恐竜病院
              

                                    「恐竜病院の周辺」授賞式など


  塾の帰り、テストの成績が悪かったこともあって、草太はいらいらした気分のまま駅を出
た。
 草太はいつの間にか、いつもの道ではなく、糸田川へ続く遊歩道を歩いていた。
 堤防の上からは、この川辺市には珍しく緑が広がっているのが見える。
 草太はこの風景を見ると、なぜか懐かしい気持ちになり、心が落ち着く。堤防の上の道を
 半分ほど行ったとき、
「あ、あれは………」
草太は思わず足を止めた。
 草太の目は、堤防のすぐ下に建っている病院の二階の窓に引きつけられた。
「恐竜や!」
 草太の目の高さとほとんど同じ高さの二階の窓際に、どう見ても恐竜にしか見えない姿を
見たのだ。そして、草太の方に顔を向けるとさっとカーテンを引いた。
 恐竜の姿が見えなくなっても草太はしばらくその窓から目を離すことができなかった。
〈絶対今のは恐竜や。ようし、あした竜一を誘って調べに来よう〉
 草太はそう決心すると、『原田産科病院』を後に堤防の上を走り始めた。

 草太の親友、花村竜一は草太と同じ五年一組で恐竜博士で通っている。
 どんな恐竜でも、絵の一部を見るだけで名前を言い当てるし、恐竜の生態や特徴をまるで
見てきたように話すことができる。 
 草太は翌朝登校するとすぐに竜一を廊下の隅に引っ張っていって、昨夜見た話をした。
「それは草太の見間違いや」
 竜一は話を聞くとあっさりいった。
「おれ、見たんや。ぐっと首を回しておれの方を見たんや」
「はなれた窓越しにか?」
「いや、間違いないって。な、親友やろ。放課後その病院に探検に行こうよ」
 竜一があんまり熱心に誘うからか、竜一は仕方なさそうにうなずいた。

 その日の放課後、草太と竜一は『原田産科病院』へやってきた。
 病院は三階建てで、そんなに大きくはない。
「平気な顔をしとくんやで。きっとだれかのお見舞いやと思うよ」
 草太はそういうと玄関のドアを開けて中に入った。
 そして、右側のくつ箱からスリッパを出そうとした草太の目に、突然、見渡すかぎり広がる
緑が飛び込んできた。
 鮮やかな緑の森がはるかにかすむ山々まで続いている。
 大きいポスターだった。下の方に、『川辺市に百万本の木を植えよう委員会』とあり、事務
局原田産科病院と書いてある。
「どうしたんや」竜一が聞いた。
「うん、これ、母ちゃんが熱心にやってる」
 そのとき、正面の受付の向こうでちらっと人が動いた。草太と竜一はあわててスリッパには
きかえると右側の階段へ急いだ。
 二階へ上がると廊下が左右に伸びている。
 廊下の突き当たりに『新生児室』と表示があった。
「行ってみよう」
 『新生児室』はすぐだった。左側一面が大きく開けて、ガラス越しに広い室内が一目で見え
る。
 ずらりとベビーベッドが並んでいて、赤ん坊が一人ずつ寝かされている。
「もうええやろ。どう見ても、ふつうの病院やん。怪しいとこなんてないで」
「あれはたしか、堤防側の、端から二つ目の窓やったから、その部屋だけでもたしかめる」
「どうするんや」
「ノックして、間違った振りして中を見てみる」
 草太はそういいながら、窓の外を見て位置を確かめた。
「多分この部屋や」
 二〇五号室と書かれた部屋の前に二人が立ったとき、階段から看護師さんが上がってくる
のが見えた。
「やばい!」竜一はあわてて草太を引っ張ると三階への階段を上りかけた。
「ちょっと君たち」
 後ろから看護師さんの呼ぶ声が聞こえた。
「逃げろ!」
 二人は夢中で階段をかけのぼった。
 三階でも、廊下は同じように左右に伸びていた。しかし、どこにも隠れるようなところはない。
 竜一がすぐ左の部屋のドアに手をかけるとすっと音もなく開いた。二人は素早く中にはいる
とドアをしめて息をひそめる。
 追ってくる足音もしないので、草太は何気なく後ろを振り返って、
「あっ」と、声を上げた。
 部屋には何十ものベビーベッドが並んでいたが、ベッドの上には一つずつ大きくて真っ白な
卵が置かれていた。
「恐竜の卵や!初めて見た」
 竜一がおびえたような声でいった。
「逃げよう、竜ちゃん」
 草太と竜一は後ずさりをしながらドアの方に向き直るとそっとノブに手を伸ばした。
 そのとき、突然ドアが外側から開けられた。
「うわあっ」
 草太はことばにならない叫び声を上げた。入ってきたのは恐竜だった。
 両側には看護師さんが二人、恐竜を支えるように寄りそっていた。

