言葉(2)
「どうして、、?立てないよ、、、」
湿地に座り込んだまま、ダガーは青い顔をしていた。
痛みや苦しさはない。
ただ体中に力が入らない理由がわからないだけ。
それだけが恐怖につながるのだ。
「ほんとに立てないのか?」
あまりにおののいたダガーの表情に、ジタンもいよいよ焦りを覚える。
ジタンは最初、もう一度ダガーを立たせようと差し出した手に彼女が掴まってこなかったのは、単に彼女が焦っていてその手に気づいていないからだと思った。
だから、彼は差し出していた手をダガーの目の前に移動させた。
だが、不安そうな表情がジタンに向けられるだけで、彼女はその手につかまろうともしない。
そうして初めて彼はダガーが手を伸ばすことさえ出来ないのだということに気づいたのだ。
「大丈夫か?」
ダガーは恐怖に声もでなくなっている。
唇が震え、泣きそうな瞳がゆれる。
なんとか彼女を落ち着かせようと、ジタンは無意識に声色を下げ、彼女と同じ視線になるようしゃがんだ。
人はパニック状態になると手をつけられない。
症状を見て応急処置をしたり、病院につれていったり。
そんな簡単なことさえが困難になってしまうのだ。
おとなしくしてろよ
ジタンは表情には出さなかったが、そう心の中でスタイナーを叱咤した。
彼の後ろでただウロウロオロオロしているのはスタイナー。
彼はとにかく女王を落ち着かせるのが先決としたジタンの邪魔になっている。
混乱した人間を落ち着かせるには、落ち着かせる側が冷静でいなければならない。
それをスタイナー、ダガーの混乱をよけいに促進するようなことをしてしまっている。
「だいじょぶ。大丈夫だよ」
彼女の気を自分のほうに向けるために、ジタンはなるべく大きな声で言った。
心配すんな、そう呟きながら彼は、正面から抱きしめるようにして、力の抜けたダガーを立たせてやる。
ぐったりとしていて、本当に人形のよう。
何が起こったか、不安でパニックになりそうなのはジタンのほうだった。
だが。
「あれっ?」
「え゛」
「は?」
その場が固まった。
なんだ、これは?
ダガーがひとりで立った。
「た、立てた」
ジタンが手を離せば再び地に崩れ落ちてしまうだろう、と思われていたダガーが、多少おぼつかないが、普通に立った。
「なんだよ」
「がっ、がーねっと様?」
徒労とは、無駄な骨折りのことらしい。
必要がないのに、努力や苦労をしてしまうこと。
それは、全く今の状況にぴったりだった。
骨折り、とまではいかなかったが。
ものすごく心配したのに。
ダガーが悪戯っぽく舌ををだす。
「ただの貧血だったみたい」
えへへ、と照れたように頭を掻くダガー。
貧血、というのはまぁ、健康上安心ならないが、女王様はいろいろ大変で寝不足、とかそんな理由もあるかもしれない。
「貧血ってことは、何?アレか?」
「殴るわよ」
おどけて見せるジタンに速攻「殴る」と予告したダガーの蹴りが入る。
こんな乱暴な女王様がいたものか、というこの行為は、多分ジタンからうつったものだろう。
とりあえず、笑い事で終わったのだ。
めでたしめでたし。
「まったくもう、、、ほら、おんぶ」
ジタンは彼女に背を向けてしゃがんで見せる。
ただの貧血とは言え、またモンスターに襲われて泥の中に転ぶようなことがあっては困るのだ。
それに口に出しては言わないが、ダガーの歩調に合わせて歩くよりは、軽い彼女を背負ってジタンが歩いたほうがよっぽど早く村にたどり着ける。
「えっ?いいよっっ」
案の定焦って後ずさったダガーの足元はジタンに蹴りを入れたくせにまだフラフラとしていて、見ているほうが危なっかしいと言うもの。
「ほら、まだフラフラじゃないか。おんぶじゃ嫌って?じゃあだっこね。はいはい」
「や、やだ。子供扱いしないでよっ!」
「子供じゃなくて、病人扱い」
ジタンはためらう彼女を強引に横抱きにするとさっさか歩き出した。
「はい到着〜」
すでに辺りからはフクロウ達の鳴き声が響くほどで、ここらである光といえば村の灯のみ。
村の入り口にたつ、大きく立派な杉の木の下を通り過ぎると、ジタンはダガーをおろした。
最初は嫌だと暴れていた彼女だったが、暴れるほどにジタンが歩きにくそうになることに気がつき、諦めて途中からはおとなしくなっていた。
その甲斐あって、村には早くたどり着けた。
ダガーの歩調に合わせていたなら、今ごろは視界のない漆黒の闇の中をひたすら歩いていたことになっていただろう。
