第二回公募ガイド童話祭優秀賞受賞


赤いカーテン

おむすび山のふもとに、小さい駅がありました。
「今年も、つつじがきれいに咲いたのう」
 ホームの落ち葉をはいていた駅長さんは、ほうきを持つ手を止めて、目を上げました。
 緑のおむすび山にあざやかなつつじの花が、紅を散らしたように見えます。
 駅長さんの姿を見て、バタバタと羽音を立ててたくさんの小鳥たちが、ホームの上に飛
んできました。
 小鳥たちは駅舎の向うの木々の枝から、おむすび山のほうからも数え切れないほど飛ん
できます。
 いつも、えさをまいてくれたり、巣箱を作ってくれたりする駅長さんに、あいさつをし
ているのです。
 小鳥たちの中には蛇に卵をとられそうになって助けてもらったり、わしに狙われている
ところをかねを鳴らして知らせてもらったものもいました。
「よう、みんな元気かな。わしは、残念ながら、あと一週間でみんなとお別れじゃよ」
 この山の駅で二十五年も働いてきた駅長さんは、とうとうここで定年を迎えることにな
ったのです。
 小鳥たちも駅長さんのいったことがわかったのか、頭の上や、肩に止まったりホームに
おりてくるものもたくさんいました。
 駅長さんは見なれたおむすび山や、古びた駅舎を見てほっとため息をつきました。
「おや?雨かな」
 見上げる駅長さんの顔に、いつのまにか曇った空からいくつぶかの雨が落ちてきました。

 その夜、駅長さんは激しい雨の音で目がさめました。窓から外を見ると、土砂降りの雨
がますますひどくなるようです。
 心配になった駅長さんは、ゴムの合羽を着てカンテラで線路を照らしながらけいかいに
あたりました。
 あたりが明るくなるころになると、やっと雨も小降りになってきました。
 あと、一時間ほどで一番列車がやってくるはずです。
 そのとき、全身ずぶぬれの男の人が、線路の上をこちらにかけてくるのが見えました。
 駅長さんもよく知っている村の作太郎さんです。きっと、心配で山の畑の様子でも見に
行ったのでしょう。
「大変だ!がけくずれだ。この先のカーブのところで線路がうまっているぞ」
 作太郎さんのことばを聞いて、駅長さんは飛び上がりました。
 一番列車が前の駅を出る前に知らせないと大変なことになります。
 駅長さんは電話に飛びついて夢中でダイヤルを回しました。しかし、取り上げた受話器
からは何の音も聞こえてきません。
「大変だ。電話線が切れたんだ!」
 駅長さんは列車を止めるための赤い旗をひっつかむと、線路の上をがけくずれのあった
ほうへかけだしました。
 荒い息をはきながら、駅長さんは必死で走りました。
 しばらくすると、がけがくずれて岩石や土砂が線路をうずめているところへきました。
 駅長さんは必死で土砂をこえてカーブの向うに出ました。
ボーッ ボーッ
 一番列車の汽笛が聞こえてきました。
「たのむ。止まってくれ!」
 駅長さんは夢中で赤い旗を振りました。
 そのとき、急にバタバタと無数の小鳥たちの羽音が聞こえてきました。
 何が起こったのかわからず、おどろいている駅長さんの前に、たくさんの小さくて真っ
赤な花が空から飛んできて集まると、赤い大きなカーテンを作りました。
 よく見ると、たくさんの小鳥たちがみんな赤いつつじの花を一つずつくちばしにくわえ
て集まってきたのでした。
 白い霧の中をゆっくり進んできた一番列車の運転士さんは、線路の行く手を真っ赤な大
きなカーテンがふさいでいるのを見て、おどろいてブレーキをかけました。
 おかげで列車はがけくずれの手前で止まり、だれ一人けがをした人はありませんでした。

 よく晴れた日の朝、駅長さんはボストンバッグを一つだけ持って、列車に乗りました。
 いよいよ、このなつかしい山の駅とも、小鳥たちともお別れです。
「じゃあ、これでお別れだ。ありがとう。今年も、かわいいひなをたくさん育ててくれ

な」
 駅長さんは列車の窓から、別れをおしむため集まってきた小鳥たちに手を振りました。
 駅長さんを乗せて、ゆっくり走り出した山の列車の上を後になり、先になり小鳥たち
の群れが飛びつづけました。



 
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