ワニくんブラジルに帰る





「アマゾンまで一枚ください」
 声がしたので、顔をあげてお客を見たわたしは思わず、
「わわわ………」
 ことばをつまらせてしまいました。
 なんと、そのお客はワニだったのです。
「ア、アマゾンへ行く飛行機はないのですが」
 わたしが必死でいうと、ワニは大きい目玉をぐるっとまわしました。
「それだったら、ブラジルならどこでもいいのですが」
「サンバウロ行きなら、十五時三十分の便がありますが」
 わたしの返事を聞くと、ワニはうれしそうに目を細くしました。
「それ、そのサンパウロ行きを一枚ください」
 ワニの態度は礼儀正しいし、ことばもていねいなので、わたしはやっといつものように
落ち着いてきました。
「あの……。パスポートはお持ちですか」
「パスポートってなんですか」
 ワニはふしぎそうな顔をしてききました。
「だれでも、外国へ行くときに必要な身分証明書のようなものです」

 ワニはちょっと困ったような顔をしました。
「ぼくがアマゾンから日本にくるときはパスポートなんか持っていなかったけど」
 ワニのことばにわたしはうなずきました。
 それはそうでしょう。わたしも、パスポートを持って旅行するワニなんて見たことがあり
ません。
「それに、飛行機に乗るにはお金もいるのですが」
「お金って?」
 ワニはますます心細そうにいいました。
「アマゾンからくるときも、お金なんて持っていませんでしたよ」
「はあ、そうでしょうね」
 そこで、ぼくはワニにわけを聞いてみました。
 ワニはちょっと悲しそうな顔をしましたが、話してくれました。
「ぼくがまだ赤ん坊のころ、人間につかまって飛行機で日本に送られてきたのです。それか
ら、しばらくペットショップにいたのですが、やがて女の人に買われて、その人のマンショ
ンで暮らすようになりました」
「ペットとして可愛がられていたんだね」
「ハイ。はじめのうちはおいしいものも食べさせてもらったし、やさしいことばもかけても
らったのですが」
「それから?」
「ある日、ぼくが大きくなりすぎて、もう飼えないって捨てられてしまったんです」
「それはたいへんだ」
「しばらく下水管の中で暮らしていたのですが、飛んでいる飛行機を見て、やっとこ この
空港を見つけたのです。ぼくはどうしてもアマゾンに帰りたいのです」
 そのとき、
「やあ、なつかしいなあ」
 ワニの後ろで若々しい声がしました。よく日に焼けた青年です。
「ぼくも、働いていた工場がつぶれてしまったのでブラジルに帰るところなんだ。いっしょ
に帰ろう」
 青年はわたしにいいました。
「このワニ君、ぼくのペットとしてつれて帰ることにするよ。ペットにパスポートなんかい
らないだろう」
「はい。もちろんです」
 わたしはそういいましたが、急いでつけ加えました。
「でも、客席にペットの持ち込みは禁止されていますが」
「そうだね。じゃあ、きみは、ぼくのバッグといっしょに貨物室だ。さあ、行こう」
「あ、ちょっとお待ちください」
 わたしはあることを思いついて、二人を呼び止めました。
 そして、いちばん大きな荷札を出し『このワニは、まちがってサンパウロから送られてきま
した。すぐに送り返してください』と、書いてぽんとはんこを押し、ワニの首にかけてやりま
した。
「さあ、ワニ君を荷物係のところへ連れて行ってください。料金はいらないはずです」
「ありがとう。これでなつかしいアマゾンに帰れます」
 ワニはていねいにお礼をいって、青年といっしょに去っていきました。
「あのう……」
 声がして、わたしが振り返ると、そこにはたのは大きいニシキヘビでした。その後ろには大
きいイグアナが………
「インドネシアまで一枚ください」
 ぽかんとしているわたしにニシキヘビがいいました。




            もくじ      ホーム