そう考えると、ジタンがダガーをまさに「お姫様抱っこ」してきたことは正解だったと言える。
それに、ジタンが彼女を抱えていたため、あれ以後モンスターと戦うことはなかった。
遭遇しなかったわけではない。
ただ、モンスターの気配を察知したら、スタイナーが剣を振るって見せ、モンスターがひるんでいる間に走って逃げてきたのだ。
戦えないわけではないが、そんなことをしていると日が暮れてしまうし(結局日は暮れてしまったわけだが。)、ダガーがいることを考えると逃げるほうが、よっぽど効率的だったのだ。
「無事につけてよかったのである」
スタイナーはここまで来るのにかいた額の汗をぬぐった。
鬱蒼と木々が茂る森には日の光も入ってこなく、気温は森の外より低かったのだが、ここまでくるのには大分距離があった。
モンスターから逃げるために走ったとなればなおさらのことながら、あがりきった体温を下げるために、今はもう、じっとしているだけでも汗がにじむ。
日はもう落ちていると言うのに。
「ジタンさん!」
そのとき、彼らに気づいた黒魔道士の一人が声をあげた。
青いローブととんがり帽子が揺れ、小さな影が飛び跳ねる。
「よお、久しぶり!」
ジタンはその影に手を振った。
その黒魔道士には、彼ら全員に見覚えがあった。
思わず見間違って叫んでしまいそうになる。
ビビ、と。
ほかの黒魔道士よりも小さな体におおきすぎるとんがり帽子。
彼はビビの子供の一人だ。
「来てくださったんですね!」
ビビが止まる前、ジェノム達が受け継いできたテラの偉大な化学技術をもって、魂の塵である霧に代わるエネルギーで彼らビビの子供達は創られた。
いまでは、クジャの手によって創られた黒魔道士達は、プロトタイプであるビビをもとに作られた彼の子供達の数より少ない。
「ジタンだって?」
彼の声に反応して次々に顔を出すビビと同じ顔。
いつ見てもその姿には圧倒されてしまう。
「ほんとだ!ジタンさんだ!」
「こんにちはジタンさん!」
「よくきたな、ジタン!」
ビビがいっぱい☆
ジタンとダガーとスタイナーは一緒にいるというのに、こんなにもジタンだけに声をかけてくるのは、ビビの影響なのだろうか。
彼らはわらわらとジタンの周りに集まってくる。
姿形はこんなにも似ているのに、本当にこれがビビの子供か?と疑ってしまうような性格の持ち主までいるのが面白い。
ジタンは久しぶりだなぁ、と纏わりついてくる彼らの頭をぽんぽんと叩いている。
「やめろよぅ!」
やんちゃな一人が自分の頭に触れてきたジタンの手を払ったが、そこは育ちの親に似たのか、豪快に笑うジタンがそれを気にすることもない。
逆に嫌がる少年の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「あーっ、ガーネット様だこんにちはーっ」
「おやじもいるぞーっ」
「無礼者ぉ!貴様ら本当にビビ殿の子供か!?」
ようやくジタン意外の二人の存在に気づいたようでビビの子達がダガーとスタイナーにも集まってきた。
「あら、よく来たわね」
ちっこいのに囲まれ、騒がれていると聞き覚えのある声が言った。
3人は顔を上げた。
視線の先に立っていたのはジタンとそっくりの金髪と、涼しげな蒼い瞳、
「ミコト!」
大きな籠をかかえた血の繋がっていない彼の妹だった。
籠の中身は布の山。洗濯物だろうか。
小さな村だ。
住人達は洗濯など、協力をしてここで生活している。
「手伝い」とはなにをしたらよいのか、などといっていた彼らが、こんなことをしているというのは、目を見張るような進歩だ。
思わず意外そうにミコトの籠を見ていたジタンに、端整で美しく、別の機会で知り合っていて、以前のジタンだったなら真っ先に口説きにかかっていたろうその彼女の顔が笑顔を作った。
「久しぶりね。こんな辺鄙なところに何の用?」
最後に会ったのは彼女が微笑むなんていうことを知らなかった頃だ。
いかにも暖かな血の通った人間らしいその笑顔にもまた、ジタンは嬉しさを覚えた。
彼は、村の奥のほうを顎でしゃくった。
「墓参りさ。、、、、、、、、、ってコラ」
ぐい、っと尻に妙な痛みを覚えたジタンは振りかえって小さな黒魔道士を睨んだ。
ビビの子供が、ジタンの尾を引っ張っていたのだ。
こんないたずらをするあたり、やはり彼らはまだ子供だ。
彼は自分の尻尾を引っ張ったいたずら小僧のとんがり帽子を上から抑えつけて目深にかぶせてしまった。
今は闇に隠れた共同墓地。
