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飾窓の少女(5)

こめじるし様

ジタン?
貴方は覚えているかしら?
わたしと過ごした日々を。
共に笑った日を。
わたしがこれから言う言葉だけで足りるかしら?
あの素晴らしい想い出の日々を・・・。


「なんとかなったな。」
服を周辺の村人に借り、二人はようやく落ち着いた。
「・・・雨はやみそうにないわ。」
窓の外から聞こえる雨垂れに、ガーネットは少し不安になっていた。
「平気さ。」
ジタンは伸びをすると、ベットに腰をかけた。
「雨はいつかやむものだろ?」
と、口の両端を少し上げる。
「いつになるかはわからないわ。」
「でもやむもんなんだよ。」
その深い緑の瞳には妙な説得力があった。
だからガーネットは無意識に
「そうね。」
と言ってしまっていた。
「さて、と。」
ジタンはベットに深く座り直すと、ガーネットをよく見た。
「教えてくれよ。」
ガーネットは少しジタンを見て微笑むと、
「そうね。」
と向かいのベットに座った。
「どこから話したら良い?」
首を軽く傾けてみせる。
「初めから?」
ジタンは小さく頷くと
「頼む。」と頭を下げた。
「・・・・。あなたはタンタラス劇団員としてわたしの城に『君の小鳥になりたい』を
 演じに来たの。でもあなた達の本当の目的はお芝居じゃなく王女だったわたしの
 誘拐にあった。そして偶然わたしもその時家出を試みていたの。」
「・・・・・。」
「わたし達は出会った・・・。」






ガーネットの話は続いた。
辺りが闇に沈むまで・・・。





「あなたは帰って来てくれた・・・。夢のようだったわ・・・。」
話は終わった。あとは祈るだけだった。
「ガーネット。」
ジタンがガーネットの顔を覗きこんだ。
「なあに?」
「何度か、『歌』の話が出てきたよな?あの『歌』って、どんな歌だ?」
記憶の歌。
我が故郷マダイン・サリで聴いた懐かしい歌。
「歌って欲しい?」
「それがオレとガーネットの為になるなら。」
ジタンは深く頷いた。
「わかったわ・・・。」
ガーネットは、軽く息を吸い込んだ。


A voice from the past, joining yours are mine.
Adding up the layers of harmony.
And so it goes,on and on.
Melodies of life,
To the beyone the fling birds-forever and beyond......


瞳をそっと閉じた。
まるで祈るように。
「・・・・・。」
ジタンはしばらくガーネットを見つめていたが、残念そうにこう言った。
「・・・・聞き覚えは・・・、、、、ねえ。」
ガーネットはそれを聞くと、静かに首を振った。
「そう・・・。」
「でもさ、何となく、何となくなんだけどさ・・・・・・・、歌った記憶があるような気がするんだ。」
ジタンがそう言うと、ガーネットはすぐに反応した。
「・・・・ほん、と・・・?」
ジタンは頷いている。
「ああ。いつのことかはわからない。でも・・・・、でも、その歌に救ってもらった気がするんだ。」
「・・・・!」

