を鮮やかにスケッチした歌だ。

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  『西国受領歌合』 作者未詳
今年うゑて見るがをかしさ(うひ)に咲く花の枝々くれなゐにして
色ふかくわきてか露のおきつらん今朝うひに咲く初花の色

  『夫木和歌抄』(さうび) 権僧正公朝
(はし)のもとに紅ふかき花の色もなつきにけりとみゆるなりけり

  『うけらが花後編』(さうび) 橘千蔭
鶯のあさうひごゑを鳴きつるはきのふと思ふに春ぞ暮れゆく


公開日:平成22年06月15日
最終更新日:平成22年06月15日

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