風に揺れる漆黒の木々の向こうのそれに目をやっていたミコトがそれに気がついて思わず頬を緩めた。
「お墓参りなら明日にしたらどう?昼間になれば、花屋も開くから」
花屋に綺麗な花を用意しておいてくれるように言ってもらうことをミコトに頼み、墓参りを翌日にすることにした彼らはひとまず村の宿に向かった。
村に花屋が出来ていたことにも驚いた一行だったが、宿屋を見て彼らは再び驚いた。
前は2段ベッドがひとつあるだけだったその宿屋が、なんと拡張されていたのだ。
4人部屋が3つ。
宿屋の規模が大きくなったり店の種類が増えたりしたのは、ときどきこの村を訪れる人が増えたからだ、と宿屋の主人が教えてくれた。
かつてはひっそりと森に身を隠していたこの村も、今では普通の村と同じなのだろう。
明かりの消えた室内。
久しぶりの慣れぬベッドで、寝苦しくなったジタンはぱたりと寝返りを打った。
外からはコロコロとした鈴虫の音。
そして彼の隣の静かな寝息を立てる影の向こうのベッドからはスタイナーのいびき。
眠れないのは慣れない場所のせいではなく彼のいびきのせいかもしれない。
そうジタンが憮然とした時、彼に背を向けた形で眠っていたダガーが寝返りを打って、ちょうどジタンと向き合うような形になった。
ほの白い月光のみに照らされた室内で、寝返った彼女の瞳がパッチリと開いていたのを彼は確認した。
「まだ起きてんのか」
ジタンがはっきりした声で話しかけると、彼女は驚いたようにびくりとした。
シッポがあってまさに夜行性の猫科動物のようなジタンと違って、ダガーは夜目が効かない。
話しかけられて初めてジタンが起きていたことに気がついたのだろう。
「やだ、起きてたの?」
ほとんどが息が擦れる音だけのひそひそ声で彼女が答えた。
スタイナーを起こさないようにという気遣いなのだろうが、あんないびきをかいているおやじが、ちょっとしたお喋りで目覚めるとは到底思えない。
逆に、彼女の声がいびきでかき消されてしまうくらいで。
「おっさんのいびき、うるさすぎ」
べぇ、と嫌そうに舌を出してみせたジタンだが、おそらくそれも彼女には見えていないのだろう。
きょろきょろと動くダガーの瞳は、どうやら闇の中にジタンの姿を見分けようとしているらしい。
彼は自分が見えるようにパタパタと手を振ったが、それでも彼女の瞳は宙をさまよっていたため、諦めて仰向けになり後頭部に手の平を重ねた。
「ミコトの笑顔、見た?」
「えぇ。あそこまで変われるものなのね。正直びっくりしちゃったわ」
「ジェノムがただの魂の器なんて、絶対ウソだよな」
「、、、、そうね」
急にダガーの声が遠慮がちになった。
それは多分この話題に触れるのはジタンが嫌な思いをするのではないかと思ったからだろう。
だが、彼はもうそのことを気にする気はなかった。そうでなければ自分からこんな話をするわけがない。
「ガーランドはなんであんなこと言ったんだろう?カラッポだなんて」
「暗示」
「へ?」
「テラとガイアを融合させるまで、自分は空っぽなんだーって暗示をかけておかないと、やりにくかったんじゃない?」
「ほぉーん、だとすると奴は催眠術師だったんかな?」
新しい考え方に、また一つ視界が開けたような気がして、彼は黙り込んだ。
一頻りの沈黙の後、再び彼は自ら口を開いた。
「そういえば」
「うん?」
「可愛かったよなぁ、ミコト」
タンタラスのバクーに拾われた孤児の彼は、仲間がいたとはいえ、雑居の中で自らの力のみを信ずるしかない生活をしてきたのだ。
どんなに明るく、天真爛漫に見える彼も、真実の自分を見透かされることを、無意識に嫌ってきた。
ふとしたときにどうしようもない冗談を言って見せたりするのは、その裏返し。
自分の命を捨ててでも守りたいと願い、どんな状況でも信用することの出来る仲間ができた今でも、ジタンの、真面目に考え事をしている自分を見られるのを避けるという性質はまだ抜けていないようだ。
「あんなに可愛く笑えたなんてなぁ。妹なんかにしないでおけばよかった」
闇の中で彼女がムッとしたのが分かった。
自分が見えていないから相手も見えないと思ったのか、さっきジタンがしたように思い切り舌を出してアッカンベーとやっている。
彼は声を出さずに表情だけで笑った。
ジタンが冗談を言うのは、もちろん自分を隠すためだけではない。
こういう冗談を言ったとき、明らかにやきもちと取れる彼女の反応を見ることが出来る。
「妬いた?」
「誰が」
「妬いてるくせに」
「全然」
愛情の確認っていうのかねぇ?