不意に、抑えていたものがこらえきれなくなった。
「ジタン・・・!」

ジタンが思い出すまでこうはすまいと思っていたのに。
ジタンがわたしを受け入れてくれるまでこうはすまいと思っていたのに。

・・・ダメだ。

気が付くと、ガーネットの両手はジタンの服をつかんでいた。
そしてその両手には、きつく力がこもっていた。
「が・・・・・・・。」
ジタンはビックリして、状況が今一つ把握できていないようだ。
「良かった・・・・。」
ガーネットは涙声ながらも、その言葉を口にひたすらしている。
「良かった・・・。わたし・・・、の記憶の、記憶の欠片が、ジタンの、心に残っていてくれて・・・・。」
しゃくりあげながらで途切れ途切れになっていたその言葉は、ジタンの胸に消えてゆく。
「ガーネット・・・・。」
行き場のなかったジタンの両腕は、ガーネットの背中をそっと優しく包んでいた。
「オレ・・・、どうすればいい?全然、全然わからねえんだ・・・。」
今回初めて聞くジタンの弱音。ジタンは強がってさえいたが、こんな弱気な一面を見たのは
初めてだ。
「きっとガーネットは、オレの大切な人なんだろうな。ガーネットはオレのことが大好きなんだろうな。
 ・・・・でもオレは、オレのことをそんなにも想ってくれている人を忘れちまった・・・。
 そう思うと、オレ、なにも出来なくなる気がする・・・。」
ジタンは、両手に入れる力を少しきつくした。
「・・・・不安なんだ。」
「ジタン・・・。」
「不安なんだ、ガーネット・・・。胸の中に何か足んねえもんがあるんだ・・・。それは・・・きっと、 
 ・・・・あんたなんだ・・・・。」
「・・・・・・・・・・。わたし・・・・、このままじゃ・・・、ジタンを忘れてしまう気がする・・・・。
 ジタン・・・。はやく、思い出して・・・。わたしのこと、思い出して・・・!」
ジタンと同様、今回初めての催促の言葉。
我慢していた気持ちを、押しこめていた気持ちを、吐き出すかのようにガーネットは泣き出した。

ジタン?
わたしたちが再び巡り逢ったのは、とても晴れた日のことだったね。
今みたいな雨の日じゃ、なかったね。

晴れてくれないかな?

お日様が出てくれないかな?

そうしたら、きっとジタンの心にかかった雲も切れそうなのにな・・・・。


「・・・・。朝・・・・?」
ガーネットが目覚めたのは、朝九時を回ってからだった。
「ジタン・・・?」
隣りのベットにいるはずのジタンの姿は見られなかった。
「何処に・・・。」
目をこすりながらベットから降りると、昨日宿屋に預けたはずの服が枕元にきちんとたたんで
置いてあった。おおかたこの宿屋の子供が洗濯して置いておいてくれたんだろう。
ガーネットはその着慣れた服に着替えると、外に出た。

「雨が・・・。」
すこし少なくなっていた。
向こうの空はもう明るい。
「・・・・。」
ちょっとだけ嬉しくなったガーネットは、微笑んだ。
「・・・さあ、ジタンを探さなきゃ。」
張りきったように腕をまくる素振りをすると、小雨の中に飛び出していった。

「・・・・『飛ぶ鳥の向こうの空へ幾つの記憶預けただろう』?」
ジタンは物見搭に来ていた。
聞き覚えのある言葉を呟きながら。
「・・・・。『儚い』・・・・。『儚い希望も夢も』・・・・。」
必死に思い出そうとしていた。
自分の大切だった人を思い出すために。
「・・・。わかんねえ・・・。チクショウ、じれったい・・・。」
ざしっ、と足で地面をける。
「はあ〜あ。かえろ・・・。ガーネットが心配してるかも・・・。」
くるりと方向転換をすると、そこには見慣れた姿があった。
「ガーネット!」
はあはあと息を切らしたガーネットは、眉を吊り上げて叫んだ。
「どこまで行ってるの!!?心配しちゃったじゃない!!」
こぶしを固く握って、今にもそれを振り上げそうだった。
「わあ、ごめん!ただちょっと思い出そうと思って・・・。」
「・・・なにを?」
本当は、わかっていた。自分のことを必死になって思い出そうとしていてくれたことを。
「・・・・ダガーのこと。」
「え?」
「ダガーのことを、思い出そうとしてたんだ。」
ジタンは今までにないような真剣な顔をしてダガーを見つめた。
「ジタン、わたしのこと・・・・。」
ジタンは静かに首を振った。
「まだなんだ。ほんの少ししかわからない。分厚い雲をかぶってるようにしかわからない。」
悲しそうに遠くを見つめると、そっとダガーに手を差し伸べた。
「手をつなごう。」
「え?」
ダガーが目をくりくりさせると、ジタンはそのダガーの左手を取った。
「いいから。今はダガーに触れていたい。」
ジタンは微笑むとうっすらと見える海を眺めた。
「ほら、雲が切れそうだぜ?」
その清々しい横顔に、ダガーはしばらく見とれてしまった。





ジタン?
どうしてかしら?
あなたがもうすぐわたしを思い出してくれる気がするの。
これは気のせいかしら?
わたしの思い過ごしかしら?



・・・・ジタン。




                         (続)


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