第17回「ほのぼの童話館」佳作入賞                 


    それはトイレではじまった

 

 その日ぼくは、二時間目のチャイムがなってから急に小便がしたくなり、あ
わてて一番近かった職員用トイレにかけこんだ。
 前を外し、勢いよく小便が飛び出すのを見てフウッと息をついたとき、いき
なり、
「よおっ」と、肩をたたかれて飛び上がった。
その声は担任の山田先生だったのだが……
 気がつくと、ぼくたちはあんぐりと口を開けて、おたがいを見つめあってい
た。
 ぼくと山田先生は体が入れかわっていたのだ。
「いったいどうしたのかわけがわからん。チャイムが鳴ったんだから、とにか
く教室に行こう。この時間は自習だというんだぞ」
 ぼくの姿の山田先生がぼくの声でいった。
「うん、わかった」
 山田先生の姿のぼくは山田先生の声でそう答え、二人は階段をのぼって教室
に向かった。
 教室に行ってみると、まだみんなは大さわぎをしていた。走りまわる者、い
すの上に立ち上がってわめいているもの……
「こらーっ。いつまでさわいでいるんだ!」
 大声でどなりつけると、あっという間にみんな自分の席に帰って教室はシー
ンと静かになった。ぼくはなんだか胸がすーっとした。「先生。宿題はどうす
るんですか」
 マコトがノートをひらひらさせていった。
 こいつ、黙っていればいいときに、いつも調子にのっていらないことをいう
んだから。
「ハイ」「ハイ」
 何人かが続いて手を上げた。考えてみると、ぼくはまだこの宿題はやってい
ない。
「バカモン。人よりちょっとばかり早く宿題をしたからってギャーギャーいう
な。マコトといま手を上げた者は後ろに立っとれ」
 いってやるとぼくはまた胸の中がすうーっとした。
 いわれたみんなは、怒られた理由がわからないのかあっけにとられていたが、
それでもしぶしぶ後ろに行って立った。
「この時間は自習にする」
 ぼくになった山田先生がぼくの席でにらんでいたが、ぼくは知らん顔をして
いた。
 ぼくはそれから先生のいすにすわると机の中を点検した。すると、採点途中
の国語のテストが出てきた。
 ぼくのテストを見るとなんと三十八点だ。ぼくは赤ペンで三をまるくして八
十八点に直した。そして、まだ採点していない分はみんなペケにして0点にし
てやった。
 そのとき、ぼくは急に小便がしたくなった。
 考えてみると、さっき山田先生は、小便をする前にぼくと入れかわってしま
ったんだ。
「お前ら、静かにしとれよ」
 そういってぼくはトイレに向かった。
 トイレに行くと、校長先生が先に用を足していた。
(そうだ)
 ぼくはあることに気づいて後ろから近づくと、ぽんと校長先生の肩をたたい
た。
「やあ、校長先生」
 そういったとたん、山田先生になっていたぼくと校長先生は入れかわってい
た。
「これは……」
 おどろく校長先生に、
「こうなったんだから仕方がありません。とにかく、四年三組をお願いします」
 ぼくはそういって、トイレを出ると校長室に行った。
 校長室のふかふかのソファにすわると、前の入り口から教頭先生が入ってき
た。
「次の休み時間、臨時の職員会議をします」
 ぼくが思いついていうと、教頭先生は、
「ハイ、すぐ連絡します」と、いってあわてて出て行った。
 休み時間になった。
 職員室に入っていくと、先生が全員集まってぼくのほうを見ているので、ち
ょっとビビッたが、思い切っていった。
「近ごろ宿題を出しすぎる先生がいて子どもたちは大いにめいわくしている。
それに、ちょっとのことでバツそうじをさせたりするものもおるらしい。実に
けしからん。当分の間、宿題も、バツも禁止だ」
 どの先生もびっくりした顔をしていた。しかし、ひとりも文句をいう先生が
いなかったのでぼくは一安心した。
 ぼくが校長室のソファにデーンとすわっていると、ドアが開いて山田先生と
ぼく、いや、山田先生になった校長先生とぼくになった山田先生が入ってきた。
 ぼくは立ち上がっていった。
「事件のなぞを解くカギはトイレです。さあ、行きましょう」
 ぼくたちはトイレに行くと仲良くならんで小便をした。そして、肩をたたき
あってもとの自分にかえった。
「このことはないしょにしよう。人にいっても笑われるだけだからな」
 校長先生がおごそかな声で、ぼくと山田先生にいった。
 ぼくたちは深くうなずいた。それからぼくは一度もそのトイレを使っていな
い。



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