「オレのベッドにきてもいいぜ?」
「おやすみ」
「なんならオレがそっち行こうか?」
おやすみといいながらジタンに背を向けて掛け物をかぶったダガーがぐるりと振りかえる。
「召喚獣を呼んで欲しいなら」
ジタンも大人しく掛け物をかぶりさっさと目を閉じたのは言うまでもない。
「お、おやすみなさい」
「はい、おやすみ。また明日ね」
「まったく、、、、」
ジタンは不機嫌そうにティーカップを手に取った。
個々の部屋にコーヒーのセットが置いてあるとは、なんて気がきくのだろう。
モーニングコーヒーのおかげで、彼はすっきりと目を覚ました。
「おい、そろそろ起きろよ」
カチャン、とカップを机に置くと、ジタンはうつぶせに眠っているスタイナーをかなり乱暴に転がした。
そうして彼はげんなりする。
盛大な音を立てて木の床に転げ落ちたスタイナーのいびきがとまらない。
むしろ、いびきはひどくなったような気がする?
このやろ、眠れる森のおやじ。
「いくらなんでも寝過ぎだろ」
彼の言葉を聞いているはずもないスタイナーに向かってジタンは文句を言う。
時計を見ればもうすぐ昼時。
ジタンが飲んでいたのはモーニングコーヒーではない?
長い距離を歩いてつかれたのだろう、と思い今まで黙っていたが、さすがに昼まで寝れば充分なのではないかと彼は思う。
スタイナーも、ダガーも、未だ夢の中。
「しゃあない、おっさんは留守番だな」
諦めて今度は眠れる森の美女のもとへ行くが、こちらもさほどおやじと変わらない。
ジタンが彼女をベッドから転がし落とすわけないが、どんなに声をかけても目覚めないのだ。
「ダガーまで、いつまで寝てる気だよ?ビビが怒るぞ」
彼はダガーを揺すった。
案の定反応はない。
頭まですっぽりと掛け物にくるまれているため、朝になった光が分からないのかもしれない。
「ジタン?」
掛け物を剥ぎ取って起こしてやろうと思った彼の耳に、ようやく目を覚ましたと思われるダガーの声が届く。
やっと起きたか、と彼が今の時刻をを告げようとすると彼女が顔を出した。
「、、寝坊してごめんね」
「ほんとだよ」
「ん、今起きるわ」
のそのそとダガーがベッドの中でうごめく。
本当はいままでぐっすり眠っていたわけではない。
何度か目を覚まし、ジタンが自分達を起こすか起こさないかと悩みうろうろしていたことは知っていた。だが、どうも体を起こす気になれず再び眠ってしまっていたのだ。
「ごめん、起こしてくれる?」
体が重く感じ、なかなか起きられないダガーは手を伸ばす。
「体ぎしぎしすんだろ、寝過なん、、、、」
起こしてくれと出された手を握ったジタンの、言おうと思っていた文句が途中で途切れた。
そして代わりに目を細め、引っ張ることもせず彼女の手を離し、黙って腕を組んだ。
「反省。自分で起きます」
「起きんでいい」
ジタンが自分を起こしてくれず手を離したのは、自分が寝坊したくせに起こせと要求したことが理不尽だったからだ。と、そう思い込み、自分で体を起こそうとするダガーの額をジタンは指でツンとついてベッドの上に戻した。
「、、、なんでよ」
「自分の体調くらいわかんない?」
「え、、、、」
ダガーは目を瞬かせる。
「熱あるよ」
そう指摘され、額に触れてきた彼の手が異様に冷たかったことに気づいたダガーはようやく自分がどうしてこれほどまでにだるいのかの理由を悟った。
ジタンの手は普段、広くて大きくて暖かくて、触れていると安心できた。
それが今日は冬の金属のように冷たい。
だが、それがこんなにも冷たく感じたのは、決して彼の体温が低いからではなく、自分の体温が高いからだったのだ。
「大丈夫?気分は?悪くない?」
「そう言われると、、、ちょっと、頭痛いかも」
「まぁ、しょうがないか、熱があるんだから。欲しいものとかある?」
ダガーは声を出しては答えず、ただ首を横に振った。
調子が良くない、と悟った途端彼女は睡魔に襲われたのだ。
体力を回復させるための自然の仕組みかもしれない。
「安心して寝とけ。オレ、ここにいるから、なんかあったら呼びな」
