「家の光童話賞」優秀賞受賞


    そうたくんからの便り



 山下はるこさんは七十八歳です。
 三年前、おじいさんがなくなったあと、子どももいなかったので、ずっと
ひとり暮らしをしていました。
 ある日、山下さんに一通のはがきがとどきました。
「めずらしいことがあるもんだね。いったいだれかしら」
 表を見ると子どものたどたどしい字ですが、まちがいなく『やまだぐんお
がわまち123 山下はるこさま』となっています。
 ところが、はがきの表にも、うらにも出した人の住所や名前
が書いてありません。
 そして、うらにはやっぱり子どもの字で、
『おばあちゃん、おげんきですか。ぼくぴーまんたべたよ。そうた』と、書い
てありました。
<そうた>というのは、きっとこのはがきを書いた子どもの名前でしょう。
「へんだねえ、わたしには子どもも、孫もいないのに」
 山下さんはふしぎでしかたがありませんでした。
 それから二週間ほどしてまた山下さんのところに、そうたくんからはがきが
とどきました。
 山下さんがうらを見ると、
『おばあちゃん。ぼく、ほいくえんのうんどうかいで2とうだったよ』と、書
いてありました。
 山下さんはそのはがきを読んで、
(わたしに、本当にそうたという孫がいて、うんどうかいで2等になったなん
てことがあったらどんなにいいだろう)と思いました。
 しかし、やっぱり住所が書いてありません。
ところがある日、こんどのそうたくんからの便りは封筒に入った手紙でした。
中を見た山下さんはびっくりしました。
 手紙にはこんなことが書いてあったのです。
『おばあちゃん。このまえ、きてくれたときのしゃしんをおくります』
 そして、一枚の写真が入っていたのです。
「えっ、わたしは行っちゃあいないよ」
 山下さんはこわごわ写真を見ました。
 写真には、お父さん、お母さん、そして、そうたくんらしい元気そうな男の
子、妹でしょうか、可愛い女の子が写っています。
 そして、その横におばあさんがひとり……。

 そのおばあさんはもちろん山下さんではありませんでした。
 しばらくその写真を見ていた山下さんは「あっ」と思いました。
 写真の中のおばあさんが、にっこり笑いかけたような気がしたからです。
 山下さんは思わず「はるちゃん」と呼びかけていました。
(これは、小さいとき、仲良しだったはるちゃんにちがいないわ。そうだ、
はるちゃんはとなりの西小川町の山下さんにお嫁に行ったんだから……あら、
わたしと同じ、山下はるこじゃないの)
 そのとき、山下さんには、はじめて、そうたくんからの手紙が、自分のと
ころへおくられてきたわけがわかったのです。
 そうたくんが、宛名の西小川町の西をとはせして書いていたので、小川町
の同じ名前の山下さんのところへはがきや手紙がきたのです。
(山下って名前はわりと多いからねえ)
 山下さんはそう思いながら、ぶあつい電話帳を引っ張り出して西小川町の
山下はるこさんの番号を調べはじめました。

 山下さんは電話でなつかしいはるちゃんとはなせてとってもうれしく思いま
した。でも、たまっていた、そうたくんからのはがきや手紙をはるちゃんの
うちへ送ったあと、なんだか心の中にすーっとすきま風が吹いているような
気がしました。
 いつのまにか楽しみになっていたそうたくんからの便りが、もうこないかと
思うと、とってもさびしかったのです。

 それから、二週間ほどして郵便受けを見に行った山下さんは「あっ」と思い
ました。
 また、そうたくんからの手紙が入っていたのです。
 うらを見ると、こんどは住所も名前もちゃんと書いてあります。
 山下さんはいそいで封を切ると中の手紙を読みはじめました。
『小川町のおばあちゃん、おげんきですか。西小川町のおばあちゃんにききま
した。まちがえてごめんね。ぼくこんど一年生になるの』
 そして、クレヨンでランドセルの絵がかいてありました。
 山下さんはなんだかうれしくなって、そうたくんに返事を書こうと、久しぶ
りにペンと便せんを取り出しました。


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