ネコにもらった貝がら


ナオはポケットからクッキーを二、三枚取り出しました。

 その一枚をボリボリ食べていると、一匹ののらネコがやってきて、ナオの前で立ち止まって
ニャーと鳴きました。

「ほら、一枚あげるわ」

 ナオがクッキーを一枚さし出すと、ネコはちょこんとすわって人間の子どものように、二本
の前足でクッキーを持って食べました。

 そして、食べおわると、

「ありがとう、おいしかったわ」

ていねいにおれいをいいました。

(ネ、ネコがしゃべるなんて!)

 ナオがおどろいていると、ネコはどこに持っていたのか、ひょいと白いものを取り出して
ナオにわたしました。

「ほんのおれいのしるし。だれかと話すとき、耳にあてると、おもしろいものが聞こえるわ」

 ネコはそういって、すぐ横のいけがきのあなをくぐるとすがたが見えなくなりました。

 ネコがくれたものは白い巻き貝の貝がらでした。

(何が聞こえるのかな)

 ナオが顔をあげると、むこうに八百屋さんが見えました。ナオのママもときどき買い物を
する店です。

 ナオが八百屋さんの前まで来たとき、ちょうどお客さんとおかみさんが話すのが聞こえま
した。

「ねえ、このハクサイ新しいのかしら」

「おくさん、これ今朝取れたものを仕入れてきたのですよ。これ以上新しいものなんかどこ
にもないって」

「じゃあ、これいただこうかしら」

 ナオは、ふと気がついて、ネコにもらった貝がらを耳にあててみました。すると、おかみ
さんと同じ声で、

《一週間前に仕入れたこのハクサイ、早く売ってしまわないと、つぎの仕入れもできやしな
いわ。売れてよかった》

と、聞こえました。

 ナオはびっくりして貝がらを耳からはなしておかみさんを見ました。

「まいどありーっ」

 おかみさんはニコニコしてお客さんにハクサイの入ったふくろをわたしています。

(この貝がらはきっと人の心の中で思っていることが聞こえるんだ)

 ナオはそう思いました。

 

 公園の前でナオは仲良しのジュンちゃんに会いました。

「ジュンちゃん、いまからわたしのうちであそばない」

 ナオはジュンちゃんをさそいました。

「あ、わたし、もうすぐおかあさんと買い物にいくの。だからまたね」

 ジュンちゃんはそういってことわりましたが、ナオの耳にあてた貝がらからはジュンち
ゃんのちがったことばが聞こえてきました。

《こまったわ。美加ちゃんのおたんじょう会によばれてるんだけど、ナオちゃんはよばれ
ていないみたいだし》

 ナオはジュンちゃんが本当のことをいってくれないのでなんだかがっかりしました。

「じゃあ、またね」

 バイバイと手をふってわかれましたが、うらぎられたようでいやな気分でした。

(でも、美加ちゃんってわたしあんまりあそんだことないし、しかたがないんだ)

 ナオは気をとりなおして家に帰りました。

「ママ、ただいま」

 声をかけて中へ入ると、ママはおけしょうをして、きれいなふくをきてどこかへ出かけ
るようです。

 おくから、三才になる弟のマコトも外出用のふくをきて出てきました。

「ママ、どこへ行くの?わたしもいっしょに行く」

 ナオは大きな声でいってママのうでに飛びつきました。

「わるいけど、ナオちゃん、おるすばんしていてくれる?マコトを耳鼻科の中村さんにつれ
ていくだけだから」

 ママはいいましたが、ナオは思いついてあのふしぎな貝がらを耳にあててみました。

 貝がらからママの声が聞こえてきました。

《マコトを耳鼻科へ連れて行ったら、早くすませてニチエイによって、ついでに津久見屋で
お客さん用のおかしを買わないと。ああいそがしい》

 ナオはそれを聞いてガーンと目の前がまっくらになりました。

(ママったら、こんどニチエイに行くときはいっしょに行ってクミちゃんハウスの部品買っ
てあげるってやくそくしたのに)

「ママ、わたしも行く」

 ナオはもういちどいってみました。

「すぐかえって来るんだから待ってて、ナオはもうおねえちゃんなんだから」

 ママはそういうと、マコトをつれていそいで出て行きました。

(ママはマコトのことばっかり。わたしのことなんかどうでもいいんだわ)

 ナオの目からなみだがぽろぽろこぼれました。

 

 ナオは家を飛び出しましたが行くところがありません。

 いつもよくあそぶ公園にやって来ましたが、知っている友だちはだれもいませんでした。

 ナオは大すきなゾウさんのすべりだいのところへ行くと、ゾウさんのおなかの下のくぼ
みにはいりこみました。

 そして、ひとりで泣いているうちに、いつのまにかねむりこんでしまいました。

 

「ナオちゃーん」

ナオはだれかに呼ばれたような気がして目をさましました。

(あ、ここはゾウさんのおなかの中なんだ)

「ナオちゃーん」

 また、ナオをよぶ声がしました。ジュンちゃんの声です。

 ナオが外へ出てみると、もうあたりはうすぐらくなっていました。

「ジュンちゃーん」

 ナオが手をふると、気がついたジュンちゃんはこちらにかけてきました。

「ナオちゃん。おばちゃんがすごくしんぱいしてたよ」

 ナオが貝がらを耳につけてみると、

《ナオちゃんたら人をしんぱいさせて。でも、見つかってほんとうによかった》

 ジュンちゃんのしんぞうのトクトクという音までいっしょに聞こえてきました。

「あ、おばちゃんや」

 公園の入り口にママのすがたが見えました。

 ナオのところまで走ってきたママははあはあと息を切らせながら、

「だまって、どこへ行っていたの。しんぱいするやないの」

 これだけいうと、ナオをぎゅっとだきしめました。

《ああよかった。この子がみつからなかったらどうしようかと思ったわ》

 ママの気持ちがわかってナオはうれしくなりました。

(ママは、マコトだけをかわいがってわたしをのけものにしようとしたんじゃないんだわ)

「ママ、ごめんなさい」

 ナオはママのむねに顔をうずめながら、小さい声でいいました。

 

 つぎの日、ナオはきのうのふしぎなネコに会ったところへいってみました。

 きのうと同じようにポケットからクッキーを出して食べていると、ニャーと、いつのまに
あらわれたのかきのうのネコが足もとで鳴きました。

「一枚だけあげる」

 ナオがクッキーを一枚わたすと、ネコはおいしそうにそれを食べました。

「これ、あなたに返すわ」

 ナオはきのうもらった貝がらをネコにわたしました。

「そう、そのほうがいいかもしれないわね」

 ネコはそういって貝がらを受け取るとニイッとわらって、いけがきのあなに入ってすがた
が見えなくなってしまいました。