彼女の返事はない。たぶん、もう彼の声は届かないほどダガーの意識は深いところに行ってしまったのだろう。
ここにいる、と言ったジタンだが、部屋を抜け出し桶に水を汲んでくると、それにタオルを浸して小さく寝息を立てるダガーの額に乗せてやった。
雨の降る朝。
「で?原因は?」
ジタンはあからさまに不機嫌そうに訊いた。
誰が悪いわけでもないのはわかっているのだが、焦りとわずかな恐怖から目の前にいる妹を攻めるような口調になってしまうのも、仕方のないことだった。
「わからないわ」
そんな彼の言葉に、ミコトは静かに首を振った。
いかにも普通そうに、平静を装っている彼女の短く答えたその言葉は、確かに震えていた。
ジタンと同じ作られた者の、綺麗な指先で彼女は衰弱し今は眠っているダガーの頬に触れた。
「熱は少し下がったみたいね」
ダガーが熱を出してから、1週間が経っていた。
彼女の症状をただの風邪だ、と踏んだジタンは判断を誤ったようだった。
「このまま回復してくれたらいいのだけど」
彼女の症状は日に日に悪化するばかり。
熱は上がりつづけ、最初のうちは、水を飲みに起きあがったりもしていたのだが、今は体を起こすことも出来ないほど。
「たぶん、そうもいかないでしょうね」
しかも、気分の悪さに食物を摂取することさえできず、悪循環は今も続く。
そして、これがただの風邪ではない、と気づいたのは彼女の腕に原因不明の斑点を見つけた昨夜だった。
だが、原因不明である以上それが風邪でないことがわかっても、なす術はない。
「それで、ダガーはどうなるんだ?」
不規則に屋根を打つ雨の音が、いちいち彼らの焦りをかき立てる。
ジタンは、どうすることもできないもどかしさに唇をかんで窓の外に目をやった。
唇の痛みとともに、そこでは生々しい血の味がした。
「それもわからないわ」
原因がわからないこの症状に、とりあえずできることは栄養の補給するくらいだ、とミコトたちがほどこしたのはテンテキと呼ばれる医療だった。
栄養を口から取り入れることの出来ない人間の血管に、直接栄養素を補給するらしい。
ジタン達は、血管に異物を入れるなどそんなことをしても大丈夫なのか、と心配していたが、テラでは普通に行われていたことだとか。
そのテンテキが効いたのか、あがりつづけていたダガーの熱は昨日より下がった。
「点滴で栄養不全による体力の低下は抑えられるけど、免疫力が下がってるの。この斑点はたぶん普段は何ともない微生物とかに皮膚が過敏に反応してしまったものだと思う。何か免疫力を下げている原因があるのだと思うわ」
「テンテキとやらで、なおるものではないのであるか?」
「点滴だけでは限界がある」
ガイアにはテラほどの医療技術はない。
それに加えてガーネット女王と違い、孤児だったスタイナーやジタンには教養がそれほどあるわけもなく、ミコトの言葉はひどく理解しがたいものに聞こえ、それが彼らの焦りに拍車をかけるのだ。
屋根を打つ雨の音が、うるさい。
水の幕が、窓の向こうを降りていく。
ミコトのいつもにも増して険しい顔が、まるでその場を凍てつかせている。
「細菌によるダメージの体力低下は止められない。このままじゃ、衰弱死してしまうわ」
彼女の言葉がどれほどまでに衝撃的だったか、ジタンは分かっているはずのその言葉の意味が理解できなかったことでよく悟った。
「悪いんだけど、もう一回言ってくれないか?」
雨の日特有の湿っぽいにおいが鼻をつき、渇いた口の中が言葉を重くした。
「このままでは」
ダガーがいなくなるだって?
考えられない。
ダガーがいない?
脳みそに熱が上り思考が停止しそうだ。
想像も出来ないことを無理に考えたためだろう。
恐怖は容赦なく彼の心の闇で脆くもっとも壊れやすい部分を突く。
胸がすき、気分が悪い。
既に、ジタンの耳にはミコトの言葉など届いていなかった。
その部屋は誰もがいづらく感じ、それ以降口を開く者はいなかった。
to be
continued
なんか、最近とっても、
ネタが切れてきたような気が致します、、、
だれか、感想ちょうだい、、(カンケーないし(笑))