 草太と竜一はかけつけた他の看護師さんたちに院長室に連れて行かれた。
 しばらく待たされた後で、部屋に入ってきたのは、真っ白な髪の上品な紳士だった。
「わたしが院長の原田です」
 紳士は笑顔で自己紹介をした。
「さっきは、ずいぶんびっくりしたでしょう」
 院長はそういうと、言葉を切って二人の顔をじっと見た。
 この院長も、看護師たちもみんな恐竜なんだろうか。草太は竜一の方をちらっと見た。竜一
は下を向いてこちらを見ようとしない。
「わたしたちは恐竜です。六千五百万年前に滅びた大型恐竜とちがって、比較的身体の小さ
かったわたしたちの種族は生き延びて、次の地球の支配者、人間たちの中で暮らしていくこ
とを選択したのです」
(でも、どうして院長は人間の姿をしているのだろう)草太は不思議だった。
「わたしたちは、人間の姿になる薬品を開発し、仲間の恐竜たちが生まれると、その薬品を注
射します。その効果は一生続くのですが、子ども、つまり卵を産むときはどうしても一時的に恐
竜の姿に戻るのです。だから、このような病院が必要なんですよ」
(そうなのか、あの卵がかえって、薬を注射した赤ん坊を新生児室へ移していたんやな)
「君たちが沈黙を守ってくれるなら、今日のことは大目に見ますが。さあ、どうですかな」
 院長は底光りのする目でじっと草太たちを見た。
(もし、断ったら、ぼくと竜一はどうなるんやろ。殺されて恐竜のえさにされてしまう?)
 草太はそんなことを考えながら、ちらっと横にいる竜一の顔を見た。
 竜一は目が合うとうなずいて見せた。
「だれにもいいません」
「君はどうかね」
「ぼくも」
 竜一が答えると院長は満足そうに笑った。
「では、迎えを呼んでいるから、しばらく待っていてください」

 院長が出て行ってから三〇分ほどして、ドアが開いて人が二人、入ってきた。
「父ちゃん、母ちゃん!」
 草太はびっくりして立ち上がった。院長が迎えのものといったのは両親のことだった。
 父ちゃんと母ちゃんは二人とも硬い表情をしていた。
「草太、実はな………」
 父ちゃんは草太の前のソファに座ると改まった口調でいった。
「おまえが生まれたのもこの病院なんや」
「えっ」
 草太はしばらく父ちゃんのいった意味がよくわからなかった。
「だったら、ぼくも……恐竜?……」
 草太のことばに、父ちゃんも母ちゃんも深くうなずいた。
 呆然としている草太に、横にいた竜一が顔を寄せてささやいた。
「ぼくもこの病院で生まれたんだよ」

 先に帰るようにいわれて、草太と竜一は堤防の上から病院を見ていた。
 草太には今まで見慣れた光景が全く違った世界のように見えた。
 緑の樹木に囲まれた病院。しかし、その緑も限られたもので、その向こうには、小さい木造
の住宅や遠くのビル群が、灰色の砂漠のように広がっている。
 突然、草太の頭の中に、さっき見たポスターの光景がよみがえった。
 草太ははっとした。
 緑が少なくなって、自分たち恐竜が再び絶滅の危機にあるのだとしたら………
「帰ろうか」
 竜一に促されて、歩き始めた草太の心の中に黒い雲のようにむくむくと、危機感が広がって
いった。

                          戻る
第20回国民文化祭 恐竜児童文学 勝山市議会議長